00.何も知らない世界(序章)



「ゴールド・ロジャーにもし子供がいたら?そんなモン打ち首だ!」
「火炙りにしてよ・・・死ぬ寸前のその姿を世界中の笑いものにしたらいいんだよ!」
「そいつァいい!皆が言うぞ、ザマァミロって!」
「遺言はこういい残してほしいねえ。『生まれてきてすいません ゴミなのに』」
「ガハハハ!ま、ガキなんざいるわけねーがな!」


ギャハハハと笑う不良達の言葉がまるで木霊のように頭の中に響き渡る。
当時まだ5歳だったナマエは震える手で前に立つ双子の兄、エースの服の袖をギュッと強く握り締めると表情を曇らせた。一方のエースは唇を噛み締めながら鋭い目つきで男達を睨み上げたまま・・・それが癪に障ったのかさっきまでの笑い声がピタリと止み、「何だその目は?」と周りにいた不良達が集まり始める。さらにナマエの恐怖が募った。


「ナマエ」
『?』
「少し離れてろ」


躊躇いながらも言われた通り離れるとそれを合図にエースが一人の不良を殴り飛ばす。子どもとは思えない力で吹き飛ばされた不良は既に意識を失っており、さっきまでの空気が冷たいものへと一変した。猛り立った他の不良達が一斉にエースに襲い掛かるとその場は一気に修羅場と化す。

側にあったガラクタに身を潜めて恐怖と葛藤するナマエは耳を塞いで周りの音を遮断した。けれど視界が闇に染まったところで聴覚が敏感になるだけで、聞こえてくる人の叫び声、鈍い音、誰かが倒れる音まで鮮明に聞こえてきてジワリと目頭が熱くなる。
兄の悲鳴がいつ聞こえてきてもおかしくはないこの状況の中、何も出来ないナマエはエースの無事を祈るしかなかった。





*



救急箱を持って丘に向かうとそこには海を眺めるエースの姿があった。いつも自分を守ってくれる大きな背中も今だけは小さく見え、隣に座ったナマエは慣れた手つきで怪我の手当てをする。

至るところに出来た痛々しい傷は何も真新しいものばかりではない。


『・・・ねえエース』
「あ?」
『もう喧嘩しないで』
「・・・・・・」


だんまりを決め込もうとしているのか、何も言わなくなったエースに「もうっ」と頬を膨らませる。


世界的に悪名高い海賊王ゴールド・ロジャーの子どもとして生まれたエースは何度もゴア王国の端町に行っては自分の存在意義を確かめていた。
けれど返ってくる言葉はどれもロジャーを批判するものばかりでついには"鬼の子"とまで呼ばれるようになり、それ以来エースにとってナマエを除いた"人間"全てが敵となってしまった。

今回はたまたま相手が弱かったから良いもののエースもナマエもまだ5歳の子ども・・・いつ大怪我をしてもおかしくはない。もしかしたら死んでしまう可能性だってあるのだ。

エースが憎んでいる父親のロジャーは公開処刑され、母親も自分達を産んだ時に力尽き果てて他界。両親の顔すら見たことのないナマエにとって何よりも恐れているのがエースを失う事だった。
流れているものが同じ鬼の血といわれようがナマエにとっては唯一の家族・・・どちらか一方でも欠けてしまえば、生きることの意味はなくなってしまう。それほどお互いを想う兄妹の絆は強いのだ。


包帯を巻く小さな手は小刻みに震え、それに気付いたエースは少し乱暴に頭を撫でるとそのままぐいっと肩を引き寄せる。触れた肌から伝わる温かさにジワリと目頭が熱くなってナマエはそっと背中に腕を回した。




"ゴールド・ロジャーにもし子供がいたら?そんなモン打ち首だ!"
"火炙りにしてよ・・・死ぬ寸前のその姿を世界中の笑いものにしたらいいんだよ!"
"そいつァいい!皆が言うぞ、ザマァミロって!"
"遺言はこういい残してほしいねえ。『生まれてきてすいません ゴミなのに』"
"ガハハハ!ま、ガキなんざいるわけねーがな!"






「『・・・っ』」





――私(俺)は・・・生まれてきてもよかったのかな・・・。




   



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