IN monokuma manufacturing facility

モノクマのパーツを白と黒に塗り分けながら、ボクは何度目かもわからない溜め息を吐きかけ、慌てて止めた。
集中しないといけない。
ここで適当に塗ってムラができてしまったら、検査員に辛辣な言葉と一緒に突き返されてしまう。
ボクは一度深呼吸をして、次のモノクマパーツに手を伸ばした。


この工場で作られるモノクマはロボットかぬいぐるみ。
どちらも薄利多売な大量生産品じゃなく、手間暇かけて作られる高級品だ。
そうは言っても勿論数は作らなければならないのでボク達はいつも時間に追われている。
一日に何体のモノクマを作っているかだなんてもう考えただけで頭が痛い。
ボクの隣、前工程では山田クンがモノクマの顔パーツに左目と口を描いている。
彼が描いた顔が汚れないようにしっかりマスキングを施してから白と黒のペンキを塗っていくのがボクの仕事だ。
後工程の人達は、途中で検査が入る事もあってボクからすごく離れた場所で作業しているので、話し相手は隣で作業している山田クンだけになる。
というか、ボクはこの工場で山田クン以外と言葉を交わす機会があまりない。
朝は5時に起床。モニターに映る工場長の姿を見ながらモノクマ太極拳をこなし、ようやく朝食にありつく。
6時には現場だ。休憩は9時に15分、12時に30分、15時に15分の3回、1時間。
18時で仕事が終わり、夕食、入浴の後は21時には完全に寮内の電気系統はシャットダウンされ睡眠を強要される。
休憩時間は大体お手洗いや水分補給などで終わってしまうので交流する暇もない。
作業員同士のコミュニケーションは食事の時間に二言三言交わせばいい方だ。
疲労が溜まった状態では会話に花を咲かせるなんて無理な話だし、盛り上がろうにも話題がない。
もしボクが「今日はムラなく塗れた」と言ったところで他の人達は他の仕事をしているのだから、それがどれだけ嬉しい事かなんてわからないだろう。
製造から出荷までの流れだけ見れば連携しているように見えるけれど実際は孤独で単調な作業に他ならない。
個人技の集大成が製品。
連携よりも個々の技術力が大事。
作業員なんてそんなものだ。

「苗木誠殿、今日はいつもよりペースが遅いような気がしますが」
「うーん……なんだか黒ペンキのノリが悪いっていうかさ。もしかしてメーカー変えたのかも」
「ああ、またですか…」
「白はL&Rで黒はイクサバのが良かったんだけどなぁ。十神クンも変えたならせめて連絡くれればいいのに」

前言撤回。連携も大事だ。
原材料や副資材の受け入れは十神クンがやっている。
高級品を見慣れている彼には高品質な材料を選ぶ事ができるとかなんとか。
でもペンキに関しては発色とか伸びやすさとかいろいろ考えてほしい。
品質だとかコストだとかの面も大事だけどボクの作業効率も大事だと思う。

「今度はどこのペンキですかな?」
「えっと、多分黒はJUNKOのだね。乾いた後の黒がイクサバのより光沢がなくていい感じだよ。だいぶ塗りづらいけど。あ、白は同じL&Rだけど番号が違うみたい。水足した方がいいかな」
「いやぁ、苗木誠殿のペンキ眼は相変わらず鋭いようで」
「山田クンの画材に関する知識とこだわりだって相当だよ。さすがは超モノクマ級の顔職人だね」
「そう言われると照れますなぁ」

和やかな会話をしながらも手は止めない。
一分の無駄がその日の生産予定をすべて狂わせてしまう。
後工程が控えている以上、時間を浪費する訳にはいかないのだ。

「あ、塗料変更したって連絡いってないかも…」
「十神白夜殿ですからね…。早く伝えておかないと霧切響子殿に怒られますぞ。昨日のものと色が違うのはどういう訳だ!と」
「だよねー……ボク霧切さん苦手なんだけどなぁ」
「我々は検査員である彼女には頭が上がりませんからな。まあ、腹を括るほかありますまい」
「……うん。じゃあちょっと抜けるね」
「了解しました!ご武運を!」

山田クンに見送られて、まずは十神クンがいるはずの試験室に向かった。
試験室は仕入れた原材料の品質等を試験する部屋で、十神クンのテリトリーになっている。

「十神クン、入るよ」

控えめにドアを叩いて、返事を待たずに部屋に入る。
下手をすると彼は何も返してくれないので、待っていたら休日返上で働く羽目になってしまうのだ。

「何の用だ」
「何の用って、わかってるでしょ。ペンキ変えたなら変更書添付してっていつも言ってるよね?せめて連絡だけでも入れてよ」
「どうして俺がそんな事をしなくちゃならん」
「それが十神クンの仕事だからでしょ……。とりあえず書いてよ。霧切さんに渡さなきゃいけないんだから」
「チッ……まあいい、書いてやろう」

俺に感謝するんだな、とでも続きそうな言葉を聞き流して、書類記入を促す。
持ち場を離れてもう5分は経った。
乾燥機にかける必要もあるのに、どうしてこう邪魔をするんだろうか。
いっそ十神クンもペンキにまみれてみればボクの気持ちがわかるだろう。

「……持っていけ」
「ありがとう。次こそはちゃんと連絡入れてね」
「気が向いたらな」

ペンキを頭から被ってその眼鏡が使い物にならなくなればいいのに。
ボクは心の中で毒を吐いて十神クンの検査室を出た。
今度は霧切さんがいる方の検査室に行かなくちゃいけない。
霧切さんの仕事はモノクマパーツの検査だ。
パーツの汚れ、欠け、顔のバランスからペンキの塗りムラまで、彼女は一切見逃さない。
妥協を許さない彼女の非情なまでに徹底した検査には、ボクも山田クンもだいぶ泣かされてきた。
実は新人の頃に一度それで過呼吸に陥った情けない経験もあったりする。
そんなトラウマを鎮めるように部屋の前で一度深呼吸をしてから恐る恐る扉をノックする。
程なくして返ってきた「どうぞ」という声に怯えながら、超モノクマ級の検査員のテリトリーに足を踏み入れた。

「お、お邪魔します……あの、霧切さん……」
「何かしら?仕事を放り出してまで来るくらいだから大事な話なんでしょうね」
「いや、えっと……ペンキ変わったから変更書届けに……」
「……そう。また変わったのね」

事実を淡々と述べるだけの霧切さんの声が怖くて仕方ない。
必要もなく背筋を伸ばしてしまう。

「でも変更書なら遅くても昨日の内に届いてないとおかしいんじゃないかしら?」
「え、あ、いや、それは……その……」
「……どうせ十神君が連絡を入れなかったんでしょう」
「あ……うん……」
「今回は大目に見るわ。次からは気をつけてちょうだい」
「え…………あ、わ、わかった……あの……ありがとう」

叱責されなかった事で夢と現実の区別がつかなくなりかけた。
あぶないあぶない。
今日のボクは気が抜けすぎている。
今日の昼休みは早めに切り上げないと終わらないな、なんて考えながら、ボクはそそくさと霧切さんのテリトリーを後にした。
適度な緊張感は健康の為に必要だとは聞いた事があるけど、過度の緊張感なんて間違いなく体に毒だ。
次からはちゃんと三日前には変更書を発行して回してもらおう。
そんな強い決意を胸に抱きながら、今日の霧切さんは少し優しかったなとなんとなく嬉しくなって、山田クンにいろいろと邪推される羽目になってしまった。



(うぷぷ、現場の作業員にトラウマはつきものだよ)
(まっ、社内恋愛は厳禁だけどね!)

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