EPISODE.20



――マリンフォード頂上戦争から、1週間という月日が経った。

外傷はそこまで酷くなかったナマエだったがエースを目の前で亡くした精神的なショックから来るものなのか、レッド・フォース号に乗ってから5日間、謎の高熱に襲われ、船医も出来る限りの事を尽くしたが後は本人の体力と気力次第、と話していた。

熱は下がったもののナマエの瞼が一度も開く事は無く・・・毎日側にいたシャンクスからも不安の表情が浮かばれる。


「・・・ナマエ」





――10年前。


東の海イーストブルーのフーシャ村から少し離れた、コルボ山へと続く山道で、二人は出会った。


「こいつァ驚いたな」
『っ』


道端で倒れていた野生のウサギの怪我を治している最中、頭上から聞こえてきた声にナマエの肩が大きく跳ねる。

しまった・・・家族以外に"力"を使っている所を見られてしまった――。

この力は絶対に人前で使うな、と・・・エースやガープに耳にタコが出来るのではないかと思うくらいきつく言われていたというのに。
二人が怒鳴る姿を頭の中で想像しながら、半泣きの状態で恐る恐る後ろを振り返るナマエ。・・・村の者かと思ったが、どうやら違うようだ。
麦わら帽子がやけに似合う真っ赤な髪をした、この辺りでは見かけない風貌の男であった。


「お前さん、能力者か?」
『だ、誰・・・?』
「おれか?おれはシャンクス。・・・海賊さ」
『!か、海賊・・・!?』


山賊は見た事はあるが、海賊は初めてだった。
もっと恐い人相をした人達と思い込んでいたのだが目の前に立つシャンクスは「可愛いな、こいつ」と海賊らしからぬ優しい笑みを浮かべながら、ナマエの腕の中に居るうさぎを撫でていた。ナマエの治癒によってすっかり元気を取り戻したうさぎはナマエの腕から逃げるとそのまま山のほうへと走って行ってしまった。

去っていくうさぎに、寂しそうに手を振ったナマエは隣に立つシャンクスを見上げ、その視線に気づいたシャンクスが「ん?」と首を傾げる。


『・・・シャン、クスって・・・強いの?』
「んー?そうだなァ・・・おれァ酒と女にはめっぽう弱いな」


がははは、と豪快に笑いながらそう言うシャンクスにつられるように、ナマエも笑った。――もし自分に父親という存在がいたら、こういう風に一緒に笑っていられたのだろうか。
人見知りが激しいナマエなのだが不思議とシャンクスにはすぐに心が開く事ができ、ナマエは自分より遥かに大きいシャンクスの手を握る。


『私、ナマエ!シャンクス、私とお友達にならない?』
「はは!面白いことを言いやがる。海賊なんかと友達になったら父ちゃんや母ちゃんが泣いちまうぞ?」
『・・・お母さんはね、もういないの。おじいちゃんが言ってた。私とエースを産んで、すぐ亡くなっちゃったんだって。お父さんもね、殺されちゃったの』
「!・・・そうか。そいつは悪い事を言った」
『ううん!私にはエースやおじいちゃん、それにダダン達もいるから、全然寂しくないよ』


子どもらしかぬ表情、発言にシャンクスは困ったように笑うと、ナマエの両脇に手を差し込み、そして小さなその身体を抱き上げ、自分の肩にぽんっと乗せた。


『っ』
「暫くこのフーシャ村に世話になる事になったんだ。出航するまでの間、おれの話し相手になってくれねェか?ナマエ」
『うん!!・・・あ、でもね、私・・・フーシャ村にはいないの』
「?村に住んでるんじゃないのか?」
『うん。で、でも、私、毎日シャンクスに会いに来てもいい?』
「ああ、もちろんだ。友達だろ?」


先ほどまでの悲しそうな表情とは一変し、パアッと花が咲いたような、漸く子どもらしい笑顔を浮かべたナマエにシャンクスの笑みも深まった。









シャンクスにとってナマエは親友でもあり、また自分を父のように慕ってくれる娘のような存在でもあった。

しかしこうしてナマエが世間に知れ渡ってしまった以上、彼女はこれから幾度となく待ち受けている困難と立ち向かわなければならない。ナマエ自身、マリンフォードに行くときには既にその覚悟はしていたようだが・・・。

――ナマエの力を恐れ、その力を我が物にしようとする世界政府や海賊たち、そして海賊王の血を引く彼女を蔑み、嫉み、怯える市民たち。

今まで平和に暮らしていた生活が一変し、全てが敵に回ってしまうのだ。

これまで誰にも見つからずナマエが自由に歌えていたのは影で守り続けていたエースと、ガープのおかげ・・・けれどこの一件で瞬く間に世界の標的となってしまったナマエは、ガープの権力を持ったとしても守る事は厳しいであろう。
これ以上庇おうものなら、例え中将だとしても極刑に値するほどの罪なのだから。


「・・・なァナマエ。例え世界がお前を敵に回そうが、おれァいつだってお前の味方だ。お前が望むなら父親でも兄貴にでも、なんにでもなってやる。だから頼む・・・早く目を覚ましてくれや」


目を覚まして、またあの笑顔を見せてほしい。ただそう思う一心であった。
優しく問いかけながら、シャンクスがナマエの痩せ細った頬を撫でた――その瞬間、ナマエの長い睫毛が僅かに揺れる。


「!」
『・・・・・・』
「ナマエ!」


ナマエの瞳がゆっくりと開く。見知らぬ天井を暫く見つめたまま、ナマエは横で自分の名を呼ぶシャンクスを見て何度も瞬きを繰り返した。


「具合はどうだ?おれが分かるか?」
『シャン、クス・・・?・・・私、なんでここに・・・・・・』


――マズイ。そうシャンクスが思った時には既に遅かった。

全てを思い出したであろうナマエの顔の血の気が一気に引いていき、シャンクスは落ち着かせるようと片腕でナマエの肩を掴むが、ナマエの視線は目の前にいるシャンクスに向けられず、唇はガタガタと震えだし、涙がとめどなく溢れてくる。


『エ、ス・・・・・・ッ私、エースを助けにいかなきゃ・・・!!』
「っ落ち着けナマエ!」


まだ記憶が混乱しているのだろうか。それとも目の前で起きたはずのエースの"死"を受け止めきれていないのだろうか・・・。どちらにしてもパニック状態になるナマエを無理やり抑えるシャンクスは、急いで船医を呼ぶよう、近くにいた仲間に告げた。


『お願い、マリンフォードに連れて行って!エースが、エースが死んじゃ――』
「ナマエ!!!!」
『ッ!!』
「おれの目を見ろ!!」


ゴンッと鈍い音が鳴り、ナマエとシャンクスの額がぶつかり合う。半ば強制的に至近距離で目を合わせ、シャンクスの瞳を見てるうちにだんだんと落ち着きを取り戻してきたナマエは――漸く頭の整理がついてきたのか、エースの"死"という現実を突きつけられ、今度は大声を出して泣いて、泣いて、泣き喚いた。


『シャンクスッ・・・・・・エースが、エースが・・・死んじゃった、よォ・・・うっ・・・・うわあああぁああん!』


――駆けつけた船医がナマエの異常な状態を見て慌てて鎮静剤を打とうとするも、シャンクスに止められる。

来てもらって悪いが暫く二人だけにしてくれ・・・そう船医らに伝えるとシャンクスは目の前で小さくなるナマエを、優しく抱きしめた。


「・・・今は思う存分、泣けばいい」





   



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