EPISODE.06




「へえ・・・ではあの少年は、鬼殺隊に入隊するのですか?」
『うんそうみたい。でも先ずは身体を治す事だけに専念しなさいってお館様にも言われてるから・・・あの状態だと、完治するまで早くてもあと2年はかかると思う』


あれから1か月という月日が経った。容態が安定してきた無一郎君はまだ一人で歩くこととかは出来ないけど、日に日によくなってきているのは確かで最近はご飯を一人で食べれるようになってきた。
朝昼は無一郎君の看病をして、夜になると鬼狩りに向かう。それが日課になりつつある私にお館様がたまには羽を伸ばしてきなさいと休暇をくださったのだ。

久しぶりに煉獄家に帰れると浮足立って速攻帰ったものの、千寿郎君は用事があって出かけてしまっていて、師範も任務のため不在だったので槇寿郎さんと昼食を食べた後、たまたまお休みが被っていたしのぶちゃんと、継子のカナヲちゃんと町に遊びに出ていた。

大好きな人たちと美味しい食べ物を食べ、可愛い小間物を見たりと今日を思う存分に楽しむことに決めていた私は二人の腕を引っ張りながら、気になったお店に次から次へと入っていく。


『あ、これ!可愛い!カナヲちゃんにどうかな?』
「本当ですね。よく似合ってますよ」
「・・・・・・」


小間物屋にあった華柄の簪を当ててみれば、可憐なカナヲちゃんにピッタリで。今カナヲちゃんがつけているカナエちゃんの形見である蝶の髪飾りも可愛いけれど、こういう簪をつけている所もいつか見てみたいものだ。


『カナヲちゃんそろそろお誕生日だったよね?丁度良かった!私、これ買ってくるね!』
「あら、よかったですねカナヲ」
「・・・・・・」


カナヲちゃんは辛い過去の出来事から、物事を自分で考えて行動する事が出来ない。そのため暫定処置としてカナエちゃんに貰った表裏と書かれた銅貨を投げて決めるのだけれど、私はそうさせる前に勝手に自分で決めてカナヲちゃんへのプレゼントに簪を買ってしまった。
いつかカナヲちゃんが心の思うがまま、心の声が出せますように。そんな願いを込めて私は店の前で待っていたカナヲちゃんに丁寧に包まれた簪の入った袋を渡した。


『少し早いけど、お誕生日おめでとう!』
「・・・・・・ありがとう、ございます」


有難迷惑かな、と一瞬思ってしまったけれどカナヲちゃんが大事そうにそれを胸の前で抱きしめる姿を見て安堵の笑みがこぼれた。


「あ、の・・・・・・」
『うん?』


何やらソワソワしはじめたカナヲちゃん。私に何か言いたそうで、それにいち早く気づいたしのぶちゃんが代弁するように私に問いかけてくる。


「私とカナヲで今日楽しませてもらったお礼をさせてください。名前は、何か欲しいものはありますか?」
「!」


さすがはしのぶちゃん。カナヲちゃんが言いたかった事は的中したそうで、カナヲちゃんは小さく何度も頷いていた。
寧ろ私の方が付き合ってもらったようなものなのに・・・そう言ってくれる二人の気持ちが素直に嬉しくて、きっと断る方が失礼だと判断した私は顎に手を添えながら考えてみた。・・・けれど特にこれといって欲しいものがなくて・・・カナヲちゃんに向けられた待望の眼差しに「ないよ」とも言えず、うーんうーんと空を仰ぐ。


『欲しいもの・・・欲しいもの・・・』
「無いですか?」
『うん・・・ごめんね』


私が渋々頷けばしのぶちゃんはクスリと笑って、「では紅はいかがでしょう」と紅屋に連れてきてくれた。紅なんて女性らしいものを買ったことはない私は当然こういう店に入った事もなく、少し緊張しながらカナヲちゃんと手を繋いでしのぶちゃんの後ろをついていく。

しのぶちゃんは棚に並べられた色鮮やかな紅を一つ一つ見ながら品定めをしてくれていて、紅の入った貝を手に取っては私の唇に照らし合わせながら、それを何度か繰り返していると一人納得したように小さく頷いて、一つの紅を見せてくる。
まるで桜を連想させるような、淡い桃色の紅だ。てっきり紅は赤いものばかりだと思い込んでいた私はその可愛らしい色の紅に釘付けだった。


「これが一番似合いそうですね」
『ほ、本当?』
「はい」


それから紅を買うまでのしのぶちゃんの行動はすごく早かった。店主さんにお礼を言って店を出ると早速店の前でしのぶちゃんは袋から買ったばかりの紅を取り出し、貝の蓋を開けて小指でそれを軽く掬い、手慣れたように私の唇にちょんちょんとつけ始める。
されるがまま、暫くするとしのぶちゃんは満足したように笑みをこぼし、店の前にあった鏡に私が映るよう誘導をしてくれた。

