舞園ちゃんを全力で愛でてみよう企画


※舞園ちゃんエスパー設定
※少し性格が歪んでいるかもしれない




エスパーですから。
ニッコリと花が咲くようなと言われる笑顔でそう言えば、決して頭が良いとは言えない大人達は簡単に籠絡できた。さやかちゃんは冗談が上手いね。じゃあ今何考えてるのか当ててみて。大抵決まって返される言葉の裏に時折、下卑た笑いと一緒に汚い本心が透けて見える。若いからって良い気になって。何も知らない小娘が。どうせすぐ消えるクセに。嫉妬、罵倒、嘲笑。
さすがにこのままを言う訳にはいかないので、耳を澄ませて声を聞く。暴風雨のように暴言と悪意が渦巻く中の、小さな声を。願い事であったり心配事であったりするそれは、今回はどうやら小腹が空いたというものらしい。

「うーん、少しお腹が空いたんじゃないですか?あ、これみなさんにって持って来たんです。良かったら召し上がってください」
「え、いいの?ありがとう、さやかちゃん!」

菓子折りを渡せば機嫌は急上昇。扱いやすさについつい笑みが深まる。
都合の悪い声は伝えずに、聞こえた声を頼りに気遣いに繋げる。だから私はここまで来られた。
舞園さやかは冗談が上手くて気遣いが出来て礼儀正しくて、何より努力を惜しまない、理想の清純派アイドル。克服できないコンプレックスさえも利用する。
だって私は、アイドルだから。



他人の心が読める事に初めて気が付いたのは、確か小学校に上がるよりも前だった。
先生に何かを言われるより前にお片付けしたり、お絵かきをしたり、お手伝いをしたり、探し物を見付けてあげたりしていたら、いつの間にかこんな声を聞くようになった。

『時々さやかちゃんに心を覗かれているような気になる。気持ち悪い』

それが決して良い意味ではないという事に、私は幼いながらも感付いた。マキ先生も、イズミ先生も、ヒロヤス先生も、カオル先生も、カナちゃんのお母さんも、アスカちゃんのお母さんも、ユウタ君のお母さんも、ヒサノリ君のお母さんも、ミホちゃんのお母さんも、レイちゃんのお母さんも、シンジ君のお母さんも、モモちゃんのお母さんも、ダイキ君とリツコちゃんのお母さんも。私に対して少なくとも一度はそんな恐怖と嫌悪を抱いていたからだ。いくら幼くても気付けない訳がなかった。
けれど私は先生や仲の良い子達のお母さんにそんな事を思われるよりも、母親に知られ拒絶された事に哀しみを覚えた……ような気がする。何しろ昔の事なので記憶が曖昧なのだ。

『心が読めるなんて気持ち悪い』
『こんな気持ち悪い子が私の子供な訳がない』
『気持ち悪い』
『気持ち悪い』
『気持ち悪い』
『怖い』

私に怯える母を、私と距離を置くようになった父を、いつしか私は冷めた目で見るようになった。そして恐らく同時期に、私は自分を繕う術を覚えた。気持ちの悪い力を持つ舞園さやかが、気持ちの悪い力を利用して他人の思いを把握し、気遣い、優しく思慮深く機微に聡い優等生になったのだ。それに冗談めかして「エスパーですから」と言えばもう誰も私から気持ちの悪い舞園さやかを連想できやしない。
母は安堵し、父はほっと息を吐き、私の繕った表情にも被った仮面にも気付かなかった。
もっとも、結局母の方は私の存在に耐え切れず家を出てしまったけれど。
その頃から私には自分の生きる道が、人の為にと嘯きながら偽る、自分と同じような人間達が集った薄暗い芸能界にしかないのだと悟っていた。腹の探り合いで、誰かに負ける理由はない。
コンプレックスだなんて認めない。私は不要なこの力さえ取り込んで、利用して、成り上がってやった。
だって私はエスパーで、アイドルだから。



