日向君が自己否定始めちゃったらとても私得


「養殖と天然だと、天然のほうが人気があって高価だよな」

何気ない口調で言うものだから、てっきり昨日の夕食のマグロの話でもしているんだと思ったんだ。
花村クンのよく分からないご乱心によってマグロ尽くしだった昨晩は、みんながマグロアレルギーを発症するんじゃないかというほどマグロばかりだった。
本マグロと黒マグロ、さらには養殖と天然を当てろ、という無茶な展開に誰もが辟易し、終里さんがすべてのマグロを食べ尽くしたことによって事態は収束したけれど、一体花村クン何があったのかボク達は何も知らない。
日向クンも昨日の不運に何か感じ入ることがあるのだろうか。
もしかすると養殖マグロと天然マグロの区別がついたのかもしれない。

「人工ダイヤより天然ダイヤのほうが人気があるし稀少だよな」
「ダイヤ?まあ、確かにそうだね」

マグロの話からダイヤの話?
さすがに飛躍しすぎじゃないかな?
真珠くらいなら探せば見つかるかもしれないけど、さすがにダイヤは見つからないと思う。

「着物はポリエステルより正絹のほうが良いし、蛍光灯はグロー式よりLEDのほうが良いよな」

……ここまでくるとまったく話が分からない。
そもそもボクのようなゴミ虫が理解しようなんて烏滸がましいって事は重々承知しているけれど、ここまで噛み合わないのは初めてだ。
優しい日向クンはいつもボクのような運以外に能のないクズにも分かるように話してくれていたし、時々はボクの話にも耳を傾けてくれた。
そんな彼がここまで意味の通じない話をするのだろうか?
ただボクが理解できていないだけ……?
でも、これはそんな"才能不足"で片づけていいようには思えない。
もっと何か深い、ひたすら根深い、心の……。

「つくられた希望より生まれ持った希望のほうが稀少で誰もに必要とされてるよな」
「……え?」

悶々としていたボクの耳をすり抜けていこうとした言葉をギリギリでなんとか捕まえた。
彼が誰と誰を比較しているかだなんて考えるまでもなく明らかだ。
そこで無能なボクはようやく、今までの話は導入にすぎなかったんだと理解した。
価値の比較。
稀少性、必要性。
劣っている一方がだからといって無価値なワケではないのに、言ったところで聞き入れてはもらえないということが何故か分かってしまって。

やめてよ、それ以上言わないで。
キミにそんな事言われたら、ボクはどうすればいいんだい?
キミは、ボクにとっての、

「つくられた希望なんて要らないよな」

無情にも吐き出された言葉が、ついに思考どころか聴覚さえも奪い、さらには視覚をも制限した。
静寂ではなく、無音。
自分の呼吸の音も鼓動の音も何も耳に入らない。
目は表情のない日向クンに釘づけだ。
いつもの明るさも優しさも感じさせない顔に、ただ無機的な目。

これは本当に日向クンなの?
それとも、カムクライズル?
カムクライズルを支配した日向クン?
日向クンを支配したカムクライズル?

ようやく戻り始めた思考力はすべてそこに集中する。
答えは出ないと分かっていても、余計な事を考える暇を与えちゃいけないと思った。

「つくられた希望は、」
「ねえ日向クン、明日は砂浜に行こうか。結局一度も泳げてなかったよね?もうコロシアイの必要もないんだし、少し羽を伸ばそうよ。みんなも呼んでさ。明後日は図書館かな。結構珍しい蔵書も多かったし、誰が先に読破するか勝負してみるのも面白いかもね。あ、でもそうなるとソニアさんが有利かな。外国語だとさすがに読める人は限られてくるもんね。左右田クンとか終里さんとかはあんまり読めなさそうだし。明々後日は、そうだな、遊園地とかどう?ジェットコースターとかドッキリハウスとかさ。左右田クンは嫌がるかもしれないけど、ジェットコースターって定番中の定番だし、滅多に外れないと思うんだよね。あ、でも事故も起きやすいからやっぱりメリーゴーランドとかのほうがいいかな」
「狛枝、」
「他にもいろいろやりたい事があるんだ。みんな一緒に。まあ、ボクみたいなゴミ虫がみんなと一緒になんて言うのはさすがに無礼がすぎるっていうかもう冒涜に近いって分かってるけど、やっぱり、一緒にできたら楽しいんじゃないかって思うんだ。でもほら、ボクってそういうの考えるのあんまり得意じゃないんだよね。だから日向クンも一緒に考えてくれると嬉しいな。え?二人じゃ限界がある?そうだよね、じゃあこういう企画が好きそうな澪田さんあたりの知恵も借りてさ……みんなで……」

日向クンの言葉を遮ってまで長々喋って、それが独り善がりだと分かっていても止まらない。
ダメだ、ダメなんだ。
キミがキミであることを諦めるのだけは、絶対にダメなんだ。
けれど、必死の抵抗も結局はただの時間稼ぎにすぎなかった。
次第に言葉を失うボクの、力を込めすぎて白くなった手に触れて、日向クンは、困ったように、笑った。

「もう、いいんだよ、狛枝」

あれ、おかしいな?

「つくられた希望は、要らない」

イママデは不運だったから、コレカラは幸運のはずなのに。


(どうしてかれが、ないているの)

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