苗木誠を××したい



・苗木が江ノ島と幼馴染み
・松田→(←)江ノ島←苗木が大前提
・苗木は松田が大嫌い
・暴言の応酬



俺にとっての××とは、今は亡き母かあるいは幼い頃から天才の名を欲しいままにしてきた江ノ島盾に向けるものであり、また研究対象の一種でもあった。
俺達人間は感情を言葉に変え名前をつけてきたが、はたしてそれが正しくそうであるのかは誰にもわからない。
Aという人間が悲しみとする感情が、Bにとっては喜びという感情であるかもしれない。
一概に断言できない、それが感情というものなのだ。
感情、感覚を共有するとは思想を統一する事であり、自我を抑制し、個を殺すという事に他ならない。
画一的な人間を生み出す為の思想教育、淘汰が行われてない以上、俺の感情は俺個人のものであり、他者の物差しによって定義できない不明瞭なものという事になる。
なにが言いたいかと問われれば、そう、俺が苗木誠に抱いているものが××であるという可能性も考慮の内に入れなければならないという事だ。


「……視線が煩わしいんですけど、眼球を潰すか抉り出すか好きな方選んでもらえます?」
「開口一番それか。もう一度あいつに躾け直してもらった方がいいな」

見かけに沿うようにおとなしく本を開いていた苗木を漫画雑誌片手に観察をしていたのだが、どうやら視線に気分を害したらしい。
これが俺ではなくアイツか、他の人間であるならば、こんな反応はしないだろう。
つくづく猫を被るのが上手い男だ。

「江ノ島クンに躾けてもらえるならいくらでも言いますよ?」
「はしゃぐな気色悪い。第一どうして隣にいる?俺にまで被虐趣味があると思われたら堪ったもんじゃない」
「周りに望んでもいないマゾ扱いされるなんて絶望的でいいんじゃないですか?江ノ島クンが喜びますよ。ボクも先輩が虐げられている様子を見るのはとても心が弾みますし」
「加虐趣味まで加わったのか。本当に救い様がないな」
「なに言ってるんですか。どこからどう見ても人畜無害なボクがそんな下衆な訳ないでしょう?先輩への思いが溢れた結果の発言ですよ。撤回はしませんが、訂正を要求します」
「残念だがその要求は棄却する」

どこまでいっても変わらない、能面の上から貼り付けた様な笑顔を崩すにはどうすればいいのか。
その方法を俺はよく知っている。
よく知っているからこそ、使いたくない一手だ。
その手を使った時点で俺は負ける気がする。
誰に?……アイツか、それとも、コイツか。そこまではわからないが。

「大体、どうして隣にいるとか酷いですね。勝手に隣に来て勝手に人の事ジロジロ見てたのは先輩じゃないですか。あれ?もしかして無自覚でした?そこまでのストーカー気質だったんですか?うわぁ、それすごいですね。すごく引いちゃいます。江ノ島クンに報告しないと!……なーんて、どうせ江ノ島クンに言われて来たんですよね。江ノ島クン、ボク達の仲の悪さが面白くて仕方ないみたいですし。それにしたってシラの切り方下手になりましたね、先輩。そろそろ隠居した方がいいんじゃないですか?」

俺から隣に来た?
……そうだ、俺から行った。
コイツへの感情が一体なにに分類されるものなのか、それを明確にしたかったからだ。
アイツに言われたから、ではない。

「……アイツの事になると途端に饒舌になるな、お前は」
「ありがとうございます」
「今のを褒め言葉と受け取ったのか。さすが変態だな」
「そんなやめてくださいよ。先輩の言う変態って変態性欲の方ですよね?ボク、別に江ノ島クンに罵られて性的な興奮を感じる訳じゃないので」
「結局気色悪い事に変わりないだろ。そこまで心酔しておきながら惚れてる訳じゃないとでも?」
「惚れた腫れたでしか考えられないとしたら、神経学者って存外クズなんですね。あ、先輩の事ですから誤解しないでください」
「一言余計とはよく言うが、お前に余計なのはクルクルよく回る頭と舌だな。両親に心底同情するよ」
「なに言ってるんですか?こんな平々凡々で何事においても見事平均値を叩き出す、人よりちょっとだけ前向きなところとお人好しなところしか特筆すべき点がない、優等生ではないけれど劣等生でもない息子にあの人達が絶望してる訳ないじゃないですか!誇れないけど周りに貶される事もないんですよ?本当出来た息子ですね。よく回るのは先輩の方ですよ。狂狂狂狂、よく回りますよね。あれ?踊るって言った方がいいんですか?」
「踊る?仮にそうだとしてもお前には言われたくないな。アイツの手のひらの上で踊ってるのはお前の方だろう」
「ああ、そうですね。確かに踊ってるのはボクです。先輩は……踊らされてるんですもんね」
「……なんだと?」

