EPISODE.01




「・・・本当に大丈夫ですか?名前さん」
『これくらい平気平気!それよりも他に買いたいもの、ある?』
「これだけあれば十分すぎるぐらいです!」


今日は早く任務が終わったので、千寿郎君と一緒に夕餉の食材を買いに町に出ていた。せっかく二人なんだから今日のうちに重いのをたくさん買い溜めしておこう、という私の案に千寿郎君は遠慮して首を振っていたけれど・・・こういう時くらい甘えてほしい私は半ば強制的にお米とかお醤油とか味噌などを買い込んだ。

千寿郎君にはなるべく軽そうな味噌を持ってもらう事にして、私は背中の籠にお醤油やら食材をたんまりと入れ、さらに両手で抱えるように米俵を抱える。女性が米俵を持つのがそんなに珍しいのかすれ違う人々は皆驚くように振り返っていたけれど、特に気にも留めない私は最後に甘味処で大好物のお団子を持ち帰り、足取り軽やかに千寿郎君と共に煉獄家への帰路につく。

千寿郎君と会えなかった分の時間を埋めるように、楽しい会話をしながら歩いていると・・・不意にポツリと頬に一滴の雫が落ちてきた。そのまま顔を上げてみればさっきまで晴れやかだった青空は一変、灰色の厚い雲に覆われていて「あ、まずい」と思った次の瞬間――滝のような強い雨が降りかかる。


「さ、さっきまであんなに晴れてたのに・・・わぁっ!?」


当然、私も千寿郎君も傘なんて持ってきていない。驚きながらも私は抱えていた米俵を片手で持ち直すと空いた手で千寿郎君の小さな手を取り、そのまま駆け出した。
何処か雨宿りできる場所を探そうにも町からは随分と離れてしまったし、私たちがいる場所は田んぼ畑に囲まれた一本道・・・仕方なく道の途中にあった大きな木の下へと避難する。完全ではないけれど、通り雨のようだし変に移動するよりはここで雨が止むのを待った方がよさそうだ。


『濡れちゃったね』


風邪を引いてしまっては大変だ。一旦持っていた荷物を地面に置いて、懐から手ぬぐいを出す。かろうじて手ぬぐいはまだ濡れていなくて、広げながらその場で膝をつくと千寿郎君の濡れている箇所をぽんぽんと軽く叩いて拭いていく。


「!僕は大丈夫です!名前さんが使ってください」
『うん!千寿郎君のを拭いたらね』


よし、ある程度の水気は取れた。けれど濡れてしまった着物はそう早く乾くわけもなく・・・幸いそこまで寒くない気候だったのでまだよかったけれど。
千寿郎君のを拭き終える水分を含んだ手ぬぐいを一度絞り、自身も軽く拭いていく。・・・あまり意味を成していなかったけれど、隣で千寿郎君が心配そうにこちらを見上げてくるので仕方がない。

毛先から垂れる雫を手ぬぐいで挟んで拭っていると・・・不意に、私と千寿郎君に大きな影が出来た。


「やっぱりつけてきて正解だったぜ・・・!」
「こりゃかなりの上玉だなァ!高く売れるぞ絶対!!」

「っ!?」


顔を上げればそこには下品に笑う複数名の輩がいた。・・・人買いだろうか。町を出た辺りから後ろをつけられていたのは分かっていたけれど、一定の距離を保っていたので特に気にしていなかった。きっと私達が町から離れ、人気のないところに行くまで待っていたのだろう。
廃刀令が出されたというのに、彼らの腰には刀もありなんとも物騒だ。・・・とはいえ、私も普段は鬼殺隊として刀を振るっている身なのでそこは何も言えないけれど。

怯える千寿郎君を自身の背後に回しながら立ち上がり、目の前にいる自分よりも幾分と大きな男たちを睨み上げる。


『子供が怖がっています。早く立ち去ってください』
「ンなガキに用は無ェ。あるのは嬢ちゃんの方だぜ。にしても俺達も運がいい・・・こりゃ遊郭で高く買い取ってもらえるな。嬢ちゃんならあっという間に花魁まで昇り詰められるぜ」
『・・・立ち去る気はありませんか?』
「はっ!なんで俺たちが退かなきゃならねェんだよ!」
「こんな上玉、滅多にお目にかかれねェぞ。売り飛ばす前に一回俺達も遊んでもらおうぜ」
「へへへ!そいつァいい!!」


