スケアカードを破り捨て、

※CHAPTER3、裏切り者捏造
※死ネタ


二回目の学級裁判を終えた彼らは心身共に疲弊し切っていた。
苗木は度重なるストレスに負けて体調を崩し寝込んでしまったし、石丸は兄弟と呼び合うほどに仲の良かった大和田のオシオキ以来何も喋らず表情一つ動かさない。
他も、一見して酷い状態という者はいないが、所詮表面上だけだ。
封鎖された空間、監視された生活、起きしまう殺人、始まってしまう学級裁判……。
逃げるように飛び込んだ監視カメラのない大浴場の脱衣所で、八人は真面目な顔で声を潜めていた。
彼等を集めたのは超高校級のギャンブラー、セレスティア・ルーデンベルクであり、彼らの心を乱す切っ掛けもまた彼女だった。

「裏切り者が誰か、という話でしたが……実は、思い当たる人物がおりますの」

その一言は、裏切り者の存在に怯えている彼らにとっては信じられないものだ。
仲間に裏切り者がいるはずないと主張したのが一人。
ミスリードかもしれないと疑ったのが二人。
その言葉に怯えたのが三人。
黙したままなのが一人。
セレスは全員の顔をしっかりと見回してから、艶やかな唇を再度開く。
飛び出したのは、どこの誰とも知れない男の話だった。
憧れだった刑事になったはいいものの大した活躍もできず、左遷の憂き目にあったという縁もゆかりもない男の話だった。

「自分を知る者が誰もいないその地で、彼は知らぬ者がいないほどの名刑事になりました。殺人事件が起これば、彼はどんな些細な証拠も見逃さず、まるで殺害現場を見ていたかのように、犯行の一部始終を事細かに明らかにしていったそうです」
「……オイ、そんな話はどうでもいい。この俺がわざわざ時間を割いてやっているんだ。早く裏切り者の話を」
「少々お待ちくださいな。お顔が凄い事になっておりますわよ?」

関係があるとは思えない話に苛立ち、結論を急かす十神。
セレスはそんな十神を微笑みながら制し、相も変らずゆったりとした口調で続ける。

「役立つどころか目立つ事すらなかった彼が、どうしてたった数カ月でそれほどの結果を残せるほどに到っのか……。どなたか、おわかりになりますか?」
「…………その刑事と犯人との間で何かしらの取引が行われていたか、実際の犯人は刑事本人だった……ってところかしら」
「さすが霧切さん……と言いたいところですが、少々違いますわ」
「そう……。なら正解を教えてもらえない?」

降参と取れる霧切の言葉を聞いたセレスは「構いませんわ」とニッコリ微笑んだ。
話に上手くついていけず結果聞き役に徹していた面々も、先程より身を入れて耳をそばだてる。

「彼は見ていたのです。被害者が自分の運命を知らずただ生きている場面、突然加害者に襲われて被害者の命が奪われた場面、加害者が殺人犯になった瞬間といえる場面……それらすべてを見ていたのです。こっそり街中に仕掛けていた監視カメラの、向こう側で」
「カメラの向こうで…!?」
「なんの役にも立たず左遷された、言わば無能のレッテルを貼られた三流刑事でありながら、事件が起これば必ず活躍し、必ず犯人を逮捕する。不思議でしょう?けれど当然です。彼は犯人でこそありませんでしたが、犯行のすべてを知っていたのですから」

まるで殺害現場を見ていたかのようにどころではない。
監視カメラを通して、街のすべての人間の行動は刑事に筒抜けだった。
彼はそれを見て慌てて止めに入る事もせずに、ただ事件として取り沙汰されるまで口を噤んでいただけだったのだ。
犯人を捕まえるなど彼にとってはさぞや容易い事だっただろう。

