成熟アンバランス


※いろいろ捏造、真昼ちゃん(12)




お母さんが帰ってきた。
今回はいつもより長くて、半年間。それだけ治安が悪くて紛争の過激な地域だったんだと思う。お母さんがいない間にアタシは1つ学年が上がった。1つ、年を取った。もう小学6年生。12歳。誕生日に贈られてきた手紙にはお祝いの言葉がいっぱいあって、一緒に入っていた写真にはアタシと同じくらいの年の子供たちの笑顔があった。本当は3人でケーキを食べたかった。プレゼントなんか要らないから、そばにいてほしかった。でもアタシはもう6年生だし、たよりないお父さんの為にもしっかりしなきゃいけない。料理も掃除も洗濯もちゃんと1人でできるようになった。だから、今更そんなこと言ったらお母さんもお父さんも困るってわかってたから、言わなかった。4年生くらいの時、 寂しくて泣いてるアタシに声をかけてくれた知らない女の子に話しちゃったことがあるけど、それだけ。1回だけのワガママを、お母さんたちは知らないから、そのままでいい。
ずっと、そう思ってたのに、どうしてうまくいかないんだろう?
あの時アタシの話を聞いてくれたあの子なら、アタシの頭を撫でて「がんばりやさんですね」って言ってくれたあの子なら、答えを知ってるのかな……。



お母さんが帰ってきた。
久しぶりに見る笑顔は半年前と変わってないはずなのに、なんだか前と違うような気がした。お母さんがいない間はあんまり見なかったお父さんの笑顔がいっぱい見られるようになった。なんだか変な感じがした。家事をしようとしたらお母さんが笑って「お母さんがやるから真昼は遊んでて大丈夫だよ」って言った。なんだか落ち着かなかった。3人で食べるごはんはすごく美味しいのに、気を抜くとすぐに味がなくなる。笑顔が溢れる家族は前からずっと憧れてたのに、からっぽな気持ちで眺めてる自分がいる。
お母さんが帰ってきて、アタシは毎日が自由だった。宿題をやったら他にはなにもすることがない。料理も掃除も洗濯も全部お母さんがやってくれる。アタシはまるでなんにもできない普通の小学6年生。家事の他に得意なのは写真だけど、それもお母さんには敵わない。他に得意なことは……なんだろう。無理に探すならきっと、ガマン、だ。
お母さんが帰ってきて自由になったアタシは、自由なことが不自由でたまらなかった。アタシはどうすればいいんだろう。クラスの子たちはなにをしてるんだろう。テレビを観たり、本を読んだり、音楽を聴いたりすればいいのかな。お母さんが帰ってきてくれてすごく嬉しいのに、お母さんが帰ってきてから1日がすごく長い。
時間の潰し方がわからないまま5日経った。変な違和感を抱えたままの毎日は遅くて重くてどうしようもない。家に笑顔が溢れる度に、少しずつアタシが消えてる気がした。そんな中迎えた金曜日も4分の3が終わって、あと少しガマンすれば終わる。そうしたら明日は学校が休みの土曜日。1日の終わりが見えない日。なのに。
お母さんが料理を作ってくれてるから、なにもやることのないアタシはお父さんが観ているテレビ番組をただ眺めていた。可愛い衣装を着たアイドルが歌ったり踊ったりしていて、なんだか別の世界の様子みたいだなぁ、なんて思った。別の世界の様子を切り取って見ている。関わりのないアイドルたちは現実のように思えない。多分、きっと、アタシはお母さんをこのアイドルたちと同じように思っている。
そんなくだらないことを考えていたら、お父さんが「そういえば」とアタシに声をかけた。なんだろう。ちょっと居住まいをただす。

「なに?」
「真昼、明日休みだろ。友達と遊びに行ったりしないのか?」

その一言が。きっと何気なく言っただけの、なんの飾りもないお父さんのその一言が。いつも家事に追われて遊びにいくことなんてめったにないって知ってるはずのお父さんの、その一言、が。
アタシを、もう要らないって言ってるみたいで。

「真昼?どこ行くの!?」

後ろでお母さんが止めるのも聞かないで、アタシは家を飛び出した。
じわじわと身体が暑さにやられていく。蝉の声がうるさい。アタシはどこに向かってるんだろう……。着の身着のまま、カバンもなにも持たずに走って、走って、見覚えのある公園についてアタシはようやく走るのを止めた。
ブランコと鉄砲と滑り台があるだけの小さな公園。2年前、お母さんがいないのが寂しくて、偶然見つけたこのここでこっそり泣いた覚えがある。

