ミッシング・ツイン


※やりたい放題やったただのパロ



日の出ている間だけ自分の傍にいてくれる存在に、イズルは自我が芽生えると同時に気づいた。
自分と同じ背丈の少年。緑がかった茶色の短髪。重力に逆らうようにぴょこんと天に伸びるアンテナ。目の枯れ草は、イズルの緋とは違って様々な色を覗かせる。顔の造りはほとんど同じだ。しかし既に積極性を失ったイズルの表情筋に対して、その少年は目まぐるしいほどころころと表情を変える。様々なものに興味を示し、部屋の中でも忙しなく動き回る姿は、好奇心旺盛な子猫のようだ。イズルにとって少年は最も子供らしい「お手本」だった。
イズルは周囲の大人でも理解が及ばないほど頭が良い。神に愛されているとしか思えない、と両親は手放しに息子を褒めた。そして同時におそれてもいた。畏敬と恐怖。何でもそつなくこなし、顔色一つ変えない幼いイズルの姿は、両親だけでなくイズルを知る他人の目には異様に映ったのだ。実際イズルは致命的なまでに子供らしさが欠如していた。才能と周囲の他人による期待、羨望、嫉妬に慣れることで成長を余儀なくされた精神は、幼年期を謳歌するより早く成熟してしまっていたのだ。
周囲から向けられる視線を煩わしく思うようになったイズルは、面倒臭いと思いながらも少年を真似ることによって子供を装った。聡いながらも無邪気で好奇心旺盛。大人に甘えるポーズも忘れない。ひと月もそうしていると誰もがイズルを頭の良い「子供」だと思うようになった。傍らにいる少年と戯れていても、周りは子供にしか見えない何かがいるのだろうと前向きに捉えるようになった。息子が異端であると考えるよりはよっぽど気が楽だったのだろう。子供というのは利点だ。イズルはそれから誰に憚ることなく少年との交流を深めていった。そうはいっても、少年が話しかけてくるということはない。彼はただ傍にいて、イズルが寂しげにしていると抱き締めてくれる。パズルを解いたり、壊れた物を直したりすると頭を撫でてくれる。本を読んでいると隣から覗き込んできて、イズルがページをめくるのを楽しげに待っているし、何かを見つけるとイズルに教えようと必死にジェスチャーしてみせる。少年はイズルにとって「子供らしさのお手本」であり、「理想の家族」だった。

「今日は何をしましょうか」

か、く、れ、ん、ぼ。
イズルがコミュニケーションを取る為に用意した五十音のボードを指差し、少年が笑う。最初は3歳児程度だった少年も今では10歳くらいの姿。そしてイズルも10歳。年が明ければ11歳になる。少年はイズルとまったく同じスピードで成長しているようだ。精神面に関してはイズルよりだいぶ遅々とした成長らしく、遊びというと「かくれんぼ」「おにごっこ」「散歩」程度しか思いつかないらしい。それも10歳という年齢を考えるとそんなものなのかもしれないが。

「じゃあ僕が鬼をやります。30秒数えるので、その間にかくれてくださいね」

こくこくと頷いて少年が身を翻す。どこに隠れてもイズルに見つからなかった試しはないのだが、隠れる場所を探す少年はとても楽しそうだ。イズルの部屋を出て、なるべく音を立てないように階段を降りる。あまり騒ぎ過ぎると誰かに気づかれてしまうかもしれない。念には念を、だ。イズル以外には姿が見えない少年は、堂々と人のいるリビングのテーブルの下に隠れた。きっとすぐに見つかってしまう。それでも、見つけた、と言って笑うイズルを思って少年も頬を緩ませる。イズルが笑うのが嬉しい。子供らしい感情が見つかるのが嬉しい。だから見つかる場所で見つけてくれるのを待つのだ。

――しかし今日は、隠れた場所が悪かったらしい。

「イズルもだいぶ大きくなったな。もう11歳になるか?」
「ええ、今度の誕生日で。最近では家のお手伝いまでしてくれるんですよ」
「まあ!うちの息子とは大違いねぇ……」
「……お袋、俺を見ないでくれよ」

テーブルを囲んでいるのはイズルの父と母、それと父方の祖父母。空調の効いたリビングで麦茶を啜りながらイズルの話に花を咲かせていた。自慢の息子。自慢の孫。少年から子供らしさを学んだイズルは、目に入れても痛くないと笑いながら言えるほど愛されている。少年はテーブルの下で密かに喜んだ。イズルが大事にされているのは我が事のように嬉しい。
今イズルが探しに来てくれれば良いのに。そう思った直後、彼らの雰囲気が変わった。

「本当良かった……イズル君だけでも元気に育ってくれて……」
「あの子みたいに消えなくて……良かった……」

安堵に混じって悲しみが見える。それと同時に、ドアを開けるイズルの姿も。
まずい。少年は慌てて立ち上がろうとした拍子に強か頭を打ちつけた。衝撃でテーブルが揺れる。それに驚いた両親達が顔を上げれば、今度は赤い目でこちらを見つめるイズルに驚く。今の話を聞かれていただろうか……?

