ヒナナミがポッキーゲームをしようとしたようです


「……ん……?」

ぺちぺちという軽い音と衝撃が、夢と現実の境をうろうろしていた日向をこちら側へと呼び戻した。

「おはよう、日向君」
「ああ…おはよう、なな…み…!?」

目を覚ますと、ベッドに横になる日向に跨るようにして七海が顔を覗き込んでいた。
寝惚けたまま挨拶を返したものの、すぐにおかしいと気づいて日向は目を見開く。
先程まで脳を支配していた眠気はどこへやらだ。

「ど、どうして七海が俺のコテージにいるんだ!?」
「日向君に用があるからって、ウサミちゃんに頼んで入れてもらったんだ」
「そ、そうなのか…。それにしたって、どうして俺の上にいるんだよ…?」
「んー……なかなか置きなくて暇だったから、日向君の寝顔でも観察しようと思いましてな」

寝なかったんだよ、えらいでしょと胸を張る七海の頭をなでてやりながら、日向はこの状況をどうしたものかと頭を悩ませた。
西園寺や左右田あたりに見つかったらまた何か騒がれそうで怖い。
日向は訪れてしまうかもしれない惨状を想像して溜め息を吐いた。

「日向君、溜め息を吐くと幸せが逃げる…らしいよ?」
「ああ、わかったわかった。とりあえず退いてくれないか?」
「うん」

素直に頷いて日向の上から退く七海。
ようやく起き上がれた事に安堵した日向は身体をほぐしてから七海に向き直った。

「それで、一体どんな用なんだ?」
「えっとね、とりあえず一緒にロケットパンチマーケットに行かない?」
「別に構わないけど……何か欲しい物でもあるのか?」
「うん。早くしないと私達の分なくなっちゃうかもしれないから、急がないとだよ」
「なくなっちゃう?…って、ちょ、ちょっと待て!外にいてくれ!着替えるから!!」

手を引く七海を慌てて制し、コテージの外に追い出す。
不思議そうに「私気にしないのに」と言っていた七海だが、さすがに異性の前で堂々と着替えられるほど日向は常識から外れていない。
急いで準備を整えてコテージを出ると、若干眠たげな七海が待っていた。
だが日向の姿を認めると自分の指を日向の指に絡ませる。

「さ、出発進行ー」
「うわっ!ちょ、そんなに腕振るなって!オイ、七海っ」

仲良く繋いだ手を大きく振って、目指すはロケットパンチマーケット。



「手繋いで歩いてるとなんだがすぐ着いちゃったような気になるね」
「そうだな」

ほんわかした空気を醸し出しながら辿り着いた目的地。
日向は七海に手を引かれるまま店内に入った。
そこで、おや、と日向は首を傾げる。
どこか昨日とは違う気がするのだ。
そういえば、商品の陳列が少々変わっていないだろうか。

「七海、欲しい物って何なんだ?」
「ん?ほら、あれだよ」
「あれって……ポッキー、か?何でこんな山積みに…」
「あれ?日向君知らなかったの?今日はポッキーの日なんだよ!」
「ポッキーの日…」
「そう!ポッキーの日!」

まるで覚えたばかりの言葉を使いたくて仕方がない子供のようだ。
雛祭りも知らなかったのにポッキーの日は知っているのかと日向は半ば感心していた。
だがそれと同時に不安も過る。
七海にポッキーの日を教えたのが一体誰なのか、というものだ。

「なあ、七海、今日の事一体誰に…」
「さあ日向君。ポッキーゲームしよっか」

山積みにされたポッキーを一箱手に取った七海が、満面の笑みでそう言った。
その言葉に日向が硬直するのは、まあ、仕方のない事だろう。

「日向君?どうしたの?……もしかして、ポッキー嫌いだったりしちゃう?」
「い、いや、嫌いってわけじゃ……って、七海お前、一体誰にポッキーゲームなんて教わったんだ!?澪田か?花村か?まさか狛枝か!?」
「え?ううん。ギャルゲーやってたらそういうイベントがあったんだよ。ポッキーの日は恋人同士がポッキーの端と端をくわえてポッキーゲームっていうのやるんでしょう?」
「別に恋人全員がやってるわけじゃないと思うけど……まあ、間違ってはない、か」

ゲームから仕入れた知識だとわかって日向も一安心だ。
澪田はともかく、花村や狛枝に教わったとなれば、今日中にでもジャバウォック島のどこかで死体が発見される事になっていたかもしれない。

「日向君、どっち側くわえたい?」
「…………は?」
「チョコとプレッツェル、どっち側くわえたい?」
「いやいやいやいや!ちょっと待て!どうして俺達がポッキーゲームやるって流れになったんだ!?」
「え、だって恋人同士はポッキーゲームやるんだよね?」

きょとん、と目を丸くして訊ねる七海。
純粋な視線に日向は「う…っ」と言葉に詰まった。
はてさて、一体どうすればいいのだろうか。

「日向君?」
「いや、あー……じゃあプレッツェルの方で」
「じゃあ私がチョコだね。ちょっと待ってて、今開け…………あれ?」
「ど、どうした?」
「……ポッキー、なくなっちゃったみたい」
「は!?」

驚いた日向が視線を向ければ、山になっていたポッキーどころか、七海が持っていたポッキーすらなくなっていた。
この僅かな時間に誰が、と首を傾げる。
すると、入り口のあたりから高らかな笑い声が響いた。

「残念だが、このポッキーは俺の物だ!お前達はそこでポテリングでも指に嵌めながら食べているがいい!!」
「ポッキーの日ってこんなにポッキー食えんのか!いい日だな!!」
「リア充ザマァ!!ポッキーゲームなんて絶対にさせねーかんな!!」

ポッキーの箱を抱える十神と終里。
そして恐らく二人を煽ったであろう左右田は若干涙目だった。

「……左右田……お前そこまでして……」
「う、うっせ!うっせ!そんな目で見んじゃねーよッ!」

日向が哀れむような目を向けると、涙目から半泣きになる。
左右田がこの状態という事は恐らく、ソニアが田中と一緒にいるのだろう。
ポッキーの占領も、田中とソニアが間違ってもポッキーゲームをやらないようにする為に違いない。
実らぬ片恋に燃える男、それが左右田だ。

「むー……ポッキー取られちゃったね」
「だな。十神が言ったようにポテリングでも食べるか?」
「うん。せっかくだから日向君の薬指に嵌めてあげるよ」
「……いや、さすがにポテリングで指輪交換はちょっとな」
「そう?……じゃあ普通に食べよっか」
「ああ。あ、七海、うすしおとコンソメどっちがいい?」
「うーん……気分はコンソメかな」
「どんな気分だよ」
「…………お前らオレの事見えてねーだろ」

自分を無視して目の前で交わされる和やかな会話に、左右田は本気で叫びたくなった。
リア充爆発しろ、と。



(ポッキーがなくても)
(甘くて優しくて、とっても幸せ)

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