更生失敗な罪木ちゃんが日向君を救ってくれたら私得


プログラム内で死んだ人間の大半が目を覚ました。
記憶の混乱はあるものの、幸いにもかろうじて日向達の事を覚えており、超高校級の絶望に心酔していた彼らの絶望時代は幕を引いたのだと、誰もがそう思っていた。
だが――絶望は、終わらない。


そのモノクマは、白い手と黒い足がもがれ、白い中綿が飛び出していた。
白いクマ側の目は抉り取られたようで、目があったと思われる場所からも中綿が覗く。
首は靴紐を二周回されぎゅっと絞められており、余った紐の先で可愛らしくリボン結びされている。
そんな恨みつらみをぶつけた果てのようなモノクマのぬいぐるみを愛おしそうに抱き締めながら、罪木は日向のコテージの前に立っていた。
きゅっと両手に力を篭め、うふふ、うふふと歌でも口ずさむように楽しげに音を転がす。
それが奇妙にもどこか歪んで聞こえるのは、無惨な姿のまま抱かれているモノクマの笑い声が重なっているような錯覚を覚えるからだろうか。
うふ、うふふ、うぷぷぷ、うふふふふふふ、うぷぷぷぷぷぷぷぷ。

「日向さぁん、いますかぁ?」

いつもより上がる語尾と、いつもどおり控えめなノック。
程なくして扉を開け姿を見せた日向は、挨拶するより先にモノクマのぬいぐるみに目を奪われた。

「……罪木、それ、」
「これですかぁ?私のお守りなんですよぉ」
「そ、そうか…。それにしても、罪木が来るなんて珍しいな。とりあえず中入れよ」

日向はうまく納得できないものの、重苦しくなりそうな空気をどうにか変えようと努めて明るい声を出した。
日向に続いてコテージに足を踏み入れた罪木は、扉を閉め、後ろ手に鍵をかける。
かちゃん。コテージ内に響いた音は小さいものだったが、日向の嫌な予感を起こさせるには充分だった。
窺うような日向の視線が罪木の顔を躊躇いがちに捉える。
いつもなら青白い顔を珍しく紅潮させ、口元にも締まりのない笑みを浮かべている彼女は、希望も願望も大望も羨望も野望も失望も絶望も混ぜて煮詰めたような目で日向を見つめ、ふっと短く息を吐いた。

「つ、罪木?今、なんで鍵、」
「あのですねぇ、日向さん。私、日向さんが全部正しい訳じゃないって気付いたんですよぉ」
「……は?」

唐突な言葉に頭がついていかない。
いつもと様子が違う罪木を心配して招き入れたはいいものの、あまりの異常さに日向はこの時点で既に自分の行動を後悔していた。

「日向さんってぇ、カムクライズルが好きなんですよねぇ?言ってましたもんねぇ?ほっておけないって。あ、私も日向さんにそう言われた事ありましたよね?よねぇ?でもぉ、私よりもカムクライズルの方がほっておけなくって、大事で、大切で、大好きなんですよねぇ?」
「いや、別に俺は、罪木よりカムクラの方が大事とか、そういうんじゃ……」
「日向さぁん、嘘はダメですよぉ。日向さんはカムクライズルが好きで、カムクライズルは日向さんが好きなんですよねぇ?でも、えぇっと、それってぇ、お互いを一番理解していて、しかも遠慮する必要もない間柄だから起こる一種の依存関係だと思うんですよぉ。あるいは、自分と同一の存在に対する愛情なので、無意識下での愛情への渇望ですかね?ですからぁ、日向さんはその依存心を愛情だと錯覚してるだけで、日向さんがカムクライズルを好きだっていうのは全然正しくないって事になるんですぅ」

ね?と小さな子供に接するようににっこり微笑む罪木。
ぞわりと背中を駆け上がる悪寒に日向は一歩退いた。
追いかけるように一歩、罪木が前に出る。

「あの人が教えてくださったんですよぉ。日向さんがカムクライズルに向けているのは、歪んだ自己愛なんだって。日向さんを救えるのは、日向さんを心の底から愛してる私だけなんだって!」