「あーあ……」

ブランコに座ってため息をつく。その拍子に涙が溢れた。クラスの子たちは先生に怒られたりケンカしたりして大声で泣いてたような気がする。どうすればあんな泣き方ができるんだろう。真似をしようとしてみたけど、結局「ひ……っ」と小さくもれただけで終わった。難しい。みんなは泣き方を誰に教わったんだろう。
そういえばあの時もこうだった。ブランコに座って、泣き方もよくわからないまま泣いていた。そうしたら、あの子が――。

「どうして泣いてるんですか?なにかツライことがあったんですか?」
「……え……」

しゃがんでアタシの顔を覗き込んで、不思議そうに訊ねる、赤い目の女の子が。

「……イズルちゃん……?」
「こんばんは。相変わらず泣くのが下手なんですね」

外灯だけじゃ暗くて色なんてよくわからないのに、目がルビーみたいに赤いのはわかって、アタシはつい思い出したその子の名前を言った。
相変わらずってことは、やっぱりイズルちゃんなんだ。あれから何度探しても会えなかったのにこんな時に会えるなんて……ちょっと笑う。

「お母さん、まだ帰ってきてないんですか?」
「ううん、帰ってきたよ。……でもね、帰ってきたのに、なんだかうまく笑えないんだ」
「そうなんですか」
「そうなの。……お母さんが帰ってきて、なにもしなくてよくなっちゃった。料理も掃除も洗濯も、なにもやらないで……1日がすごくゆっくりなの。なにをすればいいかわかんないの。お母さんがいるのはすごく嬉しいよ。なのに……幸せなのに、アタシだけ変なの。嬉しいのに嬉しくない。アタシがやってたこと、みんなやらなくていいことになっちゃった……」

俯くとぽたぽた涙が落ちて、スカートにしみが広がった。涙は止まらないのにやっぱりうまく泣けなくて、なんだか中途半端な子供みたい。おかしいな、アタシはしっかりしなくちゃいけないのに。ああ、でも。

「……お母さんがいるなら、アタシは要らないのかなぁ……」
「そんなことありませんよ」
「でも……だって……っ」
「僕はワガママなので、でももだっても聞いてあげません。真昼、それはご両親に言うべきです。子供が親に甘えるのはワガママじゃなくて親孝行なんですよ」
「おや、こうこう……?」

親孝行ってしっかりしなくてもできるの?ワガママ言うだけで?……嘘みたいな話。でもイズルちゃんの目は真剣で、本当なのかもしれないってなんとなく思った。全然信じられないけど、アタシは要らなくないのかな。なにもしないのに家にいていいのかな。

「不安ですか?なら……駆け落ちでもしてみましょうか」
「かけおち?かけおちって……かけおち?」
「そうです。行きましょう、真昼。ここから駅までなら5分くらいです」
「う、うん……」

イズルちゃんに手を引かれて、アタシはブランコから降りる。揺れてキィキィ音がしたけどすぐに静かになって、小さな公園は眠ったみたいだった。
そのまま歩いて駅についた。スーツ姿の大人たちが疲れた顔で歩いてる間を通り抜けて、イズルちゃんはアタシの分も切符を買った。

「次にきた電車に乗りましょうか」
「わかった。……ねえ、イズルちゃん」
「なんですか?」

どこに行くの?って聞こうと思ったけど、首を傾げてきょとんとする姿になんだか気が抜けて、結局違うことを聞くことにした。そうはいっても、駅についてからずっと聞きたかったことだ。

「イズルちゃんって……もしかして……もしかしてなんだけど……男の子、なの?」
「そうですけど……なるほど、だからちゃん付けで呼んでたんですね」
「う、うそ……!ごめん、ずっと女の子だと思ってた……」

暗い公園じゃ目が赤いことと髪が長いことしかわからなったから女の子だって疑いもしなかった。声も男の子だ!ってすぐわかるほどじゃないし、イズルって名前も絶対に男の子ってわけじゃない。自分のことを「僕」って言ってなかったら絶対に女の子だと思ったままだった。

「えっと、じゃあ……イズル君、の方がいいのかな?」
「別に好きに呼んでもらって構いませんよ。男だろうと女だろうと、真昼のそばにいる僕は変わらないんですから」
「イズル、君……」
「ああ、電車がきたみたいですね。あれに乗りましょう」