「見つけましたよ。今度は僕がかくれる番ですね」

周りの心配をよそに、イズルはテーブルの下で痛みに蹲る少年を見つけてうっすら笑った。テーブルの前でしゃがみ込んで少年に手を伸ばす。そのいつもと変わりない様子に、イズルにしか見えない少年はイズルにしか触れない手をそっと重ねた。
テーブルの下から這い出てみれば、両親と祖父母が恐々とした表情で固まっているのがわかった。見えない誰かに話しかけるイズルに怯えているのではない。自分達の話を聞かれていたかもしれないという不安が身体を強張らせてしまっているのだ。イズルはそんな彼らに目もくれず、少年の手を引いてリビングを出て行こうとする。

「い、イズル?今日もかくれんぼしてるの?」
「はい。もう見つけちゃったので、今度は僕がかくれるんです」
「そうか……頑張れよ」
「はい」

素直に頷いて背を向けたイズルに、全員安堵の息を吐いた。どうやら聞かれていなかったらしい。イズルがいなくなった後も会話を続ける気にはなれず、彼らは黙々と麦茶を飲むしかなかった。





もういいかい。まーだだよ。もういいかい。もういいよ。みーつけた。みつかった。おやすみなさい。また明日。
かくれんぼの途中、少年の足が見えなくなった。日が暮れ始めているのだ。窓の外、周りを赤く染めながら、藍に侵されながら、太陽がどこかへ落ちていく。見えている部分はもう半分もない。ばいばい、と手を振る少年をイズルは寂しそうに見つめる。日が完全に落ち切ったと同時に少年の姿も掻き消えた。夜明けと同時に現れて、日暮れと同時にいなくなる。少年は太陽の出ている時間しか姿を現していられないらしい。窓の外、藍に喰われた空に月が浮かぶ。半分に欠けた月。イズルは顔を顰めて勢いよくカーテンを閉めた。
イズルは月が嫌いだ。太陽が好きだから月が嫌いだ。夜の象徴に思えるから月が嫌いだ。昼間も出ているくせに、夜も消えずにそこにいることが許せないから月が嫌いだ。少年と一緒に眺められない月を綺麗だと思えるほど、イズルの情緒は成長していない。

「……もー…いーかい……?」
「イズルー、ご飯だぞー!」

返って来たのはイズルが期待した「まーだだよ」でも「もういいよ」でもなく、夕飯を告げる父の声。ありえないと分かっていながらも僅かな期待を抱いていた分、イズルの落胆は大きい。渋々階下に向かった。早く朝が来ればいいのに。

一日中一緒にいられないのは寂しいけれど、明日になったらまた一緒に居られる。
もういいかい。まーだだよ。もういいかい。また明日。





イズルは中学校の入学式で新入生の挨拶を任せられた。昨日少年と一緒に内容を考えたのも記憶に新しい。正直なところ、事前に考えなくとも教師、保護者全員に二の句を継がせない完璧な挨拶をすることなどイズルには造作もないのだが、そこは少年の珍しいワガママを酌んだ結果だった。少年に頼まれてリハーサルまでやった。眩しそうに自分を見る少年の目に不安を感じたイズルだったが、その表情の理由を訊ねても少年は困ったように笑って首を左右に振るばかりだった。

早く、会いたい。

今朝、少年は姿を見せてくれなかった。そういえば昨日練習した後のかくれんぼでイズルは少年を見つけられなかった。家中隈なく捜したはずなのだが、一体どこに隠れたのだろう。きっと今も「みーつけた」を待っているに違いない。式を終え、写真撮影を終え、どこかで外食でも、という母の誘いを断り、イズルは急いで帰路に着いた。

「ただいま」

返って来る音がないことはイズル自身わかっていた。しかし、それにしても。いつものように、おかえりという言葉の代わりに、満面の笑みを浮かべて玄関で待っているはずの少年がいないなんて、考えもしないことだった。
慌てて靴を脱ぎ捨て、リビングを探すイズル。しかし少年は見つからない。キッチンにもいない。洗面所にも、浴室にも、トイレにも、客間にも、両親の部屋にも、イズルの部屋にも、その隣の空き部屋にも。床下収納も、階下収納も捜した。外にある物置小屋の中もだ。しかしどこにもいない。かくれんぼは家の中だけと決まっているから、敷地外に出ることはまずありえないはずなのに。
結局、日が落ちるまでずっと捜し続けたが、イズルが求める姿は、どこにもなかった。


