奪うヒトフミ


絶望の残党達を更生させる為の新世界プログラム。未完成ながら、残党達の殺害処分を命じた上層部から守る苦渋の策として実用されたそれに、残党どころか本物の絶望の残骸が入り込んだと気付いてから数日が経った頃。機関上層部からの大量のメールに紛れ込んで届いたその一通は苗木を凍りつかせた。
受信を告げるアイコンに辟易としつつプログラムを起動して見つけた、タイトルのないメール。差出人は、江ノ島盾。
死人からメールが届くなんてありえない。まず間違いなく、江ノ島の人格を有しているアルターエゴの仕業だろう。まさかプログラムから個人所有のパソコンにまで手を出して来るとは思わなかった。
一体何が目的なのか。まさかこれにもウィルスが仕組まれているんじゃないだろうか。それとも単なる気まぐれ……?
混乱した頭では何の答えも出て来ない。苗木は震える手でメールを開いた。


拝啓、俺を殺したオマエ。お元気ですか?俺は死んだ時と同じくらい元気です。
ねえ苗木、思い出した?俺と過ごしたなまぬるい学園生活!思い出してるとしたら今どんな気分?苗木の中の俺はどんな男?明るいクラスメート?おちゃめな恋人?大嫌いな絶望?
どれでもいいし、どうでもいいよ。
苗木の中に俺がまだ残ってるなら。


俺を殺した、オマエ。その言葉にドクンと心臓が跳ねる。苗木が手を下したわけではない。だが、超高校級の絶望の……江ノ島の死を望んだのは確かだ。
直截的な呪詛を連ねるより性質が悪い。苗木は唇を噛み締め、零れそうになる嗚咽をどうにか押し殺した。喉が熱い。目頭もだ。苗木の脳裏に江ノ島の姿が浮かんでは消えていく。
いつもクラスメートや兄を弄り倒して、子供のような無邪気な顔で笑っていた。半ば無理矢理手を取って甲に口付け、慌てふためく自分を見て笑っていた。コロシアイを始める自分達を見て、背筋を駆ける快感に悶えながら笑っていた。思えば記憶の中の江ノ島は大抵笑顔だ。種類の異なる笑顔が胸を刺す。

残っている。
忘れようにも忘れられない。それは未来機関の一員としての義務感、使命感ではなく、一個人としての感情だ。クラスメートに対する友情。恋人に対する愛慕。絶望に対する憎悪。手に掛けてしまった罪悪感と、身を裂くような喪失感。すべてが苗木に圧し掛かり、逃げ場を奪う。苗木には進むしか道が残されていない。しかし、江ノ島の言葉に心をかき乱された今、それすら難しいことに思えた。

『――希望溢れる未来の為に!』

プログラム内の様子を映し出すモニターの向こう、教師役のウサミが放ったその一言が、苗木を居た堪れなくさせる。目指していたものは。求めていたものは。希望とは、一体何だったのか。
希望溢れる未来の為に。
×してしまった、×しい、



(ボクの意識を奪う一文)
(彼の言葉に奪われた一踏み)

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