ポッキーの日

朝食の為に食堂に向かおうとしていた苗木は、自分めがけて走ってくる小柄な影を見て目を丸くした。

「不二咲クン?」
「な、苗木君!に、逃げてぇ!」
「え、そんなに慌ててどうしたの?」
「せっ、説明はいいから!とにかくどこかに隠れないとダメなんだよぉっ!!」

あわあわする不二咲に手を引かれ、苗木は向かっていたのとは逆方向に連れていかれる。
その時後ろから、待て、見つけたぞ、逃がすなと複数人の声が聞こえた。
なんとなくだが苗木も危機を察し、不二咲に合わせて走る。
慌てて逃げ込んだのは不二咲の部屋だ。
鍵をかけてその場にへたりこむ。

「はぁ…はぁ……よ、よかったぁ…逃げ切れて…」
「ふ、不二咲クン……どうしてみんなから逃げてるの?それにボクまで……」
「実はねぇ…今日ってポッキーの日なんだって、モノクマが言ってきてぇ…」
「ポッキーの日?」
「うん。それで…えっとぉ、最初は葉隠君が女の子にポッキーゲームを持ちかけたんだぁ」

葉隠らしいといえば実に葉隠らしい。
そしてその後どうなったか、聞かずとも苗木にはわかってしまった。

「猛反対されたでしょ?」
「そうなんだぁ…。でもそしたら、今度は葉隠君、僕にポッキーゲームしないかって…」

確かに不二咲は一番小柄で、少女のような容姿をしているが、歴とした男だ。
どうやら葉隠は、遂に性別の壁を越えようとしたようだ。

「それを聞いた山田君と桑田君も…なんだか僕を見てぶつぶつ言っててぇ…」
「そ、そっか……朝から大変だったんだね」
「ボクだけじゃないんだよぉ!ポッキーゲームがどういうものか知った十神君は苗木君を捜しに行こうとするし」
「え」
「霧切さんと舞園さんと江ノ島さんも、苗木君はどこだって…」
「え」
「腐川さんもジェノサイダー翔に代わっちゃって、ノリノリで僕か苗木君とポッキーゲームするように勧めるし…」
「え……ええ!?なんで!?ボク何かした!?」

そういえば、逃げる際に聞いた声の中に彼らのものがあった気がする。
何も知らずに捕まっていたら今頃……主にジェノサイダー翔の餌食だっただろう。

「あ、ありがとう不二咲クン…!本当にありがとう…っ!!」
「ううん。困った時はお互い様だよぉ。それに、まさかこんな事になるなんて思わないもんねぇ…」

しみじみと呟いて、不二咲は疲れた顔で笑った。
それに笑い返そうとした苗木の腹が音を立てる。

「うあっ、ご、ごめん…」
「そういえば苗木君朝ごはんまだだったよねぇ……ちょっと待ってね」

立ち上がって、とててっと愛らしい音がしそうな足取りで不二咲はテーブルの上に置いてある赤い箱を手に取った。

「はい、これどうぞぉ」
「これって……ポッキー?」
「えへへ。昨日倉庫に行ったらたくさん置いてあってぇ……まさかポッキーの日の為だとは思わなかったから、一つ貰ってきちゃったんだぁ」

ほわんとした雰囲気が今までの逼迫さをどこかに追いやる。
ポッキーの所為で逃げてきたのにポッキーを食べるなんておかしな話だが、当人達はあまり気にしていないらしい。
受け取った箱を開け、袋を破く苗木。
甘い匂いがさらに空腹を意識させる。

「じゃあもらうね」
「はぁい、召し上がれぇ」

苗木に倣って不二咲もポッキーを一本口に運ぶ。

ぽりぽりとリスのように少しずつ食べる様子は見ていて癒される。
容姿だけでなく纏う雰囲気までも愛らしく、まるで小動物のようだ。

「不二咲クンの食べ方ってなんだか可愛いね」
「そ、そうかなぁ…?自分ではよくわかんないんだけど……苗木君はチョコ先に舐めるんだねぇ」
「あ、うん。最後にプレッツェル?の部分食べるのが好きなんだよね」
「そうなんだぁ。ボクも真似してみようかなぁ」

和気藹々と二人でポッキーをかじる。
ドアの外から話し声のようなものが聞こえているが、二人の耳には届いていないらしい。ぽりぽり、ぽきんっと次々ポッキーを口に運んでいく。

