EPISODE.02




――月が沈み、朝陽が昇る頃。

鎹鴉より伝令が入り、名前は寝間着から隊服に着替えると腰辺りまである金色の髪を高い位置に慣れた手つきで一つに結い纏め上げた。衣桁に掛けてある羽織りを身に纏い、愛刀の日輪刀を腰に帯びる。
名前の羽織りは白を基調とし、裾の部分にかけて群青から漆黒色へとグラデーションになっておりまるで夜の星空を思い出させるような細かい星が散りばめられていた。

支度を済ませ庭先にある井戸水で顔を洗っていると背後から人の気配を感じ、手拭いで顔についた水分を拭きながら振り返る。


『千寿郎君』
「名前さん、おはようございます」
『おはよう』 


ずいぶんと早いですねと小走りで駆け寄ってくる愛らしい姿に思わず笑みが溢れる。これからすぐに任務に向かわなければいけない旨を、その小さく柔らかい頭を撫でながら伝えれば千寿郎は一瞬寂しそうに眉尻を下げながらも「ではすぐに朝餉の用意しますね」と踵を返し竈へと向かった。

本当は適当に握り飯でも作って任務先に向かいながら食べようと思っていたのだが・・・千寿郎の好意を断ることはできなかった。
兄の杏寿郎はいま別の任務で不在なため、名前も任務に出てしまえば千寿郎はまた暫くの間、この家で一人になってしまうだろう。千寿郎の母親は病気で亡くなり、父親は昔と変わって部屋からあまり出ず酒に溺れてばかり・・・そんな環境にいる幼い彼の唯一の心の支えが兄の杏寿郎と、そして名前であった。しかし杏寿郎も名前も鬼殺隊の柱に選ばれた精鋭隊士・・・家にいる方が少なく、珍しく休暇を貰えた名前に千寿郎はそれはもうべったりだったのだ。その反動のせいだろうか、先ほど任務と言った瞬間に千寿郎の顔は曇り今にも泣きそうな顔をしていた。

そんな顔をさせてしまったのは間違いなく自分で、少しでも千寿郎のそばに居てあげたい気持ちから名前は朝餉が並びだした居間へと向かった。











千寿郎に見送られながら、名前は千寿郎の目に届かないところまでやって来ると足を止め、その場で何度か軽くジャンプをする。
リズム良くジャンプをしながら、今日の朝餉は特別に美味しかったなあと笑みを一つこぼすと先程までの瞳とは打って変わり、鋭いものへと変えた。ゆっくりと呼吸をし、強く地面を蹴った名前は風と如く足早で任務先に向かった。
少し出遅れてしまったが頑張れば予定よりも早く着くはずだ。とにかく鬼の活動時間になる夜になる前に、これ以上の被害が出る前に目的地に辿り着かなければいけない。

休む暇もなく走り続けた名前が目的地に着いたのは夕暮れ前であった。


鬼の被害が拡大しているせいだろうか・・・大きな町なはずなのに外を出歩く者はあまりおらず、もうすぐ日も暮れる時間のため皆、逃げるように家の中へと入っていく。
そんな中、名前はただ一人、町の中心部である大通りに佇んでいた。何度か通りすがりの人に「鬼が出るから早く帰れ」と心配の声をかけてもらったがその鬼を倒すためにやってきた名前は笑顔で応えるのみだ。

特に何をするわけでもなく、片手はいつでも抜刀ができるよう羽織の中に隠してある刀に触れながら・・・日が沈むのを待っていた名前は、街が闇へと変わった瞬間、遠くから感じた鬼の気配に瞳を鋭くさせると強く地面を蹴り屋根伝えに鬼の気配がする方角へと跳んで行った。


「た、助けてくれぇええー!!!」


そこには相当な数を喰らったのだろう。見上げるほどの巨体を持った鬼がいた。
逃げ遅れた町の住人は壁まで追いやられており、妖しい笑みを浮かべた鬼の無数の手が住人を捕らえようとする。


『星の呼吸・・・壱ノ型流星ながれぼし


上空から現れた名前はそのまま目にも止まらぬ抜刀術で鬼の頸を斬り落とし、一瞬の出来事に斬られた事すら分かっていなかった鬼が断末魔をあげながら消えていった。


『大丈夫ですか?』
「あ、ああ」


刀を鞘に戻し、目の前で震える住人に手を差し伸べる。背景に映る大きな丸い満月とマッチしてまるで名前が女神のように見え、その手を取った住人は名前に魅了されたのかさっきまでの恐怖は何処へやら、顔を赤く染めて照れた素振りをみせている。

気をつけて帰ってくださいね、と忠告をして住人を送り届けた名前はまだ姿は現していないものの、この町中にまだ何体かいる鬼の気配を察知して再び駆け出した。





――――――――




『ふうっ』


普通、鬼は群れないものなのだがこの町は大きいこともあり鬼同士で担当の区域を決めていたらしく、町全体で数えると鬼の数は約5体以上もいた。
全ての鬼を始末したころにはすでに夜が明け朝陽が顔を出そうとしており、もう町に鬼の気配が無いのを確認した名前はホッと安堵の息を吐きながら肩を撫で下ろす。

いつもなら立て続けに任務があるはずなのだが珍しく鎹鴉から次の伝令はなく、名前は町の名物だという団子を購入し煉獄家に帰路についた。

特別急がなくてもよかったのだが千寿朗が気がかりであった名前は行きと同様に帰りも休む事無く足を速め、ほぼ徹夜状態ではあったがこれも鍛錬だと思えばそれほど苦ではなく、煉獄家に着いたのはその日のうちの夕暮れ前であった。家の前では丁度掃き掃除をする千寿郎の姿があり、まさか1日で帰って来るとは思ってもいなかったのだろう・・・名前が声をかければ顔を上げて、そして名前を見かけるなり満面の笑みをこぼし、こちらに駆け出して来る・・・・・・と思いきや家の中に向かって何か叫び出した。


「兄上ー!名前さんがお帰りです!」


まさか杏寿郎も帰ってきていたなんて思ってもおらず、その言葉に今度は名前が満面の笑みをこぼした。尊敬してやまない我が師範が門から出てきたのを視界に捉えると自然と歩いていた足も早まり、気づけば名前は杏寿郎に向かって飛び込んだ。


『師範ー!!』
「任務ご苦労だったな!息災か?」
『はい!師範もご無事でなによりです』
「うむ!暫く見ない間にまた腕を上げたようだな、名前」


抱き止められながら大きな手に頭を撫でられ、至極幸せそうに目を細める姿はまるで小動物のようだ。
千寿郎には見せることはない女性の顔に、仲睦まじい二人を優しく見守っていた千寿郎は「夕餉はさつまいものお味噌汁とふろふき大根ですよ」と言い、その言葉にさつまいもの味噌汁が大好物な杏寿郎は大きな瞳をさらに開かせてわっしょい、とこれまた一段と大きな声を出し、ふろふき大根が大好物な名前も真似するかのようにわっしょいわっしょいと声を上げるのだった。







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