EPISODE.03




『それで、そこのお店にあったかすていらという洋菓子がすごく美味しくて!底にざらめというお砂糖がついていて、ほっぺたが落ちるかと思いました!』
「それは気になるな!今度休暇が合った際にでも連れて行ってもらおう」
『はい、もちろん!・・・あ、そうだ!蜜璃さんも誘っていいですか?』
「うむ!甘露寺は甘いのには目がないからな!」


千寿郎の用意してくれた夕餉を食べ終え、食後のお茶を啜りながら名前はこれまでの任務報告を杏寿郎にしていた。会えなかった期間が長かったせいか、任務の内容だけではなくその途中で見つけた甘味処の話や町の人の様子、景色が綺麗だった場所などかなり話が脱線する事も多かったが杏寿郎は嫌な顔一つせず名前が満足するまで聞いてくれた。

話の途中、不意にゴーンゴーンと時計の鐘が鳴り、驚きながらも確認してみると時刻はすでに21時を超えていて驚いた。二人の会話を聞いていた千寿郎は気づけば名前の膝の上に頭を乗せて眠っていて、悪い事をしたと思いながらも名前は千寿郎の肩を優しく揺する。


『千寿郎君、千寿郎君』
「ん・・・・・・」
『風邪引いちゃうから、お布団で寝よう』
「・・・・・・母、上ぇ・・・」
『あら』


目を開けたと思った矢先、千寿郎はまだ半分寝ているのか甘えるように名前の首に抱きついた。驚きながらも名前はその小さな体を抱き上げ、うとうとと再び腕の中で眠ってしまった千寿郎の姿に笑みが深まる。


このまま部屋に連れて行きますね、と言えば杏寿郎は申し訳なさそうに眉尻を下げながら「俺が連れて行こう」と立ち上がり、名前から千寿郎を受け取った。
居間から縁側に出ると夜風が気持ちよく頬を撫で、二人は千寿郎が起きない声の大きさで会話をしながら並んで廊下を歩く。


「千寿郎がいつもすまない。すっかり名前に甘えてしまっているようだ」
『気にしないでください!それにしても千寿郎君、また少し大きくなりましたね。いつかはこうして抱っこも出来なくなるんでしょうね』


今のうちにこの可愛さを堪能しておきます、と杏寿郎の腕の中で幸せそうに眠る千寿郎の柔らかい頬を優しく撫でる名前。

――千寿郎の部屋につくと名前は手慣れたように布団を用意し、そこへ千寿郎を起こさぬよう静かに寝かせる。布団をかけてあげながら、優しく頭を撫でるその姿は本当の母親のようであった。
ふと笑みをこぼした杏寿郎は小声で名前の名を呼び、小さく頷いた名前は杏寿郎を追うように部屋を後にする。


『師範、明日はお休みですか?』
「ああ!名前は任務か?」
『今のところは指令は来てません』
「そうか!なら久々に稽古でもするか!」
『本当ですか!嬉しいです!』


話しているうちに、それぞれの部屋にたどり着いた。因みに名前と杏寿郎の部屋は隣同士で、千寿郎や槇寿郎の部屋とは真逆の方角にある。すっかり声の音量が元に戻った杏寿郎は「明日は朝から打ち込み稽古だ、早いからゆっくり休むといい」と名前の頭を撫でると、自室への襖を開けようと手を掛ける――が、その手は不意に止まった。

着物の袖を引っ張られる感触に、不思議に思いながらも着物を掴んだ本人――名前を見下ろせば、名前の眉尻は下がりそして何やらもじもじと俯きながら恥ずかしそうに言った。


『あ、あの師範・・・迷惑でなければ部屋に行っても、いいですか?』
「む?どうした」
『まだ話したい事がたくさんあって・・・その・・・』


師範の側にいたいです、とか細い声で言う名前の顔は真っ赤で。もちろん、彼女にとって深い意味はない。杏寿郎だからこそその言葉の真意は分かっているが、もしこれが他の男が聞いてしまえば・・・先ず間違いなく勘違いをしてしまうだろう。勝手な想像から作り出された誰かも分からない異性相手に嫉妬をしてしまうような自身の器の小ささに思わずため息が出てしまった。


「よもや・・・俺もまだまだ鍛錬が足りんようだな」
『?師範は強いですよ・・・?』
「いやなに、こちらの話だ!」


普段から底抜けに明るく、誰にでも優しく接し、とても面倒見が良く鬼殺隊のなかでも評判が良い名前。部下である隊士たちからは姉御肌のように思われているようだが・・・実際のところ、こうして甘える事が多々あった。しかしそれは杏寿郎しか知らない名前の一面でもあり、そんな彼女に優越感を感じながら、ふっと優しく笑みをこぼした杏寿郎は自身の着物を掴んでいた名前の手を握るともう片方の手で自室の襖を開け、そして部屋の中へと入り「おいで」と両手を広げた。

パアッと花が咲いたように笑みをこぼした名前は躊躇うことなく杏寿郎の胸へと飛び込み、ぐいぐいと頭を押し付ける。


『久しぶりに師範を独り占めです』
「はは!あまり可愛い事を言ってくれるな!止まらなくなるぞ!」
『?何がですか?』


首を傾げる名前に、「うーむ!」と困ったように顎に手を添える杏寿郎。

――実はこの二人、恋人同士になったにも関わらずまだ手を繋ぐぐらいしか事を終えていない。どこぞの音柱が聞いたら「そんなの赤ん坊でも出来るだろうが」と怒鳴り散らしていそうだが・・・如何せん、名前は色恋沙汰に関しての知識が全く無い上にそういう事に関してかなり疎い。杏寿郎はなるべく名前を怖がらせないよう、時間をかけてゆっくりと知ってもらおうとしていた・・・が、名前はこのように無意識に杏寿郎を煽る事が多く、今もこうして「大丈夫ですか師範?」とむやみやたらに頬をぺたぺたと触ってくる始末。