――鏡に映った自分を見た瞬間、紅一つでこんなにも印象が変わるのかと思わず感嘆の声が漏れた。


「ふふ、よく似合ってますよ」
『わあ・・・あ、ありがとうしのぶちゃん、カナヲちゃん!なんだか少し女性らしくなった気がする・・・!』
「まあ。どこかの貴族の方に娶られてもおかしくない容姿なんですから、もっと自分に自信を持った方が良いのでは?」
『え、えええー!?』


お世辞とは分かっていても、しのぶちゃんにそう言われると嬉しくて仕方がない。照れながらもお礼を言えばしのぶちゃんもカナヲちゃんも優しい笑みを浮かべてくれて、改めてこの二人と出会えて良かったと思った。


『あーあ、せっかく可愛くしてもらえたんだから師範に見てもらいたいなぁ』
「ふふ、そのうち会えますよ」
『・・・うん、そうだね!二人とも本当にありが――』
「なんだァ?その地味な色は」
『んぐっ』


突然、顎を掴まれたと思えば強制的に斜め上を向けさせられる。ズイッと至近距離に顔を近づけて私の口元を見下ろすのは・・・音柱の宇髄さんだった。任務帰りなのか、任務の最中なのかわからない突然の宇髄さんの登場に私だけじゃなくしのぶちゃんやカナヲちゃんも驚いた様子でこちらを見つめている。
身長差がありすぎるせいか、宇髄さんが屈んでいるにも関わらず無理やり上を向けさせられてる私は爪先立ち。それでも身長差はなかなか縮まらなくて、宇髄さんに文句も込めて自身の顎を掴む手をバシバシと叩くがびくともしない。

いきなりなにするんですか、とムッとした唇のまま宇髄さんに言うと宇髄さんはにやりと口角を持ち上げて言った。


「俺がもっと派手な色を選んでやるよ」
『け、結構です!しのぶちゃんが選んでくれたのを使うのでっ』


そう断ったはずなのに、宇髄さんは全く話を聞いておらずさっきの店に入ると本当に一瞬で紅を買って戻ってきた。
・・・宇髄さんは少し苦手だ。同じ柱としてすごく尊敬してるし頼りにもなるけど、「相変わらず地味にちっせーなぁ!」などとたまに意地悪を言ってくるから柱合会議の時はなるべく師範の側から離れないようにしてる。けどその師範は今はいなくて、自分の身自分で守らなければいけない。

私は煉獄杏寿郎の弟子・・・師範の為にも、馬鹿にされないように頑張らないと。

そんな決意を一人でしていると、ほら、と先ほど店で買ったのであろう紅貝を投げ渡される。・・・あの宇髄さんが私に贈り物なんて、一体どう言う風の吹き回しなのだろう。受け取ったそれを開けてみれば、そこには真紅の紅が入っていた。・・・宇髄さんらしい派手な色だ。私に似合うか不安になるほど。きっと宇髄さんの奥様達なら似合うのだろうけれど。


「その地味なのは普段用に使えばいい。そうだなァ・・・煉獄に夜這いする時にでも使っておけ」
『?なんですか、よばいって』
「はあ!!??」
『っ』


耳がキーンてなって、思わず顔を顰めてしまった。
そんなに叫ばなくてもいいじゃないですか、と抗議の声をあげる私を宇髄さんは憐れむような瞳で見下ろしてくるので、なんだか分からないけれどムッとなってしまう。


「よくそんなんで煉獄と恋仲になったもんだな!?まさかとは思うがお前らまさかまだやってねーとかほざくんじゃないだろうな?」
『?や、やるって何をですか』
「ナニってそりゃァ・・・目合ひまぐわいだよ目合ひまぐわい
『っ!?』


カナヲちゃんがいるのに、というか街の往来でなんてことを言い出すのだこの人は。思わずカナヲちゃんに視線を向けてみると、カナヲちゃんの耳はしのぶちゃんの両手によって塞がれていてきっと聞こえていない。さ、さすがはしのぶちゃん・・・なんて感心している場合ではない。

そ、れ、よ、り、も・・・!!