一つも苦労がなかった訳じゃない。嫌がらせもあった。嫉妬もされた。罵詈雑言を吐かれた。それでも私はめげない。偽善と疑心と悪意に満ちたこの世界では、私は他の誰よりも優位に立っているのだ。何に臆する必要もない。私という存在に靡かない大人なんて下心しか持たない下衆くらいだし、そんな人達だって少しでも関われば弱味も疾しい事も大事な物もなんだってわかる。敵対し得る人間なんていない。
仲間達との交流は楽しかった。最初の内はもちろん私への妬み嫉みの感情があったけれど、それもすぐに消えた。心の奥に秘めた薄暗い感情は交流を重ねれば簡単に溶かせたし、そうすればそうするほどに彼女達は私に心を寄せてくれた。
だから、だろうか。せめて彼女達には汚れて欲しくなかった。無駄な事だとはわかっていてもやめられなかった。父母を見離した私にとって、彼女達の存在は大事な縁になっていたのだろう。クラスメートのような一般人ではく、けれど私より無力で黙って周りに利用されるしかない子達。彼女達を、彼女達と過ごした時間を、彼女達と築いた関係を、彼女達の傍という心地の良い空間を、私はどうしても手放したくなかったのだ。
だって私はいつでも一人で、けれど独りにはなりたくなかったから。



暗く陰湿な世界の中の、唯一心安らげる仲間達の傍こそが私にとっての居場所であり、すべてだった。それがいつの間にか壊れた。奪われた。
期待に胸を弾ませて入学したはずの希望ヶ峰学園。私は仲間達と成功を掴む為にもここを卒業しなければならなかった。だというのに目の前には不可思議な事ばかり。……なのだけれど、仕組んだのが人間である以上、一体身に降りかかった不幸が何なのかだなんて考えるまでもなかった。私は自己紹介と称して全員と言葉を交わした。それだけで大体の人物は把握できたし、裏切り者と非難されるべき人物が一体誰なのかも理解した。
超高校級のギャル、江ノ島盾子。私は彼女と直接言葉を交わした事はないけれど、清純派で売っている私と、ギャルとして名を馳せている彼女を比較する声は止む事はなかった。もちろん今はそんな話をしたいのではない。問題にしたいのは彼女の名を名乗った少女の本当の名は戦刃むくろであり、超高校級の軍人であり、彼女の姉であるという事。そして超高校級の絶望という顔を持つ江ノ島盾子の命令で、彼女のフリをして私達の中に紛れこんでいるという事。もう一つ気になる点は、戦刃さんが私に自己紹介をする時に心の中で放った言葉だ。

『はじめまして、じゃないけど』

それの意味がどうにも理解しがたい。妹である江ノ島盾子とも顔を合わせた事はないというのに、彼女は私と初対面じゃないと確かに言ったのだ。不審に思った私はもっと聞き出す為に耳を澄ませようとしたのだが、超高校級の野球選手を名乗る桑田怜恩に邪魔をされた。

「あのさ!舞園ちゃんは……あ、舞園ちゃんって呼んでもイイ?」
「ええ、構いませんよ」

ニッコリと微笑みながらも私は内心舌を打つ。桑田君の所為で戦刃さんに逃げられてしまった。好意を寄せているというのはすぐにわかった。軽い気持ちでバンドマンを目指している事も、芸能界を舐めているという事も。
私の嫌いな部類の人間だ。
声を聞かずとも顔がだらしなく緩んでいる。自制心が弱すぎる。自分を繕う術を知らない。一般人ならばそれも仕方ない。素直なのは美徳だ。けれど言葉だけ繕って格好つけて女に言い寄るだなんて。素直と評する価値もない。下心を隠し切れていないだけだ。
聞こうとしなくても私への賛辞と下卑た考えが筒抜け状態。この人から得られるものは何一つとしてないと判断した私は、早々にこの場を離れる事にした。一旦話題が途切れた隙を見計らって、後腐れのないよう自然に別れを告げる。引き止めようなんて無粋な考えを持たない辺りは幾分好評価だ。所詮マイナスはマイナスだけれど。
その後も何人かと挨拶を交わし、付け込めそうな弱味と秘密をいくつか手に入れた。いつか利用する日が来るかもしれない、と私はしっかりとそれらを頭に叩き込む。いつだって多くを知る者が有利なのだ。
それでも戦刃さんと二度目の接触が図れず、私は少しだけ焦っていた。未知への恐怖とでも言えばいいのだろうか。人の心を知る私は、対人関係にあたって未知にぶつかるとどうにも弱い。わかるのが当たり前だからこそ、恐ろしくて堪らないのだ。戦刃さんを未知のままにしておく訳にはいかない。
しかし彼女は一体何を考えているのだろう。近付こうとした時にわずかに漏れ聞こえる声は小さく、盾子ちゃん、盾子ちゃんと妹の名を繰り返している。江ノ島盾子のフリをしているのだと自分に言い聞かせているのだろうか。それにしてもか細い。軍人というから警戒していたのだが、意外と気が弱いのかもしれない。妹に頭が上がらないタイプ、という事か。
つらつらと考えていてもなかなか埒が明かない。時間と集中力の浪費だ。核心に迫る声が聞きたいのだが、さすがにこの状況で自分から危険を招くような馬鹿な真似はできない。
戦刃さんが思っていた様に、江ノ島盾子の命令で彼女の扮装をしているならば、本人はどこかでこの光景を見ているに違いない。例えば、至るところにあるあのカメラ。それを通じて私達の姿を監視しているはずだ。目的はわからない。だが目的もなくこんな軟禁紛いの事はしないだろう。超高校級の絶望……その呼び名が一体何を表すものなのか、詳しい事は知れないが、まず間違いなく良い才能ではない。目的は、絶望。私達の、あるいは、彼女自身の?

