まるで試合中であるかのような真剣な面持ちで、触ってもいいですかなどと言うものだから神童は思わずくすりと笑ってしまった。いいぞ、と答えると天馬の手がそよ風のように優しく神童の頬に触れた。ああやはり最近のオレはおかしい、と神童は微笑んだまま考える。天馬のことが可愛くて仕方がない。天馬のためにならなんだってしてやりたい。
 最初は、これはあまりに子供のようである後輩に対する父性からくる感情だと思っていたのだが、今のように天馬と話し触れ合う度にメトロノームの錘を下方へ下げたかのように早くなる鼓動がそうではないことを物語っている。
 今度は神童の左腕に天馬の手が伸びる。肩のあたりに指が軽く触れて、腕をつたって肘の方へ。いつもキャプテンマークを付けているあたりで手が一旦止まったと思うと、また肘へ向かって指を走らせる。肘に達すると次は手のひらに向かって。手のひらまで到達すると天馬は自分の手のひらを重ね合わせた。自分が思っていたよりも小さく可愛らしい手がいとおしいと思うと、思わずその手を握りしめてしまう。天馬は驚いたような表情を見せたが、すぐに優しく握り返してくれた。それは神童の方から天馬に触るという行為が許されたのと同じだと神童は解釈した。一度許されると人間はもっと、もっとと欲張りたくなってしまうものだ。神童も例外ではなく、もっと天馬に触れたいと思った。右手を恐る恐る天馬の肩へと伸ばそうとする。
 しかし悲しいかな人間というのは欲張りな一方で理性ある生き物でもあった。すなわち神童の脳裏に相手が男とはいえいくらなんでも後輩にここまでベタベタと触るのはセクハラにあたるのではないかという考えが浮かんだのである。途端に倫理的罪悪感が体中を駆け巡り、伸ばしかけた右手は引っ込められた。そのとき、神童の左手の甲に何か程よく柔らかなものが押しつけられた。天馬の頬であった。天馬は心地良さそうな表情で神童の手に頬擦りしていた。天馬の唐突な行動に神童が驚いていると、天馬はハッと我に返ったようで、すみませんと勢いよく何度も何度も頭を下げた。それから天馬は
「オレ、最近変なんです。」
と言った。どう変なんだと問うと、
「キャプテンといると頭がぼーっとして、もっと一緒にいたいとか、触ったりもしてみたいとか、思っちゃって。」
などと言う。
「キャプテンは先輩なんだからそういうことは思っちゃだめだーってわかってるんですけど、」
と早口気味に喋ると、考え込むように黙ってからまた口を開き、
「なんて言うのかな、扇風機の裏側の風というか、掃除機に吸い込まれる空気というか」
と慎重に言葉を選んでいるかのようにゆっくり話す。伝わりやすいようにと考慮しながら言葉を紡いでくれているのはわかったが、生憎扇風機だの掃除機だの言われても神童にとっては自分の生活とあまり関わりのないものだったため全くぴんと来なかった。不思議そうにしている神童を見て、天馬はえーと、とかうーん、とかいいながら頭を抱え、しばらくしてから
「とにかく、キャプテンに自然と吸い寄せられちゃうんです!」
と結論づけた。
 神童の心にはなぜだかいとおしさが込み上げてきた。気が付くと神童は天馬を抱き締めていた。顔が熱い。上手く呼吸できず苦しい。だが神童の胸には暖かな気持ちが広がっていた。わずかに天馬の肌と触れ合った部分が焼けるように熱い。キャプテン、とびっくりしたように言う天馬に神童は
「天馬、オレもなんだ」
と言った。台風あるいは渦潮に巻き込まれたら、きっとこんな感覚なのだろう。ただの後輩である天馬にこんなことをするのはおかしい。わかっているのだが何か大きな力に引っ張られ引き寄せられて思うように動けない。
「抵抗、できないんだよな。どうしようもない。」
そう呟くと天馬は、はい、と答えた。抱き締める腕に力を込めると天馬も強く抱き締め返してくれる。二人は、本当に抵抗できないのかと問いたくなるほどの力で、互いに抱き合っていた。






そのとき僕らは無力だろう








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