スケアカードを破り捨て、

開廷してしまった学級裁判。
仲間を二人も失い、そしてまた一人失われるこの空間には、陰鬱とした重い空気が漂っている。
そんな中、苗木の推理が核心に迫りつつあった。
山田が石丸を殺した犯人であり、その山田を殺した犯人がいると。
二人は共犯関係にあったが、裏切りによって殺害されたのだと。
しかし肝心の犯人が誰かを口にするより早く、彼女が口を開き――口火を、切った。

「苗木君は、超高校級の幸運、ということでしたわよね?」
「え?あ、うん、まあ…一応ね」
「超高校級の探偵でも超高校級の刑事でも超高校級の推理作家でも何でもなく、ただの幸運なんですわよね?」
「う、うん」

今更な確認に訳がわからず、苗木は怯みながらたどたどしく頷いた。
それが、他の彼らの目には不審に映っているとは露とも思わずに。

「なら余計におかしいですわ」
「……え?」
「それだけの観察眼と推理力を持ちながら、何故超高校級の探偵ではなく超高校級の幸運なのですか?ここまで学級裁判を正しい方向に向かわせ、クロを見抜いてきた苗木君、あなたが……単なる超高校級の幸運なのですか?」

幸運だけでは説明がつかないとセレスが訴える。
学級裁判で発揮される苗木の推理力が本物だとしたら、超高校級の幸運ではなく超高校級の探偵として名を馳せていて然るべきではないか、と。

「今までの状況証拠を考えると犯人は葉隠君が妥当ですが、まるで葉隠君を犯人に仕立て上げようとしているとしか思えませんでした。そして……それを自ら明かし彼の無実を証明する事も……自分に向けられる疑いをなくそうとしているようにしか思えませんでしたわ」
「そ…それってつまり、苗木っちが俺に罪をなすりつけようとした犯人って事か!?」
「な、何言ってんのさ……まさか、そんなわけ……そんなわけ、ないじゃん……」
「は、ハッキリしなさいよ、苗木…!!」

先に仕掛けたのはセレスだった。
そして苗木よりも早く、入念な仕込みによって苗木に猜疑心を抱いていた彼らが大きく反応を見せる。
疑心を言葉にしないでも、刺すような視線が苗木へ抱く心象を教えていた。

「アリバイのない葉隠君が犯人でないとすると、残る容疑者は彼と同じくアリバイのない苗木君、あなただけという事になりますわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!ボクは…っ」
「あなたが、裏切り者だったのですね」

反論しようとする苗木の声に被せるように断言して、セレスは柳眉を顰めた。
言いたくない事を言ってしまったと、気分を害したような、自己嫌悪に浸っているような。
予想外の展開に言葉を失う苗木。
それを見た彼らは苗木の様子を、正体を突き止められたからだと解釈した。
陰鬱さが支配していた裁判場を今度は沈黙が支配する。

「うぷぷ……もう話し合いは終わりかな?ではでは、皆さんお待ちかね!投票タイムといっちゃいましょー!!」

モノクマのその声に正気を取り戻した苗木だったが、自身の無実を訴えようにも、もうすべてが決まってしまった。
全員処刑が、決まってしまった。

「満場一致でクロは苗木君!正解正解大正解!!……って言いたいところだけどね。うぷぷ。はっずれー!!この前の学級裁判の後から事件が起きるまでずーっとベッドの上で一人ハァハァ言ってた苗木君にヒトゴロシができるワケないのでしたーッ!!」

不正解……その宣告に、全員の顔が凍りつく。
ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!と、いつもの不気味な笑い声よりも嘲りに満ちた声でモノクマが笑った。
耳障りな笑いが裁判場に轟々と響き渡る。
反響し重なり合い、鼓膜を揺すって、脳に直接恐怖心を刻み込んでいく。

「正しいクロを見つけられなかったオマエラには……ドッキドキでワックワクで……ドッロドロでグッチャグチャで……スペシャルでロイヤルで……身悶えしちゃうくらい絶望的に絶望的な絶望的オシオキを用意しましたー!!」

その声と同時に、今まで処刑されていった仲間達同様に首に枷を嵌められ、そのまま無理矢理……執行場へ。
そして、オシオキを受ける苗木達が最期に見たのは。
わたくしの勝ちですわね、と一人優雅に微笑む仲間の姿だった。



希望が散っていったその場所に、二人の少女がいた。
片や超高校級のギャンブラーこと、セレスティア・ルーデンベルクこと、安広多恵子。
方や超高校級のギャルこと、超高校級の絶望こと、江ノ島盾子。
錆びた鉄と血の臭い、陰鬱とした空気と酔うほどの絶望感に咽返る空間で、共通点の一つも見つけられなさそうな二人は、吸い込んだ絶望で肺を満たしていた。
オシオキされた元希望達の死体を眺めながらコツコツと足音を響かせるセレスを一瞥して、江ノ島は深く溜め息を吐く。

「ねーえ。アタシはさー、事態が膠着したり序盤で全員処刑されたりするような事がないようにアンタを裏切り者にしたんだけどー?なんでこんな早くに全員殺しちゃってんのさ。結局希望と希望の潰し合いっつーか絶望に潰される希望の図になっちゃったじゃん!ま、それはそれで絶望的でいいんだけどー」
「わたくし、毎ターン勝率が下がるゲームに策も弄せず乗るほど愚かでも傲慢でもありませんの」
「はぁ……超高校級のギャンブラーなのに、案外無能なんですね……」
「全員が同じ役を狙っていると知りながら、相手にチャンスを与えるほど慈悲深い性格はしておりませんわ。あと一手で勝てるゲームを無駄に引き延ばすだなんて無粋じゃありませんか」