「…えっと…はじめまして。苗木誠っていいます」

纏まらない思考を一気に現実に引き戻したのは、そんな申し訳なさそうで弱々しい自己紹介の声だった。それになんだか覚えがあるような気がして、弾かれるように顔を上げる。そこには窺うような表情でこちらを見遣る、気弱そうな少年がいた。

「色々あって、いつの間にか寝ちゃってて……それで遅れちゃって……」

気まずそうに頬を掻きながら言う彼を見て、何故だか不思議な既視感を覚える。苗木誠という名前にも聞き覚えがあった。そして、感じる安息感。仲間と一緒にいる時しか感じられなかったそれを、私はすんなりと受け入れる事が出来てしまった。

「じゃあ、まず自己紹介って事でいいですか?話し合いはその後という事で…」

彼は誰だろう。彼は私の何だろう。渇望にも似た好奇心に、私は自然と口を動かしていた。その言葉に、肩を竦めて縮こまっていた苗木君がホッとしたのがわかる。私もなんだか安心した。
苗木君に近付いて声をかける。胸が高鳴るなんて久しぶりだ。オーディションでも新曲発表の会見でもないのに。……久しぶり?苗木君を前にすると奇妙な感覚が拭えない。

「舞園さやかです。これから、よろしくお願いします」

振り払うように丁寧に頭を下げる。もう一度頭を上げると苗木君は鮮やかなお辞儀に見とれていた。良い匂いと言うけれど、香水類は使っていない。シャンプーの匂い、かな。どうやら軽く事前学習をしてきたらしい。そういう努力家な一面も嫌いじゃない。
苗木君が私の入学を驚いた理由。私が覚えていないだろう事。確かに覚えてはいなかったけれど、思い出した。彼は……苗木君は……。
思い出した途端にじんわりと心があたたかくなる。同じくして『お人形みたい』だなんて声が聞こえた。

「人形じゃありませんよ。生きてますから」
「え?聞こえた!?」
「エスパーなんです」

戸惑う声と顔が可愛くてつい笑みが零れる。どうしてだろう。今までこんな反応をする人はたくさんいたのに、苗木君だけ特別に思える。

「冗談です。ただの勘ですよ。……あれ…?もしかいて…」
「今度は…何…?」

どう切り出そうか迷っていた私は結局今気付いたと言わんばかりの月並みな言葉で繋ぐ事にした。少しばかり怯えた様子の苗木君が小動物のように見えてますます可愛らしい。

「…そうだ。やっぱり…そうですよね……あの…苗木君って…」
「おい、君達ッ!!いつまで長話をしているのだ!自己紹介だけで貴重な1日を終わらせるつもりか!?」
「ご、ごめんなさい…つい…」

中学時代の話をしようとしたら石丸君に叱られてしまった。なんと言うか…さすが超高校級の風紀委員だけある。口先だけじゃなくて本心からそう思っているのだ。少し規律に厳しいけれど裏表のない、良い人なんだと思う。

「自己紹介とは自己を紹介する場であって、決して雑談の場ではないと心得よ!!」
「は、はい……ごめんなさい、苗木君。また…後でね…」

あ…、と小さく零して、引き留めようとした手を引き戻す苗木君。また機会はあると自分を律している彼に心の中で同意して、他の人達の元に歩いて行く苗木君の後ろ姿を見送った。



彼女達の目的は何なのか。仲間達はどうなっているのか。そして――彼は私の光に成り得るのか。
思惑と疑惑が折り重なり、これからの生活に暗雲を呼ぶ。不安が絶望の呼び水となり、次々と絶望に誘う。それでも私は生き抜かなければならない。
だって私は、アイドルだから。



(何がどうなっているのか、まだ確証は何一つないけれど)
(私の世界を壊す人間は許さない)

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