・・・身体をぴったりとくっつけたまま、両手を伸ばし背伸びをしているせいで寝間着の襟元がはだけてしまい白磁の磁器のような、白くて透明感のある胸元が視界に映る。口元の笑みは浮かべたまま、さらに目を大きく開かせた杏寿郎は両手を肩に置くと名前を自身から少し離した。


「俺も男だからな!据え膳食わぬは男の恥、だ!すまない、名前!」
『は、はい・・・?』
「嫌だったら殴ってくれて構わない!」


言いながら杏寿郎は身を屈ませ、相も変わらずきょとんとする愛らしい彼女の唇に自身のそれを押し付けた。


『っ』


ぎゅっと咄嗟に目を瞑る名前。そんな名前を杏寿郎は都合よく肯定と受け取り、優しい目つきで見つめながら様子を伺うように、何度も何度も啄むような口づけを落とす。

初めてするその行為に身体中の血が沸騰するかと思うくらい心臓が大きく鼓動を打つ。緊張のしすぎで身体全身が石のように固まる名前は杏寿郎にされるがまま・・・少し唇を離した杏寿郎は額を合わせたまま、目の前で湯気が出そうなほど真っ赤になった名前を見て思わず笑ってしまった。


「まるで茹で蛸だな!」
『い、え、あ・・・ッす、すみませ・・・い、今の、って・・・!』
「?接吻だが」
『〜〜〜!』


てっきり、恥ずかしがって逃げるのかと思った・・・しかし、杏寿郎の読みは外れた。まるでお菓子を与えられた子供のように、瞳を輝かせたかと思えば先ほどまで重なってた唇に触れながら「これが接吻」と嬉しそうに笑みを深めている。


『あ、あの師範!今の・・・もう一回、お願いできますか・・・?き、緊張して、よく分からなかったので。つ、次は目を開けようと思います!』


まさかもう一度お願いされるとは思ってもみなくて、むしろ乗り気になってきたことに今度は杏寿郎がきょとんと呆気にとられた顔をしていた。彼女にとって与えられる全てが初めての経験であり、知識がないからこそ、学ぼうとするその姿勢は褒めてあげたいところだが・・・。
額はくっつけたまま、頬を軽く撫でれば名前は幸せそうに目を細めて、次の接吻が待ち遠しそうに期待の眼差しを向けてくる。


「・・・名前、名前を呼んではくれないか?」
『!きょ、・・・ッ・・・杏寿郎さ――ん・・・っ』


先ほどの優しく啄むような接吻とは違う・・・喰らいつくような接吻をされる。反射的に目を瞑ろうとした名前に「目は閉じないのではないのか?」と口づけの合間に制すれば名前は肩を強張らせながらも順応にそれに応え、それ以降空色の瞳と琥珀色の瞳の視線が逸れる事は無かった。
逃げられないよう後頭部に手を回し、もう片方の手は腰に回してしっかりと固定をし、呼吸の仕方が分からない名前は息が上がり、苦しそうに顔を逸らす。


『は、ッ・・・くる、し・・・』
「まだ序の口だぞ」
『ん、ふ・・・ぅ・・・っ』
「ん・・・、苦しかったら鼻で息をするんだ」
『っはぁ、・・・い・・・』


まるで修行を受けているようだ。このまま食べられるのではないかという錯覚に陥るほど熱い接吻を受けている名前の瞳から生理的な涙が零れ、目尻から流れ落ちた涙を救うようにそこにも口づけを落とす杏寿郎。顔中に優しい口づけが落とされ、その間、必死に呼吸を整えようと空気を吸い込む名前だが落ち着いてきた頃を見計らい、またすぐに杏寿郎によって唇が塞がれてしまった。


『んん、し、はん・・・っ』
「名前」
『きょ、じゅろ・・・さッ・・・も、もう・・・』


ぷっくりと膨れた愛らしいに最後にちゅっと音を立てて離せば、名前は全身の力が抜けたように杏寿郎にもたれかかった。


「どうだ?二回目の感想は」
『はあ、はあ・・・っ・・・し、幸せすぎて・・・死んじゃい、そう・・・です』
「はは!それは困る!まだまだ先があるというのに!」
『!ま、まだ先があるんですか・・・?』
「うむ!だが焦る事はない、ゆっくり二人で愛を育もうではないか!」


今日はもう遅いから寝よう、とあらかじめ千寿郎が敷いてくれていたのであろう布団に二人で入る。名前は火照った体になんともいえないもどかしさを感じながらも顔を見上げ、目の前にある杏寿郎の頬にそっと手を添えた。くすぐったそうに笑う杏寿郎に胸がギュッとなる。


『あ、あの・・・おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
『・・・杏寿郎、さん』
「ん?」


首を伸ばして、先ほどまで交わしていた唇に今度は自分から口づけた。もちろん杏寿郎みたいな激しいものはとてもじゃないが出来ないため軽く、だが。それでも効果覿面だったようだ。


『えへへ・・・大好きです』


ふにゃり、力なく笑ってそう言った名前は眠たそうに目を擦りながら、杏寿郎の懐に抱き着きあっという間に眠りについた。まさか名前からしてくるなんて想定外の出来事に目を見開かせたまま、一点を見つめる杏寿郎は「よもや」と自身の口元を手で覆った。


「・・・無意識、というのは随分とタチが悪いな」


これから先が思いやられる、と思いながらも安心しきって眠る名前に愛おしさが込み上げてくる。小さい体を優しく抱きしめながら、杏寿郎も静かに瞳を閉じるのだった。






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