「あ、これで最後の一本だねぇ」
「本当だね。不二咲クン食べちゃいなよ」
「ええっ、でも苗木君おなか減ってるでしょぉ…?」
「いいよいいよ。不二咲君のだしさ」
「うーん……あ、そうだぁ!はんぶんこすればいいんだよぉ!」

手のひらをぽんっと合わせて、あたりに花を散らす不二咲。
苗木もそれに賛同し、ポッキーを半分にしようと手を伸ばしたその時、「えいっ」という力の抜けるかけ声と一緒に苗木の口にポッキーが突っ込まれた。

「んむっ……ふ、ふじさひふん?」
「えへへ…。せっかくだから二人でやろうよぉ、ポッキーゲーム」
「ふぇっ?」

苗木が事態をうまく飲み込めずにいる間に、不二咲が苗木がくわえているのと反対側をくわえる。
最初は驚いて固まっていた苗木だったがしばらくすると正気を取り戻したようで、ぽりぽりと少しずつ食べ始めた。
男同士で、お互い下心も何もないから気にする必要がないと気づいたのだろう。
なんだかんだで苗木も吹っ切れたらしい。
だんだん顔が近くなる緊張感も楽しさを引き立たせる。
10p、7cm、5cm……後残り3cm、唇が触れるまでもう少しの、照れを思い出した頃、部屋のドアがいきなり凄い音を立てて開いた。

「えっ、えっ!?」
「な、なにぃ!?何が起こったのぉ!?」

くわえていたポッキーが床に落ちたのも気にせず慌てる苗木と不二咲。
恐怖を和らげるように身を寄せ合う二人を狙い澄ますような目で見つめながら部屋に入って来たのは、腐川…いや、ジェノサイダー翔だった。

「きゃっはああああああああん!!ネコちゃん二人で部屋に閉じ籠って一体ナニしてたのかしらあああん!?しかもしかもしかも勃起ゲームとかやっちゃってさぁ!!そういうのはアタシの前でやんなさいよ!!」
「ぼ、勃起ゲームじゃなくてポッキーゲームだべ…」
「あぁん?何カマトトぶって声潜めてんのよ?オメーの照れ顔とか萌えねーから」
「つっこんだだけなのに辛辣!!」
「そうそう!どっちがどっちに突っ込むのん?まーちー?それともまさかのちーまー!?男の娘攻めとか新しいじゃねえかよ、ハゲ萌える……あらやだ、ヨダレ溢れてきちゃった!!ゲラゲラゲラゲラ!!!」

ハイテンションで次々と言い募るジェノサイダー翔に、二人は完全に怯え言葉も出ない。
しっかり鍵をかけていたドアをぶち破ったのも恐らく彼女の仕業なのだろう。
舌舐めずりしながら詰め寄って来るその姿はまさにホラーだ。

「そんなほっっっそいポッキーよりもっと太くて硬いのでやったらいいんじゃない?たとえばほらお互いのぺ」
「腐川っちいいいいい!さすがにそれ以上はアウトだべ!!
「わ、わかりませんけど、エスパーだからわかってしまいました!ほ、放送禁止用語です!」
「い、いくらなんでも暴走が過ぎますぞ!まったく、これだから腐女子は……」
「腐女子差別してんじゃねえよ、ひふみんのくせに!BLしか描けない身体にしてやろうか?なんつって!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!」
「そんな事どうでもいいから退いてちょうだい。苗木君とポッキーゲームできないじゃない」
「苗木とポゥーティーゲームをするのは俺だ」
「ポゥーティーゲームて!何すか白夜様!高貴すぎて庶民のポッキーに馴染みがなくてなんとなく真似して言ってみたはいいけどちょっと良い感じに間違えちゃってる白夜様萌え!!」
「や、やかましい!!こっちを見るな!!」
「ぼ、僕はアルたんとポッキーゲームができればそれで…」
「なあ、不二咲でいいからポッキーゲームやんね?俺、お前ならイケるような気がするしよ」
「変態!!」

騒ぎに乗じて部屋から抜け出した二人は今度こそ捕まらないようにと足音を殺しながら逃げる。

「……僕、ポッキーゲームを一番最初に考えた人に文句言いたいよぉ…」
「ボクも…。ポッキーの日なんてなくなればいいのにね…」

こうして二人の心にトラウマを植えつけつつも、どうにかドタバタしたポッキーの日は幕を閉じたのだった。



(もう少しで苗木君とキスできたのになぁ…)

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