「誰かに似ているとは思いませんか?」
「だ、誰か…?そんな、だって、カメラで監視とか、全部見てたとか、そんなのって、モノクマくらいしか…」
「裏切り者であるならば、監視カメラの映像も自由に見られるはずですわ」
「そ、そうだべ…!きっとそうやって慌てる俺達を見て嘲笑ってんだ!誰が誰を殺すか賭けたりしてんだべ!俺の占いは三割当たる!!」
「葉隠康比呂殿の発言はさて置き……確かにセレス殿の言い分ももっともな気も…」
「刑事の話からして作り話という可能性もあるが、ありえない話ではないな」

セレスの問いかけに全員がざわめき、しかし同意を表した。
こちらの動向がモノクマに筒抜けならば、裏切り者にも伝わっていると考えて間違いではないだろう。

「学級裁判で必ず活躍し、必ず犯人を突き止める裏切り者…………そういえば"彼"は最後に必ず、まるで"見ていたかのように"事件のあらましを説明しますわね」

全員の頭に浮かぶ顔はたった一つだ。
先の事件で殺害された不二咲を覗けば一番小柄で、幸運とは名ばかりで特出した才能もない、強いて挙げるならば周りよりも幾分気が優しい、あどけない少年。
体調を崩し、自室で寝ているはずの、苗木誠の顔……。

「う、嘘だよ……だって、だってさ?あいつ、ただのお人好しじゃん。舞園ちゃんが殺された時だってすごい取り乱してたしさ…」
「……刑事と関わりのあった人は全員、彼を優しくて穏やかと評価したそうです」
「……で、でもさ……でも………」

擁護しようとすればするほど返される言葉に疑心が募る。
常に腹の読めない笑顔を浮かべているセレスが僅かに翳らせて言うものだからそれも一入だった。
セレスが折に触れては苗木に勝負を持ちかけていたのは皆の記憶にも新しい。
決して不仲ではなかった相手を裏切り者として糾弾しなければならないとはどういう気分なのだろう。
彼女の心情を推し量ることすら難しく、彼らはかけようとした言葉を飲み込む事しかできない。

「……しかし、明確な証拠が何もない以上、俺はお前の話を信じる事はできないな」
「彼の言う通りだわ。どうして私達に話したの?証拠もない状態で。ただあなたの確信だけじゃ、苗木君を裏切り者と断定する理由にはならないのに」
「…………みなさんが何も知らないうちにわたくしが彼との勝負に負けてしまったら、彼の一人勝ちになってしまいますもの」
「だ、だから、アタシ達に苗木が怪しいって吹き込んだワケね…?じ、自分が、死ぬかもしれないから…っ!」
「わたくしは死んでも負ける気はありませんわ。勿論、もし死んだとしても負ける気はありませんの。だからこそ、わたくしの負けが決する前に彼を負かしてくれる方々が必要なのです」

お願い致しますわ、と頭を下げた彼女は、柔らかな笑みと決意に満ちた瞳を残して、脱衣所を出て行った。
一切の迷いを感じさせない、軽やかでしかしどこかたよりげのない足取りだった。


大和田が処刑されて以来、石丸はすっかり生気を感じさせないほどに消沈し、部屋に引き篭もっていた。
だが不二咲の生存……というか、アルターエゴの噂を聞きつけた彼は偶然捕まえた葉隠に懇願し、監視の目を光らせる霧切の目を盗んでどうにか大浴場に忍び込む事に成功した。
アルターエゴとの対面。亡き兄弟からの叱咤。
地に放り出されていた魚が水を得たかのように、石丸はかつての……いや、かつて以上の生気を取り戻した。
石丸と大和田から取って自らを石田と名乗った彼の暴走が、今回の悲劇を呼ぶ事になるとは、監視カメラの向こうで行く末を見続ける一人と食堂で優雅に紅茶を嗜む一人以外には知る由もない事だった。


