EPISODE.04




「緊急ー!緊急ー!!名前、スグニ本部ニキタレ!!」
『!』


師範と早朝の打ち込みを終え、朝餉を食べようとした時だった。私の使いである鎹鴉が慌ただしく煉獄家上空を飛び、緊急指令が入る。
柱合会議以外で本部に緊急召集が掛かるのは珍しい。師範は呼ばれていない・・・という事は、柱の招集という訳でもなさそうだ。


『もしかして・・・』
「どうした?」
『い、いえ!なんでもありません。すぐに用意してきます!』


・・・一つだけ、思い当たる件はある。前回、義勇さんとの合同任務の帰りにたまたま出くわした少年と、鬼になってしまった妹の件だ。あの時、私と義勇さんは独断で鬼になった妹の首を斬らないどころかそのまま見逃してしまった。その理由は・・・また別の機会に話すとしよう。

とはいえ理由がどうあれ、鬼殺隊が鬼を見逃すなんて間違いなく隊律違反。何かあった場合、俺が責任を取ると義勇さんは言っていたけれど、義勇さんにだけ責任を背負わせるつもりはない。万が一あの少女が人を襲ってしまったら・・・少女を倒した後、私も義勇さんも、腹を切って詫びる他ない。それほど重罪な事を私たちはしてしまった。
・・・でもきっと、あの鬼は人を襲ったりしない。理由は特に無いけれどあの時確かにそんな気がしたのだ。



そして私はその件の事をまだ師範に話せずにいた。昨夜話そうと思ったのだけれど、その、ああいう事になってしまって・・・気づけば眠ってしまっていたし。昨夜の出来事が鮮明に脳裏に蘇り、ポッと顔が火照る。大人しくなった私の顔を覗き込んでくる師範の琥珀の瞳に射止められた私は邪な気持ちを振り払うように頭をブンブンと勢いよく振り、急いで身支度をした。


「気を付けて行ってくるのだぞ、名前!」
「名前さん、行ってらっしゃい」
『いってきまーす!!』


千寿郎君が急いで用意してくれた握り飯を口に咥えながら、玄関まで見送ってくれた師範と千寿郎君に手を振り慌ただしく鎹鴉と共に煉獄家を後にした。

此処から本部まではそう長くはない道のり。道中、鎹鴉に指令内容を聞いてみればお館様が一人の少年を保護したらしく・・・聞くところによると、その少年は生死を彷徨いかなりの瀕死状態にあるらしい。私と同じように呼び出されたしのぶちゃんも本部に向かっているそうで、私も急ぐように本部へと向かった。


『失礼します』
「!お待ちしておりました星柱様!」


お屋敷に到着するなり隠の人に案内をされ、長い廊下を歩く。隠の人が一室の部屋の中に「お館様、星柱様がいらっしゃいました」というのでこの部屋の中にお館様がいるのは容易に分かった。反射的にその場に正座をし、「名前です」と頭を下げれば・・・・・・静かに足音がこちらへと向かってくる音がし、すぐに目の前の襖が開かれた。


「待っていたよ、名前。いきなり呼び出してすまないね」
『とんでもないです!お館様が御壮健で何よりです』
「ありがとう」


下がっていいよ、とお館様に指示をされた隠の人が颯爽とその場を去っていく。挨拶も早々に私はお館様に頭を下げるとすぐさま布団の上で横たわる少年の元へと向かった。

――外傷も酷いけれど・・・長い時間、その傷が放置されていたのだろうか傷口から黴菌が入っているようで腐敗臭に近い匂いが鼻を掠める。・・・不覚にもその姿が死んでしまった弟の姿と重なってしまい、"あの時の光景"が走馬灯のように脳内を過り言葉を失った。

後は頼んだよ、とお館様は私に気を遣ってくれたのか部屋を出て行き、少年と私の二人きりになる。


「ぁ・・・・・・に、・・・さ、・・・」


譫言のように、何か呟く少年の横で膝をついた私はそのまま身を屈ませ、少年の額と自身の額をそっとくっつけた。


「――・・・っ、ぅ」
『大丈夫、必ず助けるから』


安心させるように笑みを浮かべながら、私はそのままの状態で静かに瞳を閉じる。やがて私の身体を淡い光が包み込み、その光がやがて私から少年へと移っていくのを確認するとそっと額を離し、そして両手を少年に向けて再び瞳を閉じた。


