論破しなさい!


「私は苗木君が嫌いよ」
「…………そっか」

面と向かって言われて凹んでいたら、軽く頭を叩かれた。
慌てて顔を上げると霧切さんが憤然とした面持ちでボクを見ていてついドギマギしてしまう。

「え、っと、何?」
「今のは論破するところでしょう?」
「え!?いや、さすがに霧切さんの感情まで論破できないよ」
「今まであんなにわかりやすく好意を示してきたんだから充分可能なはずよ」
「で、でも、ほら……舞園さんパターンかもしれないし」

好意があると見せかけておいて実は利用してるだけっていうか。
これで更に「実は本命は他にいるの、あなたなんて当て馬なのよプークス」とか言われたらさすがのボクの前向きさも鳴りを潜めるだろうなぁ……。

「あんなアイドルと一緒にしないで」
「ごめんなさい」

怒られたので素直に謝った。
いつもより目がギラギラしていて……本気で一緒にされたくないって思ってるようだ。
一体霧切さんと舞園さんの間で何があったんだろうか……。

「その指輪だって私があげた物でしょう。証拠として使えるわ」
「これ……要らないからくれたんじゃなかったの!?」
「何言ってるの?婚約指輪に決まってるじゃない」
「ええ!?」

反射的に左手の薬指を凝視する。
前に霧切さんが嵌めてくれた、何の変哲もない色恋沙汰リングだ。
まさか左手の薬指を選んだのがサイズの問題じゃなくて婚約指輪の意味があったからなんて思いもしなかった。

「は、え、というか、婚約指輪?」
「あら……苗木君は結婚指輪のほうがよかったのかしら」
「い、いや、そんなこと言わないけど……」

霧切さんの切り返しにボクはもうタジタジだ。
これが学級裁判ならボクは犯人の証言の矛盾に気がついていても何も言えずに全員オシオキルートを辿ってしまっているだろう。

「私は苗木君が嫌いよ」

……繰り返された。
どうやら論破しろという事らしい。

「それは……違うよ」

学級裁判とは違う意味で、こんなに乗り気じゃない議論は初めてだ。
小学生の時にクラスでやった「朝食はごはんかパンか」の方がまだ熱くなれる。

「今までの霧切さんの僕への態度……あれは、好きではないとしても、嫌いっていうレベルじゃないはずだよ」
「そうね。その通りだわ。愛してるもの」
「……それに、霧切さんがくれたこの指輪……」
「モノモノマシーンでようやく手に入れた色恋沙汰リングね。ツルカメダイヤモンドでもいいかもしれないと思ったんだけど、あれってガラス製の偽物でしょう?私の苗木君への愛を偽物の婚約指輪で誓うなんてありえないって考え直したのよ」

……なんかもう議論する必要ないんじゃないかと思う。
そもそもボクはどうしてこんな廊下の真ん中で霧切さんに論破を強要されているんだろうか。
そっと霧切さんの様子を窺うと、まっすぐボクを見ていた。
続きを促しているんだろうけど、とにかく視線が痛い。

「えーっと……とりあえず、今の霧切さんの証言も含めて、霧切さんがボクを嫌ってるのは嘘だってことが分かるよね?」
「むしろ?」
「え、むしろ……って……」

このうえ更に要求されるの……?
それでもNOと言えないボクは紛れもなく日本人なんだとしみじみ思った。

「……むしろ……あの……好き?とか、言ってみちゃったり……あは、は」
「……………苗木君」
「ひゃいっ!!」

ガシッと肩を掴まれる。
ホラーだ。はじめて霧切さんの存在をホラーだと痛感した。
これはアレだろうか。
『テメェみたいなビチグソが身の程弁えずに喋ってんじゃねえよ!!誰の許可得て人間様と同じ言語使ってんだよ言ってみろ!!何喋ってんだよビチグソがあああああ!!!』っていうセレスさんパターンだったりしちゃうんだろうか。
もしそうだったらボクは一生自分の部屋から出ないで暮らそうと思う。

ボクが人生を決める覚悟をしている間に、霧切さんの吐息が顔にかかるほど距離を詰められていた。
きっとこの生活を始めたばかりの頃のボクなら照れて顔が茹でダコのように真っ赤になっていたところだけれど、今のボクは反対に顔を青くするしかなかった。
……霧切さんの息が少しばかり荒い所為だろうか。

「さすがだわ。私の気持ち、ちゃんと分かってたのね」
「え、あ、まあ……はい」
「これでお互いがお互いに片想いなんていう不毛な関係に終止符が打たれたという事ね」

ボクが霧切さんに片想いをしていたという前提で話を進められた。
でも自分でも何がなんだか分からなくなってしまったボクにはそれを論破するだけの力はもう残っておらず……。

「じゃあ食堂に行きましょうか」
「……え?どうして?」
「どうして?不思議なことを訊くのね。婚約披露宴を開かないといけないじゃない」
「婚約披露宴!?」
「何も知らせずにいてうっかり嫁に手を出されたりしたら堪ったものじゃないでしょう?……まあ、あの噛ませメガネあたりは何かとちょっかいかけてきそうだけど」

ぼそぼそと何事かを呟く霧切さんに引き摺られ、ボクは何の覚悟も状況把握もないままに霧切さんとの披露宴に臨むことになる。
霧切さんが隣で勝ち誇ったような表情を浮かべ、十神君達が悔しそうに顔を歪めていたが、ボクはただ突っ立っている事しかできなかった。



(絶対に幸せにするわ)
(……不束者ですが、よろしく……?)

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