10月31日(水) ???

今日は10月31日、いわゆるハロウィンだ。
新世界プログラム日付の設定はされていないけれど、こういうイベント事は彼らの結束を強め、絆を深める一助になるかもしれない。
そう思い立ったボクは、アルターエゴを通してモノミに指令を送ってもらった。
少しでも早く、彼らが希望のカケラを集め終えてくれる事を祈って。



画面の向こう側。
にぎやかな夕飯が終わってそれぞれがコテージに戻って十数分経った後、三人は外にいた。
ヒソヒソ最終確認をして、クスクス笑い声を溢して歩き出す。
声と足音を殺して、左右田クンのコテージの前に立ち、彼女はドアを蹴破った。
そしてすぐには部屋に入らず、二人を先に促す。
……うん…さすがにやりすぎじゃないかな…?

「うおおおおおおおおおおおおお!!?」
「とりっくおあとりーと!」
「……」

開くはずのないドアがいきなり開いた事に驚いて、左右田クンが大きな悲鳴を上げた。
それを気にしないハジメクンは常套句を口にして脅かすように両手を上げ、イズルクンは無言で片手を突き出す。
お菓子を要求してるみたいだ。

「trick or trick!みんなの元気の起爆剤!ドラキュラ唯吹ちゃんwithキモクマブラザーズっすよ!!」

きゃるん!と自分で言いながら、澪田さんは左右田クンに笑いかけた。
ドラキュラの扮装らしく、鋭い犬歯が覗く。

「み、澪田…?こっちの妙なクマは…ハジメとイズルか…?」
「そうっすよー。今日はハロウィンだから仮装用の衣装作ってほしいってウサミに頼まれちゃって。ほら、唯吹ってこう見えて家庭的じゃないすか!良妻賢母で紳士淑女じゃないすかー!」
「紳士は男だろ!つーか、お前何勝手に部屋入って来てんだよ?ドアだってぶち破る事なかっただろ!?」
「わかってないっすねぇ……本格的なトリックの前のやさしいイタズラっす」
「ふざけんな!冬の寒さに凍え死んだらどうすんだ!!」
「南の島で凍死なんてまずないから安心するっすよー。ていうか、二人の衣装についてなんか気の利いたコメントないんすか!」
「気の利いたコメントっつってもよォ……」

澪田さんに言われて左右田クンが二人に目を向ける。
それにしても左右田クンは間違った事なんて一つも言ってないのに、どうして間違ってるような気になるんだろう…。
……なんだか少し似てる気がするけど、気のせいだよね、うん…。

「仮装っつーか、着ぐるみだろコレ」
「……ぺろりん!作っちゃった!」
「作っちゃった、じゃねーよ。コレじゃどっちがどっちかわかんねーし、そもそもなんでこんなキモいツートンカラーのクマなんだよ」

左右田クンの言う通りだと思う。
キモいツートンカラーのクマ。
右半身は白くて比較的可愛いけれど、左半身は黒くて、悪意が籠ったように吊り上がった目と口が印象的。これの中はハジメクン。
反対に右半身が黒くて左半身が白いクマの着ぐるみはイズルクンが中にいる。
澪田さんはモノクマ――超高校級の絶望の存在を忘れているはずだし、あそこには彼女を想起させるものは一つもない。
どうして澪田さんはモノクマの着ぐるみなんかを作ったんだろうか。作れたんだろうか。

「いやぁ、インスピレーション湧いちゃって。最初は可愛いシロクマと怖いクロクマだったんすけど、双子だから半分こしたんす。豊富なアイディアに唯吹自身びっくりっすよ!」

インスピレーション、その一言で片付けてしまっていいものだろうか。
一応後で霧切さん達にも報告しておこう。

「まず着ぐるみって時点でダメだろ…」
「唯吹は常識なんかに囚われないんす!!」
「そこは囚われとけよ」

呆れたように溜め息を吐く左右田クン。
……彼が無事に卒業したら一緒に慰安旅行に行きたい。切実に。
そんな問答に目を奪われている間に、イズルクンとハジメクンは待ち切れなくなってしまったらしい。

