日向君は恋心を認めず飲み込んでしまったようです


清く正しく、時にはサボったりしながらも全うに育つはずだった情緒というものがうまく育ってくれなかったのだろう。
欠落しているのではなく失敗したらしい俺にはどうやら『友愛』と『恋愛』の区別がつかないようだった。
身近な異性として七海が挙げられたが、彼女に抱いていたのは『友愛』のレベルだと思う。
あるいは、いつも背を押してくれた事への感謝と憧れ。『敬愛』。
『恋愛』と呼ぶには男女特有の浮足立つような雰囲気が足りなかった。
俺は、友人達には迷いなく『友愛』と断じられる感情を抱いていた。
『友愛』と『恋愛』を区別する必要なんて感じなかった。
言ってしまえば、俺が抱く愛は例外なくすべて『友愛』だった訳だ。

遅すぎる自覚は、希望妄信者の戯れ言の所為で始まってしまった。

自虐気味に告げられた、なんの重さもない告白。
それが俺自身に向けられたものではなく、才能、つまりはカムクライズルに向けられたものだと、いくら無能な俺にだってわかっていた。
だというのに、受け流していたそれがどうにも俺の心に残ったままで、ふとした瞬間に蘇ってきては俺を居た堪らずさせる。
俺の存在を否定する言葉だからだろうと、そう考えていたのだが、どうやら違う気がしてきてしまったのだ。

前よりも目が行くようになった。
傍にいないと落ち着かなくなった。
誰かに話しかけているところを見ると無駄に声を上げたくなった。
でもそんな事できないからと、言葉を飲み込む術を覚えた。

友人、だった。
なんだかんだ言いながらも、恐らくは親しい部類に入る。
気持ち悪い、嫌いだ、なんて言っても、自分の感情と吐き出される言葉がどこかちぐはぐなような気がしてならなかった。
きっと俺は、自分で気づくずっと前から、あいつに好意を寄せていたんだろう。
ふざけた絡み方をされて怒るのが日課だった。
自虐に飽き飽きしながらも、傍にいる事を選んだのは、紛れもない俺自身だった。

――ほっておけないただの友人、のはずだった。

だっておかしいんだ。
少しずつ自分の内側からふわふわした黒い靄が溢れ出してきて全身を包む。
俺はいつもその靄に溺れているような感覚で、足掻いても藻掻いてもどうにもならなくて、結局息が苦しくなって想像の中で何度も死んでしまう。

俺の傍にいてほしい。
俺の傍にいないでほしい。
俺の名前を呼んでほしい。
俺の名前を呼ばないでほしい。
俺を一番に思ってほしい。
俺を一番に思わないでほしい。

これはきっと醜い独占欲で、俺以上に想われている俺の中のあいつへの嫉妬だ。
どう頑張ったって『友愛』の域を超えている。
他の誰が誰と親しそうにしていても俺は「仲が良い」程度にしか思わない。
なのにあいつだけ特別で、だから俺はきっと、絶対に、間違いなく、どこかがおかしい。

あいつは友達なんだ。
あいつが図に乗るし、俺も何だか恥ずかしいから言わないけど、親友ってやつで。
でもだからって独り占めしたいとかそんなのおかしい。
俺が女であいつが男だったりその逆だったりしたらきっとこれは『恋愛』で合っているはずだ。
だけど俺は男だしもちろんあいつも男。
『友愛』を超える訳がない。
『恋愛』にはならない。
普通に考えたらそうだし、俺だって別に男が好きとかいうんじゃない。
あいつだって、性別以前に希望に惹かれているだけなのだから、恋愛対象は普通に女子なんだろう。
カムクライズルにも、憧れてはいるが恋情は抱いていない、はずだ。多分。

考えれば考えるほど訳がわからなくなって、目頭が熱くなってきた。
でも何で泣きそうなのかもわからなくて考えて、考えて、考えて。
やっぱり訳が分からなくて全部投げ出したくなって。

いっそ関係をすべて絶ち切ってしまおうか。
そのまま全員の記憶から溶けるように消えてしまえればどんなにいいだろう。
それとも死んでしまおうか。
薬を飲むなり手首を切るなり首を吊るなり、何だってできる。
カムクラに身体を明け渡してしまうのもいい。
最期の最期まで思うのは癪だから、何も考えないままに心の奥深くに沈んで消えていこう。

いつも以上に思考に纏まりがなくなって、つい終わらせる事ばかり考えてしまう。
きっと始まるのが怖いからだ。
あいつの気の迷いで運悪く始まってしまうのが怖いから、始まる前に終わらせたい。
でもあいつから希望を奪うのは忍びなくて、傷つけても突き放されてくれなくて。
それさえあいつへの愛なのか俺の保身なのか判断がつかない。

俺は卑怯で、自分本意で、どうしようもなく強欲なんだ。

希望なんて持ち合わせてないただの予備学科生にすぎないのに、あいつは俺の傍に来てくれるから、もしかしたら、だなんて馬鹿げた事を考えた。
そこにカムクラという存在が必要でも。
恋は盲目とはよく言ったものだ。認めないけれど。
そういえば、島に来て最初に俺に声をかけてくれたのはあいつだった。
あの頃は本性を曝け出していなかったとはいえ、一応あいつに恩を感じたのは確かだ。
それなのに恩を返すどころか、気持ち悪い感情を向けている。
一方的な『愛』であいつを縛ろうとしている。
なんて身勝手なヤツなんだろう。
一頻り笑い飛ばそうとしたのに口から零れたのは乾いた弱々しい笑い声だった。

これは当たり前に『友愛』だし、もし万が一『恋愛』だとしたら俺はこれを飲み込まなきゃいけない。
男に好かれて喜ぶ男なんていないだろう。
『友愛』ならまだしも。
いや、『友愛』でさえ、口にしちゃいけない。
俺は今の関係を意外と気に入っているから、崩したくない。

好きだから傍にいてほしいなんて言ったらきっと、予備学科生の分際で云々言って離れていってしまう。
好きだから名前を呼んでほしいなんて言ったらきっと、予備学科生の分際で云々言って呼んでくれなくなってしまう。
好きだから一番に思ってほしいなんて言ったらきっと、予備学科生の分際で云々言って俺の事を忘れてしまう。
俺があいつの中に存在できる権利がなくなってしまう。

傍にいてほしいから傍に行く。
名前を呼んでほしいから名前を呼ぶ。
一番に思ってもらえないけど一番に思う。
カムクライズルの容れ物としてではなく、日向創として。

汚い俺の下心。
自分でも把握しきれない感情を向けられたらきっとあいつは困ってしまう。
だから誰にも告げないで俺の中で圧し殺すしかない。
得体の知れない黒い靄で溺死しながら、度が過ぎた『友愛』を圧殺する。

カムクラには悪い事してるな、なんてぼんやり思う。
きっと圧し殺す為に押し込んだ俺のつまらない感情を、つまらなそうな目で眺めているんだろう。
声を出して笑おうとしたのに喉が凍りついたみたいで、笑いは音にならなくて、また目の奥が熱くなる。
その熱で凍った喉が直ればいいのにそんな訳にもいかなくて、結局胃のあたりから這い上がってくる何かごと無理矢理飲み込んだ。



アイはハジマラナイ。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -