1周年記念フリー 江♂苗


ケータイの震動とランプの点滅がメールの受信を苗木に伝える。メルマガか何かだろうか、と見てみると送信者は江ノ島。彼は文字を打って送る手間をかけるくらいなら部屋に特攻をかけてくるタイプなのだが、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。

『4ECA 591C 30E4 308A 884C 304F 3001』

開いたメールには意味のわからない英数字が並んでいた。ゲームの暗号か、パスワードか何かだろうか。生憎苗木はランキングで1位になるようなゲームしかやらないのでわからない。
江ノ島の目的を考えあぐねていると、再度苗木の手の中のケータイが震えた。もう1通、やはり江ノ島からのメールを受信したようだ。

『ごっめーん。間違って送っちった☆ 大丈夫ー?』

間違って送った、ということは送るつもりではなかったのだろう。大丈夫と聞かれた意味はわからなかったが、苗木は素直に「大丈夫だよ」とメールを返した。
数時間後、苗木はこれを悔いることになる。




時計は11時を指していた。窓の外は既に黒く塗り潰された夜が広がっている。他区の明かりは消え、各区を隔てる鉄柵も閉じた学園は今や眠りの時間だ。勿論苗木も例外ではない。秋色の濃くなった空気の為に少し厚くした布団に身を包まれながら、安らかな寝息を立てている。それに混じって、カチャン、と小さな音が響いた。

「苗木ー。なーえーぎー。遊び来たよーん!」

近所迷惑も気にせず盛大に扉を閉め、江ノ島は苗木の眠るベッドにダイブした。「ぐっ!」と苦しそうに呻いた苗木の瞼が震え、徐々に双眸が露わになる。にんまりと笑う江ノ島の姿を認めた時には一気に目が覚めた。慌てて飛び起きようとしたのだが、完全にマウントを取られていて無理だ。
一体何が起きているのか。どうして江ノ島がここにいるのか。苗木は混乱する頭で、なんで、どうしてを繰り返す。

「なんでって、ちゃんとメールしたじゃん!苗木だって大丈夫って返してきたじゃん!」
「メール?……え、いや、だってあのメールって間違いだったんじゃ……っ」
「あー、うん。最後の3002が3001になっちゃっててさー」
「え?」
「『今夜ヤりに行く。』の最後、丸のはずが点になってたのに送ってから気づいたんだよね」
「え」

俺のドジっ子ー、と笑う江ノ島とは対照的に、苗木の顔からはどんどん血の気が引いていく。
苗木と江ノ島は所謂恋人関係にある。身体を重ねた回数はお互いの指を合わせても足りないほどだが、苗木は未だに行為に及ぶことを渋るのだ。最初に江ノ島が無理矢理抱いたのがいけなかったのかもしれない。
考えてもどうにもならないし、嫌がる苗木を抱くのも面白いと思っている江ノ島にしてみればどうでもいいことだ。自分の下で青ざめる苗木を舌舐めずりしながら見下ろす。

「だ、ダメだよ!?明日体育あるし……!」
「休めばいーじゃん」
「体育祭の練習なんだから、そんなことしたら怒られるよ!」

体育祭を二週間後に控えたクラスメート達は一部を覗いてみんなお祭り騒ぎだ。朝日奈然り、大神然り、石丸然り、女子のふともも見放題だとはしゃぐ桑田然り、「誰が一着になるかトトカルチョすんべ!」と親指を立てた葉隠然り。十神は表立って騒ぎこそしなかったものの、自分のチームが負けることを許さないだろう。そんな中苗木が練習をサボったりしたらどうなることか。目も当てられない。村八分だ。某国民的アイドルグループのダンスを広場で強要されるかもしれない。

「ぶーぶー。苗木ってば無駄にマジメだよなー……。いーよいーよ、今日はセックスしませーん」

必死に説得を試みる苗木に萎えたのか、江ノ島はおとなしく苗木の上から退いた。苗木が圧迫感もピンクに色づきかけていた空気も消えてほっと一息吐いた――その瞬間を待っていたかのように、江ノ島は布団に隠れていた苗木の足首を掴み、ベッドの上から引き摺り下ろす。
苗木は強か打ちつけた腰を撫でながら涙目で江ノ島を睨むが、諸悪の根源は再びにんまりと意地の悪い笑みを唇に乗せていた。
まずい。苗木の本能がそう訴える。逃げなくては。しかし足首は未だ拘束されたままだ。どうすればいいかとぐるぐる回る頭は打開策を思いつくでもない。ぐるぐるぐるぐる。無意味に回っている間に江ノ島は仰向けになっていた苗木を四つん這いにさせ、下着ごとズボンを下ろした。暴れる暇もない程の早業だ。手際の良さが恐ろしい。

「し、しないって言ったよね!?」
「うん?うん、しないしない」
「じゃあどうしてこんな……ッ」
「……あっれー?苗木ってば耳聞こえてないワケ?ちゃんと言っただろ?――セックスはしないって!」

セックス、は。
そうか、あの時わざわざ「今日はセックスしない」と言ったのは、日を改めるということではなく、セックス以外のことはするという意味だったのか。苗木はそう納得しかけたが、すぐにそれを改めることになる。