『な、なに、なにを、・・・ッ・・・』


顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせる私の反応を見て何かを察した宇髄さんが「マジかよ」と重く溜息を吐き出す。


「色恋沙汰に疎いとは思っていたがまさかここまでとは・・・さすがに煉獄に同情するぜ・・・」
『な、なぜそこで師範なのですか!』
「お前、いくら顔が派手でも女の魅力ゼロだな!」
『うっ』


悪気なく言ったのだろうけれど、宇髄さんのその言葉は私の胸に突き刺さった。女の魅力ゼロ・・・確かにそうかもしれない。

元々体が弱かった母は私を産んだ時に亡くなり、その母に代わって男手一つ育ててくれたのが父だった。父は立派な剣士で、物心ついた頃から私に剣術を教えてくれて、そんな環境で育ったからか女性らしい事をあまりしてきたことがない。もちろんそれを不幸だなんて思ったことは一度もない。父のおかげでこうして鬼殺隊として、柱にまで昇り詰めることが出来たし師範や、しのぶちゃんたちとも出会うことが出来たのだから。

でも・・・女性らしい立ち振る舞いを知らない私が、宇髄さんの言う通り師範になにかしらの迷惑をかけているとするならば、自身を改めなければいけない。師範は優しいから・・・不満を抱えてても絶対に私に言わないはずだから。せっかく師範の恋人になれたのに、師範を不満にさせちゃ本末転倒じゃないか。

さっきまで舞い上がってた気持ちが一気にどん底まで突き落とされる感覚に、このままではしのぶちゃんたちに迷惑を掛けてしまうと判断した私は後ろにいるしのぶちゃん達を振り返った。


『しのぶちゃん、カナヲちゃんごめん。私、帰るね』
「え、」
『宇髄さん、せっかくですがこれ、お返しします。奥様方にあげてください』
「あ?お前何怒って、」
『っ怒ってません!女の魅力ゼロな私には似合わないでしょうから!っさよーなら!』


ああ、きっとこう言う可愛げのないところも女らしくないのだろう。そう後悔しても体は意志と反し、貰った紅を突き返した私は吐き捨てるようにそう言って踵を返すとその場を後にした。後ろから宇髄さんが何か言ってる気がしたけど、止まる気はない。


「なんだあいつ・・・どう見ても怒ってるじゃねぇか」
「宇髄さん、自分が名前を怒らせた自覚ありますか?」
「俺は本当のことを言ったまでだ」
「ふふ、宇髄さんも素直じゃないですね。いくら名前が可愛いからって・・・でも、あまり意地悪しすぎちゃうとそのうち嫌われてしまいますよ?」
「・・・ったく、しょうがねェなァ」


二人がそんな会話をしてるとも知らず、私は道の途中にあった団子屋から団子を調達して本部に帰ってきた。
悔しいとか悲しいとかよくわからない感情が混ざり合って、それが何に対しての感情なのか自分自身分からない。けど・・・この感情を、無関係である無一郎君に向けてはいけない。
部屋に入る前に深く深呼吸をした私は気持ちを切り替え、ゆっくりと襖を開けた。


『ただいま無一郎君!お休みもらっちゃってごめんね、これお土産のお団子!よかったら食べて』


襖を開けた勢いのまま、無一郎君にそう言うと布団の上で書物を読んでいた無一郎君は不思議そうに首を傾げて私を見上げた。


「おかえり名前。・・・何かあったの?」
『っ・・・な、なんでも、ないよ!』
「ふぅん」


無一郎君はなかなか勘が鋭い。相変わらず無表情だけれど、こうやってすぐに私の異変に気づく。いけないいけない。病人である上に、無一郎君は私よりも年下だ。心配をかけないようにしないと。

パタンと本を閉じた無一郎君の横に座った私は持ってきたお団子をお皿に移して無一郎君に差し出す。


『一人で食べれそう?』
「うん。今日は調子がいいんだ。・・・いただきます」


無一郎君が負った怪我の中でも特に酷いのが神経だった。傷口自体は驚異的な早さで治りつつあるものの、傷を負った神経を治すというのはそう容易なことではなく、今でも手足は麻痺したように小刻みに震えている。日によっては起き上がることも辛いようで、完治した後暫くは機能回復訓練が必要だろう。

・・・お館様は、無一郎君がすごい剣士の才能を兼ね備えていると仰っていた。何がきっかけかは分からないけれど本人も一刻も早く怪我を治そうと頑張っているし、治った後には鬼殺隊の隊士になるという明確な目標も持っているようだ。

希望を持った人の力というのは計り知れない。現に、無一郎君の怪我は今だからこそ言えるけれど出会った時は治るのが奇跡だと思っていた。例え奇跡的に完治したとしても寝たきりの状態だと、しのぶちゃんでさえもそう診断していたのに・・・それを全て覆すほどの回復力を見せているのだから本当に驚いた。これは私の治癒能力というよりも無一郎君自身の回復力が人並外れているからだろう。


『美味しい?』
「うん・・・まあ、普通」


――本人が言った通り団子を食べる分には支障はないようで、頑張って自身で食べようとしていた。機能訓練も兼ねているのだろう。
言いながら、もぐもぐと団子を頬張る無一郎君の姿にさっきまでモヤモヤしていた気持ちが癒されていく気がした。




『何の本読んでたの?』
「これ?これは・・・ただの暇つぶし。どうせ読んでも忘れる」
『あははっ』
「・・・やっと笑ったね」
『ん?』
「別に」






end≫≫
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