絶望に囚われた、


殺人の動機を与えられて気持ちの悪いまま眠りについたはずのボクは、目が覚めたら見知らぬ場所にいた。モニターだらけの部屋。
狼狽えるボクを見て彼は……ホールで会ったのとは別人の江ノ島盾は愉快そうに笑った。
軟禁生活中だったボクはその上さらに誘拐されたらしい。
そして彼は、ボクの不在を訝しむみんなの前にモノクマを出現させて言った。

『三人以上の人間が発見しない限り死体発見アナウンスは流れないし、学級裁判も始まらないよ!もう!いつになったらボクを楽しませてくれるのさ!?ぷんぷんっ、早くみんなコロシアイなさーい!!』

……これじゃまるでボクが誰かに殺されて死体を隠されてまだ見つかってないみたいじゃないか。
抗議すれば彼はまた笑った。
それはそれは綺麗に。
モニターの向こうに映るホールで会った江ノ島クンは、こっちを見て呆れたように溜め息を吐いた。
ボクの隣で笑う江ノ島クンは、顔を綻ばせながら学級裁判の解説を始めていた。


それから五日間というのはとても長かった。
来る日も来る日もモニターの向こうの彼らをただ見ているだけ。
江ノ島クンはそんなボクを楽しそうに見ている。
楽しそうに見ている。
楽しそうに見ている。
楽しそうに見ている。
楽しそうに見ている。
――だけ。


そうだ、モノクマを出現させて助けを求めればいい。
黒幕の、江ノ島盾の手によって校内の一室に閉じ込められているのだと。
幸い、操作の様子は何度か目にしている。
複雑な動かし方は分からないが、スイッチを押して出現させ、マイクで話すくらいならそう難しくはないだろう。
ここまで考えが纏まるのにだいぶ時間を食ってしまったと一人苦笑を浮かべる。
信じてもらえないかもしれないが、このまま日がな一日モニターを眺めているよりはいくらかマシだ。
江ノ島クンはなかなか寝穢いので、まだこの部屋にも、モノクマが描かれた扉の向こうの部屋にもいない。
やるなら今しかないのだと弱気になりそうになる自分を叱咤して、隣へと続く扉を押した。

膨大な量のモニターの一つに映し出された食堂には既に全員の姿が揃っていた。
珍しいと思ったが、彼らと知り合ってそう日は経ってないのだから珍しいも何もないのだと考え直した。
それにしても、と改めてマジマジ眺めてみると、最後に会ったときとは色々と違いが分かる。
どうにも、みんな少しやつれたようだ。
目の下に僅かな隈が確認できる。
モノクマがまるでボクが殺されたように言った所為で、殺人犯が身近にいるのではないかと疑心暗鬼になっているのだろうか。
でももしそうなら、こうやって律儀に食堂に集まることはないのだと思うのだけれど……。

『それで、どうかしら。誰か、何か思い出したことはある?』
『私はさっぱりです……すいません……』

霧切さんが全員の顔を見回して言った。
舞園さんが申し訳なさそうに返す。
他のみんなも同様だった。
一体何の話をしているのだろうか。

『まだ、可能性がゼロになったわけじゃないわ。……捜しましょう。苗木君を』

「――ボク、を?」

それは、つまり……ボクが生きていると信じてくれているということだろうか。
モノクマの言い方じゃあ殺されたようにしか取れなかったはずなのに。

『モノクマは私達が殺し合うのを望んでいるはずよ。それなのに、ああもあっさり引き下がったのはどうして?あのアナウンスだって、死体を探すように促しているように聞こえたけど、結局は全員で殺し合えって言ってたわ。……これっておかしいと思わない?』

それはそうだ。
ボクが生きている以上、死体が発見されることはありえない。
だから江ノ島クンは死体の捜索を促すような発言はしなかった。
けれど、まさかそれがボクの生存を信じる材料になるなんて思いもしなかっただろう。

『確かに……おかしい、ですね……』
『それに死体が発見されなければ学級裁判は開かれないんだったわよね?』
『うん、モノクマのやつはそう言ってたよ』
『つまり犯人がこの学園を卒業することもできない……なら犯人はどうにかして学級裁判を開かせようとするはずだわ』
『え?何で犯人卒業できないワケ?殺せば出られるんしょ?』
『江ノ島っち馬鹿だべ!』
『はぁ!?お前にだけは言われたくないんだけど!!俺以上の大馬鹿のくせに!!』
『んなっ!!言っていいことと悪いことがあるべ!!』
『やめぬか』