――私の家系は霊力が強いらしく先祖代々巫女として神に仕えており、その巫女としての能力の一つに人を癒すという能力があった。癒す、といっても傷を治すなんて便利な事は出来ないけれど、その者の治癒力を高める事が出来るのだ。

・・・治癒を開始して間もなく、元々彼の回復力が高いのか切り傷などは瞬く間に塞がっていき、顔色も幾分かよくなってきている気がする。よかった・・・何とか一命を取り留めたようだ。


「・・・・・・っ・・・」
『あと少し・・・頑張って』


――鬼は不死身だ。手足が斬られようと、致命傷を喰らおうとすぐに再生をする。
それに対して私たち鬼殺隊は生身の人間で、怪我を負えば時間をかけて治療をしなくてはならない。その治癒力の時間を早めるという私の能力は鬼殺隊にとっては大事な戦力・・・と思われているようだけれどこの力を使うにあたり、精神力そして体力がかなり消耗されるのが欠点だった。その怪我が重症であればあるほど消耗は大きく、そして何よりも集中力が必要不可欠であった。これをしている最中は例え鬼が目の前にやって来ても気づかないほどなので使い方によっては諸刃の剣ともいえ、戦闘中では実に不向きである。

治癒を始めて一刻ほど過ぎた頃だろうか・・・出来る限りの事を終えた私は光が消え、すやすやと眠る少年を見てホッと安堵の息を吐く。


『・・・ふう、』
「お疲れ様です、名前」
『わああ!?』


突然、真横から凛とした声が聞こえてきて驚きのあまり尻もちをついてしまった。治癒をしている間、ずっと隣で見ていたのだろうそこにはにこやかに微笑むしのぶちゃんの姿があって。

そんな幽霊でも見たような声出さないでください失礼ですね、と顔は笑っているけれど額を指で弾かれたので少なからず怒っているようだ。ごめんねしのぶちゃん気づかないで、と赤くなった額を抑えながら涙目で謝ればしのぶちゃんは小さく笑って、今度はぽんぽんと頭を撫でてきた。


「後は私がやっておくから、名前は休んでください」
『え?で、でも』


何か手伝うよ、と言いたかったのだけれど。瀕死状態だった少年を癒した反動で眩暈が起き、目の前の景色がゆらりと一転する。倒れる、と思ったけれどそれはしのぶちゃんが背中を支えてくれたおかげでそうならずに済んだ。


『っ・・・ご、め・・・』
「ほら、力の使い過ぎです」


立つのもままならない私の腕を肩に回し、しのぶちゃんは壁に寄りかかれるよう部屋の隅まで連れて行ってくれた。

ゆっくりと座り、深呼吸を繰り返す。・・・神経が麻痺しているせいで指先の感覚がない。顔の汗を拭ってくれたしのぶちゃんは「少し待っていてくださいね」と踵を返すとテキパキと無駄のない動きで少年の手当てをし始めた。・・・さすがはしのぶちゃんだ。薬学に精通しているだけじゃなく医学にも秀ているから、安心して任せる事が出来る。

安心した瞬間、緊張の糸が切れて急な睡魔が襲ってきた。


『・・・し、のぶちゃ・・・』
「はーい?」
『・・・す、こし・・・寝、る・・・・・・』


そこで私の意識はプツンと切れ、真っ暗な闇の中しのぶちゃんの「おやすみなさい」という優しい声が聞こえた気がした。









*





「本当に起こさないで行ってしまうんですか?」
「ああ!疲れてるのだろう。もう少しだけ寝かせてやってくれ」
「煉獄さんが来てくれたのに会えなかった・・・そう泣き叫ぶ名前の未来しか見えませんね。全く・・・残される身にもなってください」
「はっはっは!それは喜ばしい事だな。胡蝶は本当に名前の事をよく分かっている」
「・・・まあ。名前は分かりやすいですからね」
「それは確かに!」