――そしてイズルの幸せな「子供時代」は、あっけなく終わりを迎える。






お手本を失ったイズルに子供らしさを求めるのは酷な話だった。少年に対しては年相応の振る舞いができたイズルも、彼以外に同様の振る舞いをすることは不可能だった。
かつてのように表情、感情を凍らせたイズルを見て、両親が抱いていたおそれが再燃し、結果イズルと両親の間には再び壁が形成された。イズルの才能を持ってして、乗り越えることも、壊すこともできない不可視の壁だ。それ以前にイズルはその壁を意識することすらしようとはしなかったが。
イズルが私立希望ヶ峰学園への入学を望まれて一番喜んだのは両親だった。生徒は学園の寮に入れると聞いたからだ。息子と一緒にいなくていいことが何より嬉しかったのだろう。イズルは必要な荷物を持ち、硬いながらも笑顔を浮かべる両親に見送られて家を出た。半年ほど前のことだ。

また新入生代表の挨拶を任された。イズルはこれが嫌いでならない。少年を失う前にも同じような挨拶をしたからだ。入学式なんてサボって捜していれば、今も少年が隣にいたかもしれない。そう思うと悔しくて仕方ないのだ。今となっては詮無い話ではあるのでイズルも断りはしなかったが、おかげで変な人間に目をつけられる破目になってしまった。
超高校級の幸運という才能で入学を果たした彼は、端的に言ってしまえば希望厨だった。超高校級の希望と謳われるイズルが被害に遭うのはもはや確定事項であり、覆しようがない。度々話しかけてきては卑下と賞賛を繰り返すその口を何度縫いつけてやろうと考えたか、イズル自身覚えていないが、やったらやったで身悶えして喜びそうなのでやめておいた。
イズルが望むのは世界でただ一人、思い出の中で太陽と一緒に生きるあの少年だけだ。他の人間など必要ない。
表情を変えず、視線を遣らず、言葉も出さずに過ごしている内に、イズルにとってそれは日常の一コマとして処理された。少年の欠けた世界はただただ平淡に時を刻んでいく。

代わり映えのしない毎日に変化を齎したのは、偶然荷物に紛れ込んでいた数枚の写真だった。誰が映っているのかと訊かれれば普通なら言葉に詰まるようなものだったが、裏には慣れ親しんだものと、一度も耳にしたことがないはずなのに懐かしい、二つの名前が書かれている。

「……ハジメ……という名前だったんですね」

他の本と一緒に持って来てしまっていたらしい「子供の名づけ方」という本の最初のページに挟まれていたそれは、ただの写真ではなくエコー写真だった。二人の胎児の姿が見える。胎嚢が一つということは一卵性双生児。イズルは自分に似た顔の少年を思い出して息を吐いた。似ているはずだ。どちらが兄でどちらが弟かはわからないが、紛れもなく双子の兄弟だったのだから。
双子の片方が途中で消えるというのは珍しいことではない。強い方が弱い方に吸収され、子宮内から跡形もなく消えてしまう事例が過去何件も見られる。ハジメもそうなのだろう。強い方に、イズルに吸収されて、双子という事実すら消えてしまったのだ。二枚目、三枚目には二人映っているというのに、四枚目には一人しか映っていない。ハジメが消えたのはこの三枚目と四枚目の間なのだろう。ハジメ、イズル、と裏に書かれた名前の、ハジメの方が黒く塗り潰されている。ところどころ皺になっているのは恐らく両親の涙の跡なのだろう。

「……ハジメ」

緑がかった茶色の短髪。重力に逆らうようにぴょこんと天に伸びるアンテナ。目の枯れ草は、イズルの緋とは違って様々な色を覗かせる。顔の造りはほとんど同じだが、既に積極性を失ったイズルの表情筋に対して、その少年は目まぐるしいほどころころと表情を変える。様々なものに興味を示し、部屋の中でも忙しなく動き回る姿は、好奇心旺盛な子猫のようだった。話しかけてくることはなかったけれど、いつだってただ傍にいて、イズルが寂しげにしていると抱き締めてくれた。頭を撫でてくれた。手を繋いでくれた。一緒に寝てくれたこともある。イズル以外の誰にも見られない、誰にも触れられない、まるで幽霊のような曖昧な存在になりながらも、見守ってくれていたのだ。イズルが生まれた時から、ずっと、ずっと。

「ハジメ、ハジメ……ハジメ……」

理想の家族だと思っていた。もしかしたら本当に家族になれていたかもしれない。声を聞く事ができたかもしれない。手を引いて、笑い合って、仲の良い兄弟だと言われることもあったかもしれない。
責めるならば自分の才能だ。神に選ばれた云々と言われて否定できないほど有り余った、身の内にある天賦の才だ。生まれたいと心の底から願ったわけでもないのに、片割れを犠牲にしてまで生まれてしまった自分自身だ。唯一、自分を愛し、受け入れてくれる大事な人間を、イズルは自らの手で奪ってしまった。

「だいすき、です」

部屋には誰の姿もないけれど、抱き締めてくれる少年の姿が見えた、ような気がした。



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