葉隠クンと江ノ島クンが喧嘩を始めた……と思ったら、大神さんに一喝されてすぐに収まった。
二人は話を脱線させた罰として食堂の床に正座を課せられたようだ。
葉隠クンは既に限界が近いのか足をモジモジさせていて、それを発見した石丸クンに忍耐力がないと叱責された。
その石丸クンも「うるさいですわ」と笑顔のセレスさんに怒られていたが。

『学級裁判で全員を欺けなければ殺しても意味がないってモノクマが言ってたでしょう。だから犯人は死体を見つけさせ、学級裁判を開き、殺人の罪を誰かに擦りつけてシロと判定されない限りは卒業できないの』
『あー……オッケー、分かっちった。苗木の死体が見つかんなきゃ何にも始まんないってワケね』
『そのとおりよ。じゃあどうして犯人は死体を発見しないのか……それはきっと、苗木君が生きているからだわ』
『い、生きてるんなら……どうして出てこないのよ……?あ、あたし?あたしがいるからなの!?……そ、そうよ、そうだわ、あ、あたしがいるからアイツは、で、出てこないのね……!?』
『……動機は分からないけど、苗木君は黒幕によって拉致された……その可能性もるんじゃないかしら?』

「す……すごい……!」

たったあれだけでここまで推理するなんて!
これならモノクマ越しでも信じてくれるかもしれない。
期待に目を輝かせて、ボクは食堂にモノクマを出現させ――、

「うぷぷ。なになに?みんなして楽しそうだね!もしかして次に誰を殺すのか決まったの?ボクにも教えてほしいな!!」

『うぷぷ。なになに?みんなして楽しそうだね!もしかして次に誰を殺すのか決まったの?ボクにも教えてほしいな!!』
『モノクマ……!!』

江ノ島クンによって、そのチャンスを奪われた。

『あなたには関係のないことよ』
『そ、そうだ!テメェには関係ねえんだよアホォ!!』
『興が削がれたな。俺は部屋に戻る』
『あ……っ!びゃ、白夜様っ、ま、ま、ま、待ってくださいぃ……!!』
『……私も一旦部屋に戻らせてもらいますね』
『じゃあ私達も……行こ、さくらちゃん』

十神クンを皮切りにみんな次々食堂を後にしていく。
取り残されたモノクマも消え、江ノ島クンがボクの手首を痛いほど掴んだ。

「残念だったね、苗木。推理なんて聞いてないでさっさとモノクマ出してれば俺に邪魔されて絶望することもなかったのに」
「え、江ノ島クン……離して……っ」
「だーめ。勝手なことしようとしたオシオキ……しないとだよね?」

オシオキ……その言葉にサッと血の気が引く。
大和田クンのときとは違ってさすがにモノクマを爆発させたりはしないだろうが、江ノ島クン自身が刃物や銃を持っていないとは限らない。
構えていると江ノ島クンは「うぷぷ」と笑ってボクを隣の部屋に引っ張り込んだ。
突然のことでバランスを崩し床に転げたボクの上に江ノ島クンが被さってくる。
この体勢ではロクに抵抗できない。
刃物や銃なんかなくても、骨を折るなり首を絞めるなりいくらでも殺し方はあるだろう。
もう……終わりだ。

「あはは、苗木ってばなんか勘違いしてない?」
「……勘違い……?」
「そ。勘違い。俺は苗木を殺す気なんかこれっぽっちもないんだからさ。そんなに怯えられてすっごい心外なんですけど!」

首を動かしてちらりと窺い見ると、拗ねた表情の江ノ島クンがそこにいた。
もしかして……本当にボクを殺すつもりなんてない……?
そう安心しかけたボクは馬鹿だ。葉隠クンよりも大馬鹿だ。
だって……みんなをこんなところに閉じ込めて殺し合いを強制させたうえ、自分を拉致した人間の言うことを信じるなんて、どう考えたっておかしいのに。

「だって苗木は俺の特別だから、ちょっとでも多く絶望してほしいし」

耳元で優しく囁かれたその言葉で、背筋に震えが走った。

「毎日毎日モニター越しにあいつら見ててどうだった?どうしてあそこに自分がいないんだろうって思った?自分がいない所為でいもしない殺人犯に怯えるあいつらの為に心を痛めちゃったりした?でも大丈夫。安心してよ。もうすぐ絶望が始まる。苗木はここでその絶望を見てるだけでいいんだから」

