小さな約束


「先輩ってコンタクトしてるんですよね?」
「あ?まあな……って、お前その顔どうしたんだよ!?」

可愛がっている後輩の問い掛けに、左右田は読んでいた漫画から苗木に視線を移した。
まるでこれから死地へと赴くのだと言わんばかりの青白い顔。
左右田は慌てて罪木を呼びに行こうと椅子から腰を浮かせかけたが、当の苗木がそれを阻止した。

「あの、体調が悪いとかじゃなくて……視力、落ちちゃって」
「あー、そういや先週健康診断だったな」
「今はまだ大丈夫だけど、このまま落ちてくようなら裸眼で生活はキツいって言われて……!」

悲愴な表情を浮かべる苗木に左右田は首を傾げる。
視力が落ちたのが問題だというが、ならば眼鏡をかけるなりコンタクトを入れるなりすればいいのだ。
その疑問を口にすると、苗木は今にも死にそうな顔で項垂れた。

「コンタクトって、ほら、目に入れるじゃないですか……やっぱりちょっと怖いんですよね」
「あー……確かに初めは怖いかもな。うまくつけ外し出来ねえし、つけてる最中も、なんつーか……不安でさ。今転んだらコンタクト割れて眼球が傷ついてーとか考えて怖くて死にたくなったりしてたな」
「うう……どうすればいいんだろう……」
「コンタクト怖いっつーなら、眼鏡じゃダメなのか?」

左右田の言葉はもっともだ。
目に入れるのが怖いというなら、入れる必要のない眼鏡にすればいい。
しかしそれを聞いた苗木はどこか遠い目をして頭を振った。

「前に、ふざけて借りた眼鏡かけてたら……息の荒いクラスメート何人かに追いかけられた事があって……」
「……そっか、じゃあ眼鏡はなしだな。まァ、とりあえず視力戻すように頑張れよ。緑見るとかブルーベリー食うとかさ。コンタクト必要ってなったら使い方とか教えてやっから」
「ありがとうございます!どうしましょう、先輩の優しさに泣きそうです!」
「……苦労してんだな、お前も」

いつか自分がされたように苗木の頭を撫でる。
苗木は気持ちいいのか僅かに目を細めただけでされるがままだ。
そうとう疲れていたのかもしれない。
不憫な姿がクラスメートの一人と重なって、左右田はもう少し彼を労ってやろうとひっそり決意した。

「オレでよければいつでも話聞くからよ。まあ、アレだ……あんま溜め込みすぎんな」
「はい。何かあったら必ず先輩に言いますね。先輩も逃げたくなったらいつでもどうぞ」
「笑いながら言う事かよ!……まあ、そんときは、よろしく頼むわ」
「はい!」

お互い顔を見合わせて笑う。
差し出した小指を絡めて指切り。
不憫と逃走癖の小さな約束。



(先輩!視力戻りました!!)
(やったな!これで眼鏡もコンタクトも回避だ!!)

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