――ふわり。暖かい温もりと、それとお日様みたいな大好きな匂いがした。この匂い・・・師範だ。師範が来てくれたのだろうか。まどろみの中で聞こえてくるしのぶちゃんと師範の会話が子守唄のようで・・・私はまた深い眠りについた。








「そろそろ起きてくださーい」


次に聞こえてきたのはしのぶちゃんの声だけだった。もう少しだけ眠らせてほしい。うつらうつらになりながらも、また夢の世界へと舞い込もうとした――矢先。

むにっと、両頬に痺れた痛み。驚いて目を開ければ目と鼻の先にはにっこり笑うしのぶちゃんの端正な顔があって。一度寝るとなかなか起きる事が出来ない私に痺れを切らしたらしいしのぶちゃんは私の両頬を左右に引っ張り、無理やり起こされた私は頭がぼーっとしつつも、なんとも情けない声で挨拶をした。


おはひお、ひほふひゃん。ひょうもひへいはへおはよう、しのぶちゃん今日も綺麗だね・・・』
「何寝ぼけた事言ってるんですか。それにもう正午過ぎですよ」
『ええ!?』
「お館様より伝言です。これから暫くの間、名前にこの少年の看病をして欲しいとの事です。ああ・・・それと名前が本部へ泊まり込むというのを鎹鴉から煉獄さんに伝達が入ったようで、先ほど煉獄さんが名前のお荷物をわざわざ届けに来てくれましたよ。任務が入ったようで丁度さっき出て行かれてしまいましたけど」
『えええええーー!?ふひゃっ』
「静かにしてください、怪我人がいるんですから」


引っ張られていた頬が、今度は内側に押されて口が蛸のようになってしまった。い、痛い・・・けどそれよりも、だ。せっかく師範が荷物を届けにやってきてくれたというのに呑気に寝ていたなんて。もしかしてこの布団も、師範が掛けてくれたのだろうか。
師範が持ってきてくれた荷物の中には私が大好きなお饅頭も入っていて、その優しい差し入れに笑みが深まると同時に物凄く師範に会いたくて仕方なかった。今朝会ったばかりだというのに我ながら重度の師範依存症だ。


『ううう師範・・・』
「そんな情けない声を出さないで下さい。仮にも名前は柱なんですから少しは自覚を・・・」
『また会えない日が続くよぉお』
「・・・私の知ったこっちゃです」
『そんな!しのぶちゃぁあああん』
「だから静かにしてください」
『あだっ』


引っ張られた頬が漸く解放される。ひりひりとする頬を抑えながら、ハッと少年の事を思い出した私はしのぶちゃんから布団の上で眠る少年へと視線を移した。
綺麗な包帯に巻かれた少年は今は静かに眠っていて、規則正しい声が聞こえてきて、安堵の息を漏らす。


「あの坊やならもう大丈夫ですよ。右手と両足が壊死寸前でしたけれど・・・名前の能力のおかげで、回復に向かってます。もうすぐ目を覚ますでしょう」
『!よかった・・・!』
「それでは私も時間がないからこの辺で。後は頼みますね」
『!しのぶちゃん、もう行っちゃうの?』
「ええ。任務の途中で抜け出してきましたからね」


久しぶりに会えてしのぶちゃんとお話が出来ると思っていたけれど、任務ならば仕方がない。まだ少年は目を覚ましそうに無いし・・・しのぶちゃんを玄関まで送りながら、それまでの間に今度カナヲちゃんも連れて一緒に小間物屋に行こうね、と遊ぶ約束が出来た。


「では名前、また。もし何かあったら鎹鴉で知らせてください」
『うん!気を付けてね、しのぶちゃん。行ってらっしゃい!』
「行ってきます」


しのぶちゃんの後姿が見えなくなるまで手を振り見送った私は踵を返すと再び少年の眠る部屋・・・ではなく、離れにある炊事場へと向かった。








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