大人しくしてな、そう言って鞘から刀を抜いた男たちがジリジリと近づいてくる。丸腰の女子供相手に刀を抜く狡さ、そして何よりも幼い千寿郎君を怖がらせる彼らに怒りが込み上げてきた。

今日は休暇だったから愛刀の日輪刀は持っていなかったけれど鬼よりも弱い彼らに負ける気はしない。何せ私は――鬼殺隊の星柱、苗字名前なのだから。


「ほら、ガキは邪魔ださっさとどっかに――!ッぐぁああ!!?」


千寿郎君に手を伸ばしてきた男の腕を掴み上げる。軽く握っただけで男は悲鳴を上げ、今にも気を失いそうだ。


「!な、何しやがるこの女ァ!!」
「お、おい!顔だけは傷つけんじゃねェぞ!!」


それを合図に周りの男たちが一斉に襲い掛かってくる。
掴んでいた男の手を離した私は千寿郎君を安心させるよう笑みを浮かべながら「隠れててね」とだけ言うと、正面から刀を振り下ろしてきた男の刀を白刃取りで受け止め、そのまま刀ごと男を振り払う。一瞬、男たちが怯んだ隙を見て瞳を鋭くさせた私は自ら男たちの間合いまで詰めるとそのまま首後ろを狙って次々と手刀をし、それまで威勢の良かった男たちは全員、気を失って地面に倒れていた。

――ザァザァと雨に打たれながら、私は自身を見て思わずため息を漏らした。ずぶ濡れなのはまぁ致し方ないとして、動いた際に泥が跳ねてしまい所々にシミが出来ていたからだ。この着物・・・杏寿郎さんが、私の誕生日にと見繕ってくれた大切な着物なのに。・・・帰ったらすぐに洗わないと。

そんな事を思いながらふぅと息を吐いた私は木の後ろに隠れていた千寿郎君を振り返り、笑みをこぼす。


『大丈夫だった?千寿郎君』
「っは、はい・・・!名前さんは・・・!?」
『わ、千寿郎君まで濡れちゃうよ』


ぎゅむっ、と足元に抱き着いてくる千寿郎君。抱きしめ返したいところだけれど私がいた場所は雨避けがされていないため千寿郎君を連れながら急いで木の下に戻り、千寿郎君まで濡れてしまわないよう、肩を押して自身から離す。見上げてきた千寿郎君の瞳はよほど怖かったのかうっすらと涙が浮かんでいて、もう大丈夫だよ、と言えば千寿郎君は否定するように首を左右に振る。


「すみません。本当は僕がお守りしなくちゃいけないのに・・・」
『千寿郎君・・・』
「自分の弱さが、不甲斐ないです」


齢10にもなっていないのに、なんて立派な子なのだろう。そして心優しい子なのだろう。

まだ幼いと思っていたけれど千寿郎君なりに思う所は色々とあるようで、そんな彼の成長に母性に似た感情が芽生えてしまう。全身びしょ濡れになってしまった私はなるべく千寿郎君を濡らさないよう、気遣いながら両手を伸ばすとその小さな体を抱きしめた。


「!」
『ありがとう。その気持ちだけでも十分だよ』


・・・煉獄家からは先祖代々、立派な剣士が生まれてくる。現に槇寿郎さんや杏寿郎さんも立派な剣士となり二人とも鬼殺隊の柱にまで昇りつめたお方達だ・・・千寿郎君の焦る気持ちも分かる。でも人には人の歩む速度というものがあるのだから、何もそこまで思い詰める事はない。一緒に頑張ろうね、と言いながら頭を撫でれば千寿郎君は強く頷いてくれた。


――空を見上げてみればいつの間にか雨も止んでいて、すぐに帰ろうと籠を背負おうとすると・・・私よりも先に、千寿郎君が籠を背負っていて。


『千寿郎君?』
「っ、これくらい僕でも持てます!」


言いながらも少しよろける姿に思わず笑みがこぼれてしまった。無理しているのは見てとれたけれど・・・でも、今回は千寿郎君の好意に甘える事にしよう。米俵と味噌を片手で抱えると、フラつく千寿郎君の小さな手を握った。


『帰ろっか』
「!はい!!」


ちなみに気を失っている人買い達は私が鎹鴉に頼んで警察官を手配していた為、すぐに捕まえる事が出来たそうだ。



――さっきまでの雨が嘘のように太陽の光が差し込み、私と杏寿郎君は笑い合いながらその場を後にした。







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