踊らされている?俺が?
考えられなくもないだけに、異様な不快感が込み上げてくる。
それが好意に対する裏切りのように思えたからなのか、コイツに指摘されたからなのか、判別ならないのが余計に苛立ちを増幅させる。
ああ、一体俺はいつからこんなキレやすくなったんだ。
僅かに残された理性が溜め息を吐いているようだ。

「江ノ島クンのシナリオを成功させる為に力を尽くすのがボクで、知らない内に力を入れさせられてるのが先輩って事ですよ。全部江ノ島クンが思い描いた通り」
「自分が力になれているとでも思ってるのか?自惚れるのも大概にしておいた方がいいと思うがな。現実を突き付けられた時に絶望するのはお前だぞ」
「ご忠告ありがとうございます。でも余計なお世話ですね。江ノ島クン直々に絶望を与えてもらえるなんて……夢のようじゃないですか……!」

うっとりと恍惚とした表情で甘ったるくアイツの名を呼ぶコイツに体中が総毛立つ。
コイツは一体なんなんだ?
コイツは、本当に俺の幼馴染みなのか?
後ろにひっついて回って、打たれ弱くて、ウザイくらい前向きだけどウザイくらい臆病で、いつもアイツの背中を見つめて…………ああ、そうか。
――だから、なのか。
絶望に焦がれるアイツに焦がれすぎて。
絶望を求めるアイツを求めすぎて。
ただ"アイツが傍にいる事"を望んだ俺とは違って、"アイツ自身"を望んだコイツは、同時に絶望を望むようになってしまったのか。
アイツと絶望は同義で、アイツは絶望そのものであるのだから。

「江ノ島クンの力になれてるなんてそんな自惚れした事ないですよ。だって滑稽でしょう?力を貸すなんて言うけど、それって見下しですよね?或いはよく考えても同列ですか?そんなのおこがましいにも程がありますよね。江ノ島クンと肩を並べられる存在なんてこの世にもあの世にもいないじゃないですか。江ノ島クンを見下せる人間なんていっそ哀れに思えるくらい愚かで自分の無力さも理解できない底辺くらいでしょう?力も才能も価値も器も、挙げ句江ノ島クンに楯突いた結果の利害もなにもわからない、わかれない、心底同情すべき……愛すべき愚者くらいでしょう?ボクはそこまで愚かじゃありませんよ。だってそこまで堕ちちゃったら江ノ島クンの姿を脳裏に刻む事もできないじゃないですか!」

長々と喋り続けるコイツが一旦言葉を切った隙に、俺は静かに引き金を引く。

「……脳裏に刻まないと忘れる程、お前とアイツの関係は薄いんだな」

俺とは、違って。

「…………は?」

――ああ、負けた、と。
今度は理性ではなく、似てはいるが真逆なものが、なんの感慨もなさそうに呟くのを、なんの感慨もなく聞いた。

「好き放題言っ……んんっ!?」

そして半ば自棄気味に、アイツの名前を紡ぐ為にあると言っても過言ではないその口に喰いついてやった。
目でも閉じていればまだ可愛げがあるというのに、食めば甘そうな目を丸くして瞬きもせずこっちを見続けている。
いっそこの目も喰らってしまおうか。
きっとそうしたら、アイツしか目に映らなくなるだろうな。
甘さに騙されて口に含んで嚥下して、手遅れになってからようやく気づいても、死に到れない残酷な毒。これは、そういうものだ。
口元を歪めた途端に、見た目から想像しうる範囲の力で突き飛ばされた。
袖で何度も唇を拭く仕草に、これを意中の相手にされたならば相当ショックだろうと他人事のように思う。

「……なっ、に、するんですかッ!」
「俺の事も脳に刻み込んでやろうと思ってな。これもお前が愛してやまない絶望だろう?」
「ッ、江ノ島クン以外の絶望に、興味ない……!!」

吐き捨てて走り去る背中が次第に小さくなり、しばらくして完全に視界から消えた。
………喰いついた唇の鉄の味が、吐き気がするほど絶望的に気持ち悪い。

「……アイツ以外の絶望に興味ない、ね……」

今にも泣き出しそうな表情で最後まで噛みついてきた苗木誠という男は、絶望的なまでに絶望にしか興味を抱けない人間で。
絶望的なまでに、絶望を共有できない人間だ。



(ああ、きっと俺はコイツを、)
(××したかった)

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