7月30日(月) 冥界の覇王、田中眼蛇夢

幾多の獰猛な魔獣共が息を潜め自らの牙を磨くこの鎖されし島にはあまりに不釣り合いな幼き異端の双子。
元は一つであった魂を無理矢理に二つに引き裂かれ、現し世に産声を上げたこの哀れな双子は、恐らく自らが世界にとって忌むべき存在である事を早々に肌で感じ取ったのだろう。
それでも己を憎む世界への愛情も、許されぬ生への執着も、未だ来ぬ時代への希望も捨て切れず、醜き物達で埋め尽くされたこの世界を生き延びる為の仮の名に呪詛の如き想いを込めたのだ。
ハジメは物事の始まり、延いては世界の創造すらも己の手で成し得たのだと。
イズルは事象の本流、数多重なる出来事はすべて己から湧きいずるものだと。
あまりにも恐れ多い名はしかし心からの咆哮なのだろう。
世界さえ掌握する事で以って己の存在が忌むべき異端であるという事実を覆そうとしているのだ。
そして世界から拒絶された双子はお互いに安らぎ、居場所、存在理由を渇望している。
引き裂かれた魂は欠落が多い為に、互いが互いの存在を許す事でしか己の生の実感を得る事ができないのだ。
逆に言ってしまえば、二人で一つの魂であるが故、片方が欠けた瞬間に己の存在の生死すら分からぬ闇の傀儡人形が一体できあがってしまうという訳だ。
別たれた魂の半分が失われ闇に取り込まれてしまった未来を視てみると、冥界の覇王である俺様にすら一抹の不安を覚えさせる。
よって俺様は、世界の破滅を早める危険性を幼き身の内に孕ませるこの異端の双子との盟約を交わす事により世界に安穏を齎すべく、破壊神暗黒四天王と共に行動を開始したのだ。



破壊神暗黒四天王の技に翻弄されつつ、無謀にもその姿を視界に収めようと忙しなく上下左右に首を動かす双子の姿は、どこにでもいる有り触れた人間の幼児にしか見えない。
だがしかし俺様の眼は偽りの姿になど騙されない。
いくら外側が無害な幼児であろうとも、内側より滾々と流れ出る無意識の毒がこの邪気眼にはハッキリと映し出されている。

「……貴様は、世界が憎いか?」

俺様の口から零れたそれは、あまりにも愚かな問い掛けだった。
そんな事は分かり切っているではないか。

「せかいって、かみさまのこと?」
「神という存在の定義など貴様には難しい事だったか。ならばその問いには是と答えよう。神とは世界の一部に相違ない」
「うーん、それなら……おれは、あんまりすきじゃないなぁ」

予想していたものと変わらぬ答えだった。
"世界の始まり"の手を"事象の本流"が握る。
互いの欠けた部分を補い合おうとしているのだろう。

「理由を聞いてやろう」
「だって、いずるがこうなのも、おれがこうなのも、きっとそのかみさまってやつのせいだから」
「……はじめ」

片割れの名を呼ぶ"事象の本流"に咎めるような色はない。
むしろそこに見えたのは気遣いだ。
大凡すべての感情、感覚は"世界の始まり"が担い、反対に"事象の本流"の主たる意義は特異な能力だと思っていたのだが、どうやらそういう訳でもないようだ。
俺様の眼を欺くとは、やはりなかなかの力の使い手だ。
しかもその力を操る術を知らず、自らの器さえも破壊しようとしているように思える。
制御の法を授けようにも、俺様の力とは異なる性質の力では、制御すら力に変えてしまう危険性がある。
……こういう時に感じる己の無力というものは、実に歯痒い。
俺様はこれ以上の言及は避け、双子を見据えた。

「俺様と血の盟約を交わす気はないか?」
「ちの、めいやく?」
「貴様の皮膚の下で暴れ狂う漆黒の炎蛇を抑える一助となるのだ。この破壊神暗黒四天王とも盟約を交わしている」
「!ともだちになるってことか」
「な…っ!友達、だと!?何を馬鹿な事を!いいか、俺様は盟約と言ったのだ。それは友情などという、時と共に移ろうようなまやかしでは…」
「たなかおにいさんも、はかいしんあんこくしてんのうも、ともだちだ!」
「…………ありがとう」

く…っ!不覚!
盟約を持ち掛けた俺様を逆手に取るとは……。
しかし俺様がただでやられる訳がない!
双子の意識が俺様から外れた一瞬を見極め、俺様は今まで数多の魔獣共を服従させた必殺『よーしよしよし』を使った。

「!」
「ふははははは!どうだ!俺様の秘中の秘、伝家の宝刀『よーしよしよし』の味は!!」
「たなかおにいさん…!」
「……」

"世界の始まり"と"事象の本流"が俺様を見上げ、期待を宿した瞳を覗かせる。
……どうやら懐かれたらしい。



(世界から拒絶されし哀れな双子)
(己が存在を許せる時はいつなのだろうか)

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