「だーかーらー、これから俺がやんのは苗木のことなんか一切考えない俺の俺による俺の為のオナニーなんで、そこんとこよろしくな?」

愉悦を滲ませたそれはまるで死刑宣告のようだった。



ローションをたっぷりつけた指で肉襞を伸ばすように穴を解していく。だが江ノ島が苗木の秘部にローションを塗り込んだのはあくまでオナホールとして使用する為であり、苗木の苦痛を和らげることが目的ではない。
普段の江ノ島ならばあえて解さずにそのまま突っ込んで苗木が苦悶の表情を浮かべるのを楽しそうに見るだろうが、今回はあくまで彼のオナニーだ。セックスではない。
ある程度解れたのを確認してから、江ノ島は自身を苗木の後孔に宛がい、一気に貫いた。痛みに呻く苗木の声を無視して何度も抜き差しを繰り返す。手は苗木の腰を掴むだけで他の場所には一切触れない。いつもなら手のひらに収まってしまう苗木の自身を弄んだり、触れるか触れないかギリギリのところで背筋をなぞったりと大忙しなのだが、己の欲を満たす為だけの行為に愛撫は必要ない。苗木のことを考慮しない身勝手な律動は次第に速まり、果てに江ノ島は苗木の中に精を放った。

「……あー、良い汗かいた、っと」

額に伝う汗を腕で拭い、苗木の中から自身を引き抜く。引き留めるような動きと、どろり、と吐き出した精液が一緒に溢れ出る様がお気に召したらしい。江ノ島は苗木の背を叩いてひとしきり笑った。
一方で、苗木はひどく追い詰められていた。江ノ島の横暴にも確かな快楽を拾い始めていた身体は更なる刺激を求めているというのに、江ノ島は見て見ぬフリを続けている。いっそ江ノ島の射精と同時に達していられたらよかったのだが、まだ後ろだけでイけるほど開発されていない。

「っ……え、江ノ島ク、ン……」
「ん?なになに?どーしたの苗木ー」


物足りないと訴える後孔と、こちらを振り向く羞恥に染まった顔。色づいた肌は少し息をかけただけでもビクリと震える。訊ねるまでもないのだが、江ノ島はあえて訊ねた。口の端に乗せられた笑みがまるで悪魔のようだ。

「あ、の……」
「あ!明日体育祭の練習あるんだからさっさと寝させろってことかー!そーだよな、苗木マジメだもんなー。空気読めない恋人でゴメーン」
「えっ!?あ、ちが……ッ!」

苗木はひらひらと手を振って帰ろうとする江ノ島の上着の裾を慌てて握った。裾は力の入らない手からするりと逃げて行ったが、江ノ島の意識を自分に向けることには成功したらしい。振り返った笑顔は変わらず悪魔のままだ。人の皮を被った悪魔。菩薩のフリをした笑般若。優しい顔で近づいて、隙を見て頭から食らいつく。今は笑っているが、これがいつ一転するのか苗木だけでなく江ノ島本人にもわかっていないだろう。
獣のようにギラギラとした江ノ島の目に苗木の腰が引けるが、このまま放置されるのはつらい。けれど、強請る言葉が出て来ない。自分で抜こうにも、苗木にとって快楽は苦痛と一緒に江ノ島に与えられるもので、自ら求めるものではなかった。正直言って、やり方がわからないのだ。

「……あの……、ううぅ……」
「どしたのどしたの。明日の英気養う為にもゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」
「いや、だから……っ、え、江ノ島、クン!」

ついに覚悟を決めた苗木が江ノ島を呼んだ。江ノ島の足元に正座して、一度俯いて深呼吸してから顔を上げる。

「だっ、抱いてください……ッ!」

絞り出された声が江ノ島の劣情を誘うと同時に、嗜虐心を刺激した。自分からおねだりできたらドロドロに甘やかしてやろうか、と考えていた江ノ島の思惑もどこかに飛んでしまうほどに。
江ノ島は下着を剥いだことで露わになった苗木の下半身に目を遣る。正座した状態で苗木の自身がわかりやすい。勃ち上がりかけているそれはまぎれもなく、労わりも何もない江ノ島の乱暴の中に快楽を見出した証拠だった。

「……へー。ふーん。あれで感じちゃったんだ?オナホ代わりにされただけなのに?あ、苗木一応人の形してるし、ダッチワイフって言った方がいっか。俺が気持ち良くなる為だけに解されて突っ込まれて、喘ぐ暇もなく中に出されて、なのにそんな勃たせてんの?え?苗木ってマゾ?みんなのアイドルな小動物系男子の苗木誠きゅんがまさかの淫乱ドM?ギャップ萌えってやつ?ははっ、どこ層狙いだよ!!」

口から零れるのは罵倒と嘲笑。苗木の精一杯な様子に確かに欲情しているというのに、刺激された嗜虐心が疼いて仕方がないらしい。赤く塗られた爪の目立つ足が、苗木の自身を踏みつける。硬さを持っていたそれが更に硬くなった。

「ひ、っ、うぅ……」
「イッた?……なーんだ、まだか。後ろだけでイッちゃえれば楽だったのになー?」
「え、江ノ島、く……んんっ……ぅわ!?」

踵でグリグリと躙られただけで吐精感が増す。慌てて手を当てて声を抑えようとした苗木の、ガラ空きになった腹部を、江ノ島は軽く蹴りつけた。バランスを崩した苗木の背が床に叩きつけられる。
え、え、と声を上げる苗木に覆い被さり退路を断った江ノ島が、それはそれは綺麗に、モデル仕様の微笑みを浮かべていた。

「セックス、しよっか」

江ノ島の笑みに染まっていた頬が、今度は彼の発言で赤くなる。直截的過ぎて目を合わせることさえ恥ずかしいらしい。口を抑えようとしていた苗木の手がそのままズレて目元を隠す。

「お……、お手柔らかに、お願いします……」

その言葉に答えるようにされたキスは、残念ながら喰らいつくような勢いだった。

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