なんだか嬉しくて、アタシはイズル君に渡された450円の切符を握り締めて電車に乗り込んだ。まだ人はいっぱい乗ってたけど、席に座れるくらいには余裕があった。

――まもなく、×番ホーム、18時47分発、××方面ゆきが発車します。

アナウンスの後に扉が閉まって、電車が動き出した。電車に乗るのなんて久しぶりな気がする。少しだけワクワクして、それと一緒にすごく悪いことをしてる気分になった。
お母さんとお父さんが心配してるかもしれない。でも、もしかしたら心配なんかしてないかもしれない。アタシがいなくなってもお母さんがいる。お母さんがいないからアタシがいたのとは違うんだ。そう考えて無性に悲しくなった。心配してほしい。探してほしい。アタシを迎えにきてほしい。ガマンは得意なはずなのに、繋いだ手から伝わるあたたかさがアタシをワガママにする。
段々景色が知らないものになっていくのをどうしていいかわからない気持ちで眺める。でも450円では30分くらいしか乗っていられなくて、アタシはイズル君と一緒に電車を降りた。ホームにはほとんど人がいない。一緒に降りたスーツ姿の大人たちはさっさと階段を上がっていってしまった。残ったのは2人だけ。

「……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと人目につくように気をつけましたから、もうすぐ迎えにきます。今はきっと3駅ほど前ですね」
「そんな……気を使わなくていいよ?迷惑かけちゃってごめんね」
「迷惑をかけられた覚えはありません。それに気を使ってもないです。才能に愛されている僕には、真昼の両親の行動を予測するくらい簡単ですから」
「……ありがと」

俯いてお礼を言ったら、繋いでる手をぎゅっと握り締めてくれた。イズル君は優しい。会ったのは2回目なのに、こうやってアタシを慰めてくれる。
最初は可愛い女の子だと思ってたのに、よく見ると可愛いより綺麗の方が合う気がする。優しくて、綺麗で、かっこいい。クラスの男子にはないおとなびた雰囲気に、今更だけど少しだけドキドキした。きっと女の子がほっておかないだろうな、なんて。

「ねえ、イズル君はどうして公園にいたの?」
「……夢を見て」
「夢?」
「赤い髪の小さな女の子が泣いている夢です。その泣き方がとても下手で、声をかけたら寂しいって言うんです。ガマンできない自分をワガママだって責めるんです。声も上げないで叫んでいるその子をどうにかしてあげたくて、その子が泣いていた公園に行ってみたら、真昼がいました」

赤い髪の、泣くのが下手な女の子。夢に出てきたのはきっと、2年前に公園で泣いていたアタシだ。しっかり覚えられてたのが恥ずかしくて、でも、なんとなく嬉しい。

「……夢で見ただけなのに、わざわざ?」
「泣いていたでしょう?」
「泣いてたけど……」
「たとえ夢だとしても、泣き止ませてあげたいじゃないですか。……それが、」

――×番線に各駅停車、××ゆき列車が参ります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください。

「ごめん、今なんて……」
「真昼ッ!!」
「え……?」

ホームに響いたアナウンスと電車の音で、イズル君がなにを言っているのかわからなかった。聞き返そうとしたら名前を呼ばれた。お母さんとお父さん、だ。

「お母さん……お父さん……」
「急に飛び出すから心配したのよ!」

アタシを抱き締めるお母さんも、お母さんの後ろでアタシを見るお父さんも泣きそうな顔をしている。心配かけたことが申し訳なくて、でも心配してくれたことが嬉しくて、アタシも泣きそうになった。どうしよう。イズル君に助けを求めようとしたら、イズル君の姿が見えなかった。繋いでいた手はいつの間にか離れていて、さっきまで確かにあったはずのぬくもりがどこにもない。

「……イズル君……?」

――子供が親に甘えるのはワガママじゃなくて親孝行なんですよ。
――たとえ夢だとしても、泣き止ませてあげたいじゃないですか。……それが好きな子なら、尚更。

どこに行ったんだろうと探すアタシに届いたのは、アタシを慰めてくれた言葉と、聞こえなかった言葉の続きで。そんなこと言うなら今もいてくれたっていいじゃない、なんてちょっと怒ってみた。ワガママ、かな?

「真昼?どうしたの?」
「……あのね、お母さん。アタシね……」

でもせっかく背中を押してもらったんだから、少しくらい、いいよね。
全部話そう。お母さんがいなくて寂しかったってことも、お母さんが帰ってきて嬉しいってことも。お母さんが家事をやってくれるからなにもすることがなくなって、でもどうすればいいのかわからないっていうのも、全部、全部。
そうしたら少しだけ、泣くのが上手くなる気がするから。



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