ころ×し=あい


※苗木死ネタ
※ゼロのネタバレあり
※雰囲気SS、全員空気


たとえば、白い絵の具に一滴黒い絵の具を混ぜたとする。
黒は広がり、白を蝕み、侵された白は完全な白ではなくなる。
その後いくら白を混ぜても、完全な白には戻れない。
一度染まったらもう二度と戻らない。
一度侵されたらもう二度と戻れない。
絶望とは、垂らされた一滴の黒い絵の具に似ているのだと、そう思う。

好意を抱いたのは戦刃が先だったが、好意に気づいたのは苗木の方が早かった。
愛想がないのは不器用なだけで、実際は気弱で優しい少女なのだと、ようやく一年と少しが過ぎた付き合いの中で知った。
超高校級の軍人だなどという仰々しい名は、彼女の姿を曲げて見せるファクターだ。
腕っぷしは強いが喧嘩っ早い訳ではないし、どちらかというと守りに重きを置いているようにさえ見える。
触れてみないとわからない優しさとあたたかさを、けれど彼女は触れさせようとしないし、誰も彼女に触れようとしなかった。
そんな中、苗木だけは彼女を理解しようと努めた。
声の一音、会話の一欠片、何も取り零さないようにしながら、気がつけば切っ先が喉を抉るのも充分可能な位置まで許されていた。
その頃には苗木も自身に芽生え始めていた恋情を自覚しており、そこから恋仲に発展するまでいくらかの問題はあったものの、今はどうにか落ち着いている。
否、落ち着けていた、という方が正しいだろう。
それも頭に、この時までは、とつく。


生徒会の十三人が死に、評議委員が死に、ボディーガードが死に、スパイが死に、音無涼子が死に。
松田夜介も、死んだ。
愛する少女の為に絶望した彼は、愛する少女の消失に絶望し、愛する少女に殺されて絶望し、愛する少女に愛する男を殺したという絶望を与えて、世界から除外された。
残された少女は、江ノ島盾子は、自らの身体を抱き締め絶望にうち震える。

愛する人間の命をこの手で奪うのがこんなに絶望だなんて!!

涙を流しながら歓喜する彼女はやはり超高校級の絶望であり、それ以外の何者でもない。
しかし残念な事に、彼女にはもう一人愛しい存在があった。
戦刃むくろ。
ありふれた理由で引き裂かれた、自分と共に絶望シスターズを名乗る、残念な双子の姉。
普段罵倒していながらも、結局戦刃への感情が愛である事に違いはない。
故に、だ。
その愛しい姉に同じ絶望を味あわせてあげたいと思うのは、妹として当然の事だ、と江ノ島は唇で弧を描いた。
多少の予定変更は致し方ない。
愛する姉の為なのだから。


苗木と戦刃の交際に気づいている者は今まで一人もいなかった。
苗木と戦刃が一緒にいる時間は増えたが、二人ともあまり態度に違いがなかったからだ。
特に戦刃に関しては、表情の微々たる変化に気づけない限りは苗木を邪険に扱っているようにさえ見えるだろう。
僅かばかりの時間を共に過ごし、指先を触れ合わせる程度の幼い交際ではあったが、彼らは幸せだった。
それは恐らく未来に対する希望と呼んで差し障りのないものだ。
そしてそれは、彼女が関わったら時点で存在を許されないものでもある。
音無涼子を殺し江ノ島盾子に戻った彼女は、早々に苗木と戦刃の関係に気づいていた。
希望と絶望を嗅ぎ分けるその嗅覚はさすがと言うべきか。
愛する人を殺して絶望し、それを愛する姉にも味わってほしい彼女が、戦刃に苗木を殺すよう命じるのにそう時間はかからなかった。

苗木に馬乗りになり、喉元にナイフを突きつける戦刃。
しかし手は動かないまま、この状況をどうにかできないものかと目は躊躇いがちにきょろきょろと彷徨う。
殺したくない。
けれど妹に殺せと言われてしまった。
自分の感情と妹の欲求、優先すべきなのは後者だと、いくら残念と呼ばれ続けた戦刃にもインプットされている。
けれど手が動かない。
喉笛を切り裂く事も、ナイフを放り捨てる事もできない。

「どうしたの?早く殺っちゃいなって。そうすればさ、すごい、すっごい絶望を味わえるんだよ?アタシみたいにさ!」

自分の身体を抱き締めながら江ノ島は身悶える。
恍惚とした表情は戦刃には見覚えのあるものだったが、苗木は初めて目の当たりにするものだった。
超高校級のギャルであるはずのクラスメートの、絶望としての側面。
総毛立つのを感じながらも、苗木は黙って戦刃の返答を待つしかない。

「……盾子ちゃん……あの、私……」
「まさか殺したくないって?は?どんだけ残念なのよアンタ。せぇっかくアタシがアンタにも絶望させてあげようって計画捩じ曲げてまで苗木拉致ってきたのよ?ねえ、そこんとこちゃんとわかってんの?ああ、むくろの頭じゃわかるわけないっか。所詮脳筋だもんねー。マジ萎えるわ」

呆れが滲んだ目を剣呑に細めれば、戦刃の肩がビクリと跳ねる。
江ノ島に見放されるというのは戦刃にとって耐え難い恐怖であり、存在意義の喪失に他ならない。
恐怖心に突き動かされるように戦刃はナイフを握る手に力をこめる。
それを見て満足げに頷く江ノ島だったが、戦刃に組み敷かれた苗木を見て直ぐ様表情を強張らせた。

「……なんで抵抗しない訳?」

訊きたいのがそれではない事くらい江ノ島自身わかっていた。
無抵抗なのは実力差故とすれば納得だ。
しかし解せない。
何故、今まさに命を奪われようとしている、この時でさえ――微笑んでいるのか。
あまりにも不可解な光景に江ノ島は目を瞠るしかない。

「戦刃さん」
「…な…、なに…?苗木君…」
「これでもうボクの事忘れられないね」

朗らかという他ない笑顔で吐き出された言葉はいっそ呪いに近い。
それを受けた戦刃は一瞬面食らった様子だったが、直ぐに常の無表情に戻った。
それでもナイフを握る手は小刻みに震えている。

「死ぬまでボクに縛られて」

正真正銘の呪詛を贈って、苗木は戦刃の手に自分の手を重ね、勢いよく喉に導いた。
飛び散る赤と、呻き声と、荒い息と、微笑みと。
最後に戦刃の右手の甲に弱々しく唇を押し付け、苗木は笑顔を残して事切れた。
返り血を全身で受けた戦刃は呆然と苗木を見つめる。
戦場で何百何千と殺した自分がたった一人の人間の死で揺れている。
その事実が苗木を愛していた事を痛感させ、絶望に姿を変えて襲い掛かってくる。

「あ……な、なえぎっ、く……ご、ごめ…ごめん、なさい…ごめんなさい…っ」
「……絶望的だわ」

愛する人を自分の手で殺す絶望。
愛する姉に味あわせてあげたというのに、殺された苗木の表情で一気に興醒めだ。
江ノ島は大きく舌打ちをして苛立ち紛れに苗木の死体を蹴り飛ばしてやろうとしたのだが、死に顔を見て足を引っ込めた。

「……ほーんと、気に食わない死に方」

苗木に謝り続ける戦刃に背を向けて、江ノ島は舞台を降りる。
次に上がるのは希望の潰し合いが始まる時だろう。
しかし、一つ希望を消した筈なのに、何故だか絶望まで一緒に消えてしまったような気がして、江ノ島はもう一度舌を打った。



(喉に小骨が刺さったように)
(死に顔が忘れられなくて、絶望した)

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