「そうだおにいさん、おかしくれないからいたずらな」
「へ?あ、ちょっ、何すん…ぶふっ!?」
「ふっふーん!唯吹ちゃんドラキュラバージョン特性のニンニクパンっすよ!お裾分けっす!」

どこに隠し持っていたのか、澪田さんに口にニンニクパンとやらを突っ込まれ、左右田クンが苦しそうにもがく。
ニンニクパン……多分、あの細かく刻んであるアレがニンニクなんだろうけど……パン大きすぎない?
それにあの顔……絶対美味しくないよ…!
こんな非道なイタズラをさせるためにハロウィンを企画した訳じゃないんだけどなぁ。

「はっぴーはろいんっ」

ハジメクンの声が少し不機嫌そうなのはお菓子が貰えなかったから、かな?
イズルクンなんて次のコテージに行こうって言ってるみたいにハジメクンの手を引いている。

「い、イタズラってレベルじゃねーぞコレ!」
「えー?でも食べられなくはなかったっすよね?」
「食べられねーよ!見ろよ、吐き出してんだろーが!!」
「うっわ、和一ちゃんきったなー…」
「そんな目で見るなああああああ!!」
「うっせーぞ左右田!今何時だと思ってんだ!騒げねーように喉潰しちまうぞ!!」

物騒な言葉と共に現れたのは終里さんだ。
他の人達もぞろぞろと集まり始めた。
……確かに、モニター越しでも少しうるさかったしね。

「澪田さん素敵な格好をしてらっしゃいますね!ヴァンパイアですか?」
「な…っ、澪田オメー……人間じゃなかったのか!?」
「ふっ……バレちゃあ仕方ないっすね。そう、澪田唯吹とは世を忍ぶ仮の姿……」
「何!?貴様、今まで俺様の邪眼を欺いていたというのか…!?」
「えっと、三人はどうしてそんな格好してるの?」
「三人?澪田の他に誰がおるっつーんじゃ?」
「……え?あそこのモ……クマって、ハジメ君とイズル君、だよね?」

多分、モノクマって言いかけたんだと思う。
ウサミと千秋ちゃんだけはこのプログラム内でモノクマの存在を知っているから。
千秋ちゃんに声をかけられたハジメクンとイズルクンは「も?」と首を傾げながらも、着ぐるみ姿でゆっくりと千秋ちゃんの方に近寄る。

「ななみおねえさん、とりっくおあとりーと!」
「え?……うーん……ちょっと待ってね」

なにかお菓子持ってたかなぁ、とポケットの中を探って見つけた飴玉を2個、ハジメクンとイズルクンに手渡した。
受け取った二人は喜んだ後で、着ぐるみ姿じゃ食べられないと気付いたらしい。
脱ごうとしてバタバタ両手を忙しなく動かしている。

「なんだ、もう脱いでしまうのか?」
「うん。あめなめられないから。ぺこやまおねえさん、きる?」
「いや、私は遠慮しておく。……ただ、少しだけ抱き締めてもいいだろうか?」
「うん?うん。ほら、イズルもぎゅー」
「……っ!も、もふもふ…っ」
「生地にこだわったすからね!いやー、今朝言われて一日で完成させちゃうとかホント唯吹ってば天才肌っす。白夜ちゃんのたぷたぷに並ぶつやつや具合っす」
「何故そこで俺が出て来る…!!」
「て、天才と言えばぁ、そういうのに絶対反応するはずの狛枝さんがいませんよぉ…?」
「あれ?確かにいないね」
「あの方でしたらこの場にいなくて当然です。自由に身動きが取れてはなにかと危険だと思いまして、夕食を終えた後、コテージから出られないようにわたくしがドアに細工しておきましたから」
「な、軟禁プレイ…!?」
「て、テメー!ソニアさんの発言をそういう方向に持ってくんじゃねえ!!」
「もふもふ……」
「いくらなんでも閉じ込めなくてよかったんじゃねーか?」
「いや、閉じ込めるだけでは手緩い。ヤツの執着心は異常だ。身の程知らずにも"世界の始まり"と"事象の本流"を手中に収めんとしているのだろう。ククク、俺様に並ぶ程の闇の力が、あの脆弱な器で制御できるとは到底思えんがな……」
「まあ殺しても死なないようなヤツだし、大丈夫だろ」
「アハハ、さすがに殺されたら死んじゃうよ」
「ななななななななんでいるんだよおおおおおお!?」
「なんでって……酷いなぁ。みんなが楽しそうだから、身の程知らずにもみんなの希望に満ちた姿をこの目で一秒でも長く見たいボクは窓から外に出て様子を窺いに来たんだよ。そしたらボクの名前が聞こえてくるし、見た目は可愛くないのに中身は素晴らしく愛らしいクマを見つけるしでいても立ってもいられなくなっちゃって!」
「ぎゃあ!仮装してないのに凪斗ちゃんが一番ホラーなんすけど!」