ぎゅっ、ぬいぐるみを抱く手に異様なまでの力が入る様が見ただけでわかった。
今にも呻き声を上げそうなほど哀れに絞められたモノクマのぬいぐるみを罪木は熱の篭った目で見つめ、そして再び日向に視線を投げる。
心底幸せそうに笑って、けれど目は――日向は本物と直接対峙した事はないが――超高校級の絶望と呼ばれた彼女と似た色を宿していた。

「ほら、あの人も応援してくださってますよぉ。移り気で罪深い私を責めるんじゃなくてぇ、日向さんを救ってあげてって。うふ、うふふふ、これってぇ、あの人公認って事ですよねぇ?つまり、世界が認めてくれてるって事ですよねぇ!?」

うふ、うふふ、ふふ、うぷ、うふふふぷぷふ、うふふふぷふふぷぷぷぷぷぷぷ。
歪んだ笑いがコテージに響く。
じりじりと近付いてくる罪木から逃げるように後ずさっていた日向だが、ついに背中が壁にぶつかった。
じわりと額に浮かんだ汗がつーっと滴り落ちていく。

「ほら、ほら、ほらぁ!それって、それってぇ、私達が結ばれるべきだって事ですよね?そうですよねぇ!?そうじゃなきゃおかしいんですよぉ!だって、だってだってだってぇ、私は日向さんを愛しててぇ、日向さんは自分が間違ってるのも気付いてないか弱い患者さんなんですもん!私が守ってあげないと、助けてあげないとダメじゃないですかぁ!!」

逃げ場を失った日向の前に罪木が立ちはだかる。
身長差もあるし、逃げようと思えばいくらでも手はある。
最悪正当防衛という形ならば、暴力に訴えたところでそこまで問題にはならないだろう。
しかし、そんな考えに到れるほど日向は冷静ではなく、絶望に侵された目に完全に気圧されてしまっていた。
罪木はそれを見逃さず、ぬいぐるみの、本来白い手がついていたはずの場所に手を突っ込んだ。
ぶちぶちと縫い糸が切れる音がして、中綿が溢れ出す。
覗いていた部分は白かったはずなのに、一体どういう事なのか出て来る綿は赤黒い。

「日向さぁん、これぇ、なんだと思いますかぁ?」

ようやく引き抜いた手が掴んでいた注射器を構えながら、罪木は日向に問いかけた。
これはさすがにまずいと抵抗しようとした日向だったが、その時には慣れた手付きの罪木は既に注射を終えていた。
途端に身体から力が抜け、壁に背を預けたままズルズルとその場にへたり込む。

「正解はぁ、筋弛緩剤ですよぉ。病院にあったのを貰ってきたんですぅ」

日向の前に膝立ちになる罪木。
この状態なら罪木の方が少しだけ目線が高くなる。
その差だけでも庇護欲と征服欲を沸き上げるには充分だ。
罪木は今まで大事に抱いていたぬいぐるみも注射器も放り投げ、自由になった両手で日向の首に手をかけた。

「私、日向さんを救う為ならなんだってやりますからねぇ。少ぉしだけ苦しいかもしれませんけどぉ、大丈夫ですよぉ。日向さんがカムクライズルに取られないように、ぜぇんぶ私が貰ってあげますからぁ。右手も左足も右目も首もぉ、毎日ちゃんとお手入れしますから安心してくださいねぇ」

日向の視界の端に、投げ出されたモノクマのぬいぐるみが映る。
手足をもがれ、目を抉られ、首を絞められた無惨な姿。
溢れ出す中綿は臓物を連想させるがごとく赤黒い。
まるで自分の行く末を表しているかのようで、日向はぶるりと大きく震えた。

「愛、愛、愛してるんです、愛してるんですよぉ、日向さぁん!!」
「が…っ!」

罪木は、日向の首にかけた手に思いきり力を籠め、そしてそのまま――。

「うぷぷ、うぷぷぷぷ。ボクが死んだからって油断してちゃダメじゃない!」

投げ捨てられたぬいぐるみから、そんな声が聞こえた気がした。



(歪んだIより、歪んだ愛を受け入れて!)

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