山田と石田が対立し、アルターエゴが消え、セレスが何者かに襲われ、山田が拐われ、そして山田と石田が殺された。
行方が知れない葉隠よりも、体調を崩し部屋に篭っており、更に裏切り者疑惑が浮上している苗木が真っ先に疑われるのは道理だった。
しかし、死体発見アナウンスを聞いて弾かれたように飛んできた苗木は、仮病というわけではないようで、触れれば並々ならぬ熱だとわかる。

「石丸クン…山田クン……どうして、どうして二人が……っ!!」

気だるげに、しかし呆然とした様子で仲間だったモノの前で立ち尽くす苗木はどう穿って見ても仲間思いの優しい高校生にしか思えない。
隣に立つ人間がいつクロになるかわからないこの鎖された学園生活で、疑心暗鬼になりながらも全員が苗木に心を許していた。
それは人によっては信頼ではなく信用としか呼べないものだったが、それでも苗木の存在は特別だったのだ。
しかし先日のセレスの言葉が全員の心を乱す。
苗木が裏切り者かもしれない。
幾多ある中のたった一つに過ぎないはずの軽い可能性が重くのしかかってくる。
つらいだろう身体に鞭打って真剣に捜査を始める苗木の後ろ姿を、彼らは縋るような思いで見つめていた。


ふらふらと歩く小さな背中を見つけ、セレスはしばしの逡巡の後気遣うように声をかけた。

「苗木君、大丈夫ですの?」
「セレスさん……えっと、大丈夫って?」
「苗木君の体調に決まってますわ。まだ熱も下がってはいないのでしょう?」
「あー…まあね。でも、結構良くなってきたし、そんな事言ってられる場合じゃないしさ」

一刻も早く犯人を突き止めないと。
自分に言い聞かせるようなその言葉にセレスは少しばかり黙考し、自分よりも若干低い位置にある苗木の頭を撫でた。

「セレスさん?」
「早く良くなってください。でないとわたくしとの勝負に負けてしまいますわよ?」
「あはは……元気でもセレスさんに勝てるとは思えないけどね」

片や超高校級のギャンブラー、片や超高校級の幸運。
ギャンブルに特化した才能を持つセレスはいっそ執拗ともいえるほど苗木との勝負に拘っている。
苗木からすれば、ただの運で選ばれただけの平凡な高校生相手にどうして躍起になるのかまったくわからないが、セレスは飄々と佇んだまま疑問を晴らしてはくれない。
ぴょこんと立った苗木の髪を弄んで満足したのか、セレスの手がようやく離れる。
セレスはさっきまで苗木に触れていたその手の、馴染みある中指ではなく人差し指をピシッと立てた。

「ヘッズアップトーナメント形式のノー・リミットゲーム。賭けるのはわたくしのすべて……オールインですわね」
「えっと……専門用語ばっかりでわかんないんだけど…」
「ただのポーカーと考えていただいて結構ですわ。あなたの幸運とわたくしの幸運、どちらのほうが勝っているのか……うふふ、楽しみですわね」

にっこりと微笑むセレスは本当に楽しそうで、苗木はあまり深く考えずに「そうだね」と頷いた。
ヘッズアップトーナメントというのが、大人数で同時に参加するポーカー・トーナメントの一種だという事も、勝負に負けた破産者が増えることによって人数が減っていく中で最後の一人になるまで争うものだという事も、そして特に二人……一対一で雌雄を決するものだという事も知らずに。
ノー・リミットゲームというのが賭け金の上限が決まっていないものだという事も、オールインというのが手持ちのチップすべてを賭けるものだという事も、――彼女のいうチップが命を指している事も知らずに。

「じゃあ……なんか嫌な響きだけど、学級裁判の時にまた会おうね」

まるでコロシアイ学園生活そのものを指しているようなゲーム形式に疑問を呈する事なく、苗木は再び捜査に戻っていった。

「わたくしとあなたの最後のゲーム……ショー・ダウンはもうすぐですわ」

セレスの鈴を転がしたように涼しげで楽しげな言葉を欠片も聞かずに。




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