自己否定日向君がカムクラさんに甘えてくれたら私得


カムクラがいる。
自分のコテージに見えるが、カムクラがいるということは、これは夢か、或いは精神世界とでも呼ばれる世界なんだろう。
つまり俺は……逃げたのか。

「おかえりなさい、ハジメ」

ピクリとも動かない無表情で、カムクラが俺を抱き締めた。
その腕が、身体があたたかいのは、きっと俺の自己愛に違いない。
カムクラが俺に優しいんじゃなくて、とにかく優しくされたい俺が、カムクラを通して俺に優しくしているんだ。

「予備学科生のわりには良く頑張ったほうだと思います」
「……そうかな」
「ええ。圧倒的な才能の器としての意味しか持たないはずのハジメが、ツマラナイ才能を持った人間達と曲がりなりにも肩を並べ、時には彼らを導いていた。一時的なものだとしてもそれは快挙と思っていいでしょう」

普段の俺なら罵倒されていると思うんだろうが、カムクラに言われてそれに否を唱えるような真似はしない。
こいつは俺の一番傍で俺の事を見ている第三者だ。
誰に感情移入もしない、する術を奪われた、作られた希望。
けれど俺なんかと比べるまでもなく存在価値を持っている。
こいつの言葉ならどんなに否定的な言葉でも甘受するほかないのに、可哀相に俺の自己愛に影響されたこいつは批判もそこそこに俺を甘やかし始めた。

「ハジメは良くやりました。才能どころか記憶すらない無力な身でありながら、ツマラナイ才能を持ったツマラナイ人間達のツマラナイ悩みを聞き、手を差し伸べてきたでしょう」
「まあ、力になれたかは分かんないけどな」
「なりましたよ。確実に。けれど本来ならあの中で一番の弱者はハジメです。誰より他人に縋り付きたかったのはハジメだという事を僕は知っています」
「……そうだな」

今となっては記憶がないのは当たり前だが、確かに俺は修学旅行の当初は言い様のない不安に駆られていた。
自分が何者なのか分からないというのは絶大な恐怖でしかなかった。
誰かに胸の内をぶちまけてしまいたいと何度思ったか知れない。
けれど、自分の正体が分からない不安をアイツらに分かってもらえるとは思えなかった。
ああ、そういった意味では俺は確かに裏切り者だったんだろう。
左右田の言う通りだ。
仲間だなんだと口にしながら、アイツらを一番信頼してなかったのは――俺なんだ。

「ハジメ。他人に甘えられないなら僕に甘えればいいんですよ」
「お前に?……自分に甘えるなんて、考えただけで気持ち悪いな」
「自分に対してなら意地を張る必要なんてないでしょう」
「……それもそうか」

自己嫌悪に浸る俺をカムクラの声が呼び戻す。
甘えろという言葉につい反論しようとする俺をカムクラが諭した。
確かにその通りだ。
俺の自己愛がカムクラの形を成して現れた、それだけの事なんだから。

「つらい」
「はい」
「つかれた」
「はい」
「友達になりたかったんだ」
「はい」
「裏切り者でも予備学科生でも、友達になれたらなんて」
「はい」
「身の程知らずな事、考えてた」
「……身の程知らずなのは彼らのほうだと思いますけどね」

俺を抱き締めるカムクラの力が少し強くなる。
それでも苦しいなんて事はなく壊れ物でも触るように優しくて、やっぱり必要以上にあたたかい。

「……?俺の無価値を知ってるお前が言う言葉じゃないだろ」
「ハジメが無価値だなんて言った事は一度もありません。ただツマラナイ才能すらないツマラナイ人間というだけです」
「それはそれで酷いと思うんだがな」
「ハジメはツマラナイ才能すらないツマラナイ人間ですが、無価値じゃありません。僕に言わせてもらえば、無価値なのはツマラナイ才能しか持ち得ていないというのにそれを誇り、それに驕り、自らに価値があると思い込んでいるツマラナイ人間達のほうです。ハジメとは全然違います」

この排他的な言葉も俺が言わせているんだろうか。
なら自分で思っていた以上に俺は才能を持つ人間に嫉妬を抱いていたという事か。
カムクラの口を通して否定の言葉を吐き出すことで、才能の有無だけで価値は決められないと自分に言い聞かせようとしているっていうワケだ。
自分の必死さに少し笑える。

「ハジメ。受け入れてくれないツマラナイ人間なんて切り捨ててしまえばいいんです。孤独な生活なんてハジメにとってはツマラナイ以上に苦痛でしょう。僕と一緒にここで暮らせば、そんな事にはなりません。捨てられる痛みもありません。疑われる事も面罵される事もありません。自分を殺して他人を生かす必要もありません。甘えたい時に甘えていいんです」

カムクラの言葉は、ミルクココアに砂糖やらハチミツやら生クリームやら、とにかく甘いものを胸やけするくらいぶち込んだように甘い誘惑だった。
二人で、二人だけで、ずっとここで暮らす。
不安に駆られる事も、感情を抑える事もなく、馬鹿にされる事もなければ、殺人が起こる事だってまず間違いなくない。
ここは世界中のどこよりも安全な空間だから。

「今まで頑張ったんですからそろそろ休んだほうがいいです。もう、疲れたでしょう?」

確かに、疲れた。
それはここに逃げ込んだ時点で分かっていたが、どうしても認めたくなかったんだ。
もう少しくらい頑張れるかと思っていたのだが、俺が思っていた以上に俺の心身は限界だったらしい。

答えを口にする代わりに、俺を抱き締めるカムクラに身体を預けた。

「おかえりなさい、ハジメ」
「ああ、ただいま……イズル」

世界には、カムクライズルがいればいい。



(ツマラナイあなた達に最初で最後の感謝をします)
(ハジメを僕に返してくれて、ありがとうございました)

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