超高校級のトラウマ


「うわあああああああああああ!!!!!」

いつも通り軟禁生活が始まる筈だったその日を打ち破ったのは、苗木の叫び声だった。
脳裏に浮かぶ「まさか」を追いやろうとするがなかなかうまくいかない。早く早くと焦れば焦るほどに足がもつれ前に進めない。それは全員が全員そうだった。
モノクマに動機を与えられても頑として無視し、衝動と戦いながら今日まで誰一人欠けることなくやってきた。協力する姿勢を取らない者もちらほら見られたが、それでも殺人が起きていないだけ経過は良いと言える筈だ。平穏な軟禁生活。それがこんなにも突然、仲間の死を切っ掛けに破られていいわけがない。……裏切り者が言うのも何だが。
悲鳴の元を辿って着いたのは購買部だった。意を決して把っ手に手をかける前に扉が開き、苗木が飛び出してくる。皆の姿を認めて安堵したのか、苗木は大きくて息を吐きその場でへたり込んだ。

「苗木!大丈夫!?」

すかさず朝日奈が苗木に駆け寄る。苗木は相当恐ろしい目に自分の肩を抱いてガタガタと震えていた。

「一体どうしたのだ、苗木よ」
「あ……あれ……っ」

あれ、と苗木が指差したのは購買部。開き放しの扉からモノモノマシーンの景品が覗……そして、それを確と見てしまった朝日奈は不気味そうに目を背けた。

「苗木……あれ、どうしたの……?」
「も、モノモノマシーンやったら、LUCKY連発で……なのに、中身が全部……ううっ」
「そっかそっか。あれは、うん、怖かったね……」
「一体何があったってんだ……あ゛あ!?」

部屋の中を見た大和田が声を上げる。それに釣られ皆が一様にそろそろと部屋を覗き見る。そこには……。

「苗木っち……これ全部苗木っちが……?」
「これって呪われたりしてんじゃねーのかよ」

床を埋め尽くすようなカプセルの山。もっと詳細に言うならば、こけし入りのカプセルの山。一見ではすべてにこけしが入っているように思えた。

「のっ、呪いなんてあるわけねえべ!!」
「つってもよォ……全部同じとかありえねえだろ」
「モノクマが仕組んだんじゃない?だってこれ、さすがにおかしいでしょ……」

確かに奴ならやりかねん。江ノ島の言葉に頷こうとしたところで。

「ちょっとちょっとちょっと!なんでもかんでもボクの所為にしないでよ!!」

……モノクマが現れた。かなり憤慨した様子だ。

「苗木君の運が悪かっただけでしょ?超高校級の幸福のはずなのにね。うぷぷ。一つでもトラウマなのに、これはえーっと、ひい、ふう、みい……いーっぱいじゃーん!!うぷ、うぷぷぷぷ!!」

独特な笑い声が廊下に響く。苗木は聞きたくないとばかりに耳を塞いだ。震えは未だ収まっていない。
さすがに哀れに思ったのか、はたまた自分に向けられる敵意と殺意の篭った十四対の瞳に危機感を覚えたのかは知らないが、モノクマは何処かから取り出した袋にこけし入りのカプセルを詰め「ボクが処分しといてあげる」と言って姿を消した。

「な、苗木君、もう大丈夫だよぉ」
「全部モノクマさんが持っていってくれましたから」
「そうだよ苗木。もう残ってないから安心して!」
「ううう……こけし怖い……もう嫌だ……」

相当嫌な思い出があるのか、こけしが消えても苗木は譫言のように嫌だ嫌だと呻き続けている。
困り果てた朝日奈が十神達に任せようとすると、苗木は今までの比ではないほど怖がり、慌てて我の背後に隠れた。

「む……どうしたのだ、苗木」
「こけし嫌だ……こけし嫌だ……」
「苗木、大丈夫……?」
「……もしかして苗木君にこけしを贈った方がその中にいるのではなくて?」
「はぁ!?誰がンなことするっつーんだよ!」
「愚問だな」
「ええ、愚問ね」

十神と霧切がセレスの発言を鼻で笑う。
確かに苗木にこけしを贈るという行動に意味が見出だせない。
後ろで怯える苗木の頭を撫でてやると、少し落ち着いたのか震えはなくなった。

「苗木に贈らず誰に贈るというんだ?」
「苗木君の為のものなんだから贈らない理由がないじゃない」
「……実は私も、苗木君のプレゼントにちょうどいいと思って」
「ぼ、僕も……超技林のお返しにあげちゃったんだぁ」
「俺も気味悪かったから苗木っちにプレゼントしてやったべ」
「……十神白夜殿と霧切響子殿には他意を感じますな」
「俺はついでに使い方を教えてやろうとしただけだ」
「……それは聞き捨てならないわね。私の苗木君に変な知識を植えつけないでくれない?」
「そ、そうです!やめてください!」
「ふん。お前らに言われる筋合いはないな」

……思いの外すぐに原因が分かった。
こけしの使い方云々は知らないが、複数人からこけしを大量に贈られて良い気分にはなるまい。

「動くこけしで自分を慰めている苗木君を激写したいと、こけしを贈った全員が一度は思ったはずだわ」
「盛大に巻き込まれたべ!!」
「自分でというのは確かに魅力的ですがここはやはり私が使って悦ばせてあげるべきかと!」
「あらまぁ……清純派アイドルが言ってしまっていいのでしょうか?」
「で、でもぉ……確かに魅力的、かも……」
「オイ!流されるな、不二咲!」
「だから貴様らはぬるいというんだ」
「……どういうことかしら?」
「動くこけしなど前戯にすぎん。苗木を悦ばせるのは――俺のこけしだ!!」
「それは違うわ!!」
「それは違います!!」

一体何の話で盛り上がっているのかは分からないが、収まっていたはずの苗木の震えが大きくなったので恐らく良い話題ではないのだろう。
朝日奈の顔もいやに赤くなっている。

「苗木……私の部屋おいでよ。多分、苗木の部屋よりは安全だと思うからさ……」
「……ありがとう」
「さくらちゃんも一緒に来て、苗木のボディーガードお願いしていいかな?」
「うむ。任されよう」

怯える苗木がなるべくヤツらに見つからぬように体で隠しながら寄宿エリアの朝日奈の部屋を目指す。
こけしなんてみんな燃えちゃえばいいのに、という苗木の呟きが虚しく胸に響いた。


(こけし撲滅運動を行います……ぐすっ)


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