それでどうして安心できるのかが分からなかった。
絶望が始まるということはつまり……誰かが殺される、という事だ。
みんなが外に出たいだけで仲間を殺すだなんて思わないけれど、ただここで見ているなんてそんな事……。

「できない……できるはずないよ……!」
「うん、知ってる。苗木は優しいもんなー。だんだん仲間が減ってったら……その綺麗な目に、俺が宿るのかな」
「ッ!?」

江ノ島クンの指がボクの目尻に触れた。
その冷たさと、少しずつ眼球に近寄って来る恐怖に涙が零れそうになる。
這いつくばってでも逃げ出そうとしたのだけれど、いともあっさり捕まってしまった。
それどころか、逃げられないようにと考えたのか仰向けにされる。
それでも少しは暴れようとしたのだが、どこかから取り出した紐で両手を頭の上で一纏めに縛られた。
完全に手詰まりだ。
殺さないとは言ったがそれも怪しい。
一体どうなるんだろうかと江ノ島クンを見つめていると、彼はおもむろにボクのパーカーのファスナーを下ろし始めた。

「え、江ノ島クン……?えっと、なに、して……」
「なにって、オシオキに決まってるっしょ」

前を肌蹴られて寒気が走る。
それと同時に気持ち悪さで頭がおかしくなりそうだった。
首筋、鎖骨、胸……江ノ島クンの舌がボクの肌を容赦なく嬲っていく。

「い、や……っ、江ノ島クン、やめてよ……!」
「ははっ、イイ顔。ねえ、もっと俺にその顔見せてよ」

執拗に胸を弄られ、羞恥で視界が霞む。
女の子でもないのにどうしてボクはこんな目に遭っているんだろう?
これが、江ノ島クンの言うオシオキ……?
――悪趣味にも、程がある。

「っふ、ぅん……ッ」
「あ、イイ感じじゃね?ちょっと勃ってきてるし。ここも――こっちもさ」

そう言って江ノ島クンはズボンの上からボクの股間を撫でるようにそっと触れた。
他人に触られた経験なんてなかったものだからそれだけでボクは固まってしまう。
その間にも彼はボクのズボンからベルトを引き抜いて下着ごとずり下ろした。
突然下肢を隠すものがなくなり慌てたが、そうすればそうするほど江ノ島クンの笑みは深くなる。
ボクの反応を楽しんでいるとしか思えない。

「うわー、苗木の苗木ってちっちゃーい。ホーント、苗木のって何からナニまで可愛いね」
「ちょ、ちょっと……!ほんとにやめて……」
「やめろって言われてやめてたら、オシオキの意味ないと思わない?」

にっこりと音が聞こえそうな笑顔を見せて、江ノ島クンはボクの、その……アレを、咥えた。
輪郭をなぞるように舐められ、先端を抉るように捩じ込まれる。
汚い。恥ずかしい。やめて。
そんな抗議の声は快楽に紛れてしまった。
そうなればもう彼の舌遣いに翻弄されるままだ。

「ひ、ン……っく……んっぁ、あぁ……!」
「ふぁふぇひぃ、ひふぉふぃふぃーい?」
「やッ、しゃべんない、で……離しっあ、い、やあっ、あ、ああ――ッ!!」

咥えられたまま喋られてもう限界だった。
おまけに軽く歯を立てられて。
我慢できずにボクは射精してしまった。
江ノ島クンの口の中に。
途端に冷静さが戻り、サーッと血の気が引いていく。

「ご、ごめ……っ」
「っん……ふぅ、ゴチソーサマ」
「うぇ、え?え!?ちょ、の、の、飲ん、だ!?」
「うん。絶望的に不味かったよ」

明るく言うところじゃない。
殺されなかっただけありがたいと思うべきなんだろうけど、そんな余裕はすっかりなくなっている。だって、飲むなんて。あんな汚いものを。自分から。……ありえない。

「ねえねえ、絶望した?男に咥えられて弄ばれてイかされてさ」
「うぅ……」
「でも、まだまだ終わんないんだよねぇ。苗木にも教えてあげるよ――とっておきの絶望をさ」

うぷぷ、うぷぷと江ノ島クンが楽しそうに口ずさむ。それが余計に恐怖を煽った。
自分を組み敷く男の目に獣のような獰猛な欲が見えて、いっそ死んだほうがマシに思える。

絶望は、始まったばかりだった。


(泣いて縋ったら俺の勝ち)
(絶望したら苗木の負けね)

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