コツン、コツン、コツン、ガッ、コツン、ガッ、コツン、コツン、コツン。
進路を邪魔する誰かの肉片を蹴り飛ばしながら、ブーツが汚れる事も気にせずセレスは進む。
普段の彼女からは想像もつかない姿だが、それはつまり、衣装よりも大切なものがそこに転がっているという事だ。

「絶対に相手に役を揃わせない方法をご存知ですか?」
「絶対にぃ〜?そんなの知らないっていうか無理に決まってんじゃーん!でもぉ、あるなら教えてほしいな〜!」
「簡単な事です。相手が揃えようとしている役を先に揃えてしまえばいいのですから」
「…………それはあなたの才能ありきの話じゃありませんか」

コツン、コツン、コツン、コツン……。
足音が止まり、セレスが腰を屈める。
その足元には見慣れた優しい茶色と白い肌、細い手足。
血が溢れ、肉が抉れ、骨が覗く、十数個ほどに分かれたそのバラバラなパーツをいくつか手に取って、セレスは静かに微笑んだ。

「結局、ハートはスペードに勝てませんでしたわね」
「ユディトもカサエルもランスロットも、パラス・アテナには敵わなかったってワケねー」

ユディトはハートのクイーン、指しているのは恐らく霧切響子。
カサエルはダイヤのキング、指しているのは恐らく十神白夜。
そしてパラス・アテナはスペードのクイーン。
しばしば悪女として語られるそのスートの彼女は、智恵と戦略の女神。
一度でも自分に仇なした者には徹底的に容赦をしない、賢く非情な女神。
一体誰を指すのかだなど、言うまでもない。

「あら……ランスロットを殺したのはあなたじゃありませんか、アーサー王?」

ランスロットはクローバーのジャック、仕えたアーサー王の妻との不義の恋に燃えた騎士。
グングニルの槍に貫かれて命を落とした戦刃むくろを指すのだろう。

「アタシがアーサー王?笑えるんですけど!ねぇねぇ、なんでなんで?」
「実在したかどうかもわからない、存在が謎に包まれている……まるでトリックスター。あなたにピッタリじゃありませんか」
「物語でだけ語られる存在って?冗談!紙の上じゃ絶望なんて得られないじゃない!」
「……言うと思いましたわ」

呆れたように息を吐き、苗木の右腕と頭部を持ったままセレスは再び、コツン、コツン、と音を響かせ始めた。
もう流れる事がないはずの血がぽたりぽたりと床を穿つ。

「貴様も随分と執念深いな、ニンゲン。私様の計画に便乗して己の敗戦を消し去るとは」
「単なる偶然とはいえ、わたくしに負けは許されませんもの。ああ、それにしても久しぶりでしたわね……勝利する為に努力するだなんて」
「うぷぷ。感謝してよねー?それもこれもアタシのお陰なんだからさ!あ、やっぱナシナシ。感謝されるとかスッゴイ気持ち悪い!絶望的に!!だから感謝してもいいよ?た・え・こ・ちゃん?」
「うふふ。その名で呼ばれて怒る理由もありませんわ。もうわたくしをそう呼ぶのはあなたくらいのもの…。わたくしがセレスティア・ルーデンベルクとして生きるのを阻害するものは何もないのですから」

そう、安広多恵子を知る友人も、セレスティア・ルーデンベルクの名に傷をつける敗戦も、もう残ってはいないのだから。

「では、そろそろ退場させていただきますわ。わたくしがわたくしである為にも……もっと多くの勝利を得なければなりませんもの」

ぺこりと綺麗に頭を下げて、セレスは絶望に満ちた空間を後にした。
超高校級の希望の、彼女に打ち勝った右手と、骨を削ってダイスにするのだと嬉々として語っていた頭を持ったまま。

「……あーあ。こんな事なら、アタシが先に揃えておけばよかったなー」

残された苗木のパーツを見ながら呟く。
片腕と頭を失ったぐちゃぐちゃの身体。
才能と呼べる才能が一つもないというのに、超高校級の絶望である江ノ島をもって希望と言わしめた存在。
それが力に負けてこの様だ。
残されたパーツを踏みつけて、血溜まりの上で飛び跳ねる。
ぴちゃ、ぴちゃっ、ああ、愉快!
江ノ島は自分の肩を抱いて絶望感に酔い痴れた。

「ハートはスペードに敵わない、ね。もっともだわ。……ま、それより強いのに動かなかったジョーカーが悪いんだけどさ」

絶望に満ちた表情で固まったあの頭部は欲しかったなぁ、と。
江ノ島は独り語ちて、血溜まりを蹴った。

「ばいばい、ハート。アンタは病を治す奇跡の聖杯だったけど、所詮ハートはハートなんだよね」

トランプの力の序列は、スペード、ハート、ダイヤ、クローバー。
表すものはそれぞれ、力、愛、貨幣、棍棒。
愛は、力に負かされるものなのだ。



(確実に勝ちたいのならば)
(他プレイヤーを殺して総取りすればいいのですわ)

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