……目もツッコミも追いつかないんだけどもう諦めていいのかな……。
辺古山さんがハジメクンとイズルクンを抱き締めたのと、九頭龍クンがそれを微笑ましそうに見てたとこまではいいよ?
澪田さんと十神クン……うん、十神クンが仲良さそうにじゃれてたのもわかるよ?
狛枝クンの名前が出て来たあたりから少しずつおかしくなってったよね?
本人登場が一番かっとんでたよね?
ハジメクンは辺古山さんから離れないし、イズルクンは辺古山さんに抱き締められたままハジメクンを隠すようにしてるし……もうハロウィンどころじゃないんだけど……。

「ねえねえ辺古山さん!ボクもそのクマさん達を抱き締めて頬擦りしたいんだけど変わってもらえないかな!?」
「却下だ。このもふもふは……誰にも渡さない」

二人とも絶対目的が違うけど、一応辺古山さんが守ってくれてる訳だし、まあ狛枝クンになにかされる心配はないかな。
でも、安全な場所で自分達以外とのコミュニケーションに意味を見出だしてほしかったのに、これじゃ逆にトラウマ植え付けちゃってる気が……。
詰め寄ろうとする狛枝クンを左右田クンや弐代クン達が慌てて止めた。
荒い息が恐怖を増長させる。

「ハロウィンだっていうし、せっかくだからお菓子あげるね。あ、もちろんイタズラしてくれてもいいよ?可愛い可愛い二人にお菓子をあげるのも、イタズラしてもらうのも、ボクにとっては幸運に変わりないからね!ああ…どっちに転んでも幸せなんて怖いな。一体この後どんな不運が待ち受けているんだろう。まあ二人の事を思えばそんなのも全然怖くないんだけどさ。やっぱり希望って偉大だよね!」
「狛枝、イズルとハジメが怯えてっからそのへんで止めとけ」
「ああ、ごめんね二人共!怯えさせちゃってたなんて本当ボクってゴミ虫だよね。自分の無能さにイライラするよ。あ、そうだ、二人でボクを罵ってくれてもいいんだよ?むしろそれがいいな。どんな辱めを受けてもボクはそれを幸運と捉える事ができるし」
「……ペコ、そろそろ離してやれ。ハジメ、イズル、着ぐるみ脱がしてやるから二人でコテージに戻れ。もう寝る時間だろ?いいか、朝になるまでコテージに誰もいれるなよ。なにかあったらオレかペコか弐代のコテージに逃げ込むんだぞ」

九頭龍クンの必死さが見ていてすごく嬉しい。
彼が他人を思いやって、しかもそれを態度に示せたという事もそうだけど、なにより二人をちゃんと心配してくれる人がいるっていうのが嬉しくてしかたない。
九頭龍クンがいてくれて本当によかった。
しぶしぶ二人を離した辺古山さんに隠れるようにしながら、ハジメクンとイズルクンがこくこくと頷く。
背中のチャックを下ろしてもらってようやく中から出られた二人は、なるべく狛枝クンに近付かないようにしながら全員に挨拶をしてコテージに逃げていった。
……無視された事実に狛枝クンが自分の身体を抱き締めながらなにかを噛み締めるような表情を浮かべているけど。
しばらくして全員おとなしく自分のコテージに戻ったのを確認したボクはモニターから目を離した。



(イベントも大事だと思うけど)
(狛枝クンとの関係改善が最優先)


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