EPISODE.02



上空を飛行する白い小型グライダー。
世界にたった一つしかないそれは"メーヴェ"と呼ばれ、ナマエが重宝する移動手段だ。


胴体にある逆U字型の操縦把(手すり)の根元付近を握り、間に架かっているベルトを胸のあたりに当てて体を水平に保つナマエは腕につけてある羅針儀で方角を調べる。

このまま何事も無く順調に飛べばあと数分でマリンフォードに到着するだろう。

海の警備は厳重だが、逆に空は手薄状態。高度を上げれば、万が一に空を見られたとしてもその目には鳥にしか見えないことだろう。

エース公開処刑まで、残り3時間――視界に捉えたマリンフォードを見て、より一層気持ちを引き締めたナマエは更に高度を上げて、島を囲う軍艦からも姿が見られないよう迂回しながら島の端にある町へと静かに降り立った。
――この町は海兵の家族が暮らしており、今は避難指示が出ているせいか人の気配は全く無い。

メーヴェの翼を折りたたみ、見つからないように安全な場所に隠すとフードを深く被り、処刑が行われる中央エリア、湾頭の方へ足を進める。


『(まずは・・・)』


海軍本部では白ひげ相手に中将以上の階級を持つ者全員と世界中の海を守る猛者合計10万人、軍艦50隻に王下七武海を召集しているという。
まともに戦っても勝ち目などまずはないだろう――ならば、必ず助けにくるであろう白ひげ達と海軍らの混戦に紛れてエースを助けるしかナマエに残された手はなかった。

海軍本部に近づくにつれ、見張りの海兵たちの姿が増えてきた。ナマエは見聞色の覇気を巧みに使いながら、ある1人の海兵に目星をつける。
辺りを警戒するように巡回する海兵が丁度目の前に差し掛かった所で路地裏に引きずり込み、何か言う前に首の後ろに手刀を決め気絶させる。
流れるような動作でそれを一瞬で終わらせたナマエは小さく息を吐くと、「ごめんなさい」と謝りながら、気を失った海兵の額と、自分の額を合わせ静かに瞳を閉じる。

するとほんの一瞬、辺りが眩ゆい光に包み込まれ、光が消えると同時に気を失い倒れそうになる"ナマエ"を受け止めた"海兵"。


月華憑依げっかひょうい――それはナマエの持つ、キラキラの実の能力の一つだった。


数時間、相手と外見が入れ替わるその能力は本来、月が出ている夜しか発動できないのだが――幸運にも今日は満月。キラキラの実の力が最大限、本領を発揮する時だ。満月の日だけは雲で隠れてさえいなければ昼間でもこの能力が使える事が出来る・・・が、その分、入れ替わる時間が少なくなってしまう。今までの経験からすると約3時間ぐらいだろうか。もちろん自分の意思で変化は解けるため、3時間もあれば十分だった。

気を失った"自分の姿"の海兵をまた路地裏の奥へと隠したナマエは、海兵に扮して処刑台へと向かった。


『(・・・覚悟はしていたけど、実際に見ると圧巻・・・)』


三日月型の湾頭、及び島全体は軍艦が取り囲み、湾岸には無数の銃砲が立ち並び、港から見える軍隊のその最前列に構えるのが――戦局の鍵を握る5名の曲者たち・・・王下七武海、

バーソロミュー・くま
ゲッコー・モリア
ドンキホーテ・ドフラミンゴ
ジュラキュール・ミホーク
どこか浮かない顔をしたボア・ハンコック。

そして処刑台の眼下で堅く守るのは――海軍本部最高戦力、三人の海軍大将のクザン、サカズキ、ボルサリーノだった。

海軍大将の登場に海兵らは声援を送り、ナマエも周りにバレないよう海兵になりきり声を張り上げる。

今、考えうる限りの正義の力がエース奪還を阻止するため、白ひげ海賊団を待ち構える。




「いいかナマエ、ルフィ。おれ達は――絶対に、悔いの無いように生きるんだ」
「ぐすっ・・・う、うんっ・・・!」
『っ・・・・・・』
「いつか必ず海へ出て、思いのままに生きよう・・・誰よりも、自由に・・・!」



それは昔、大切な人を失った後に交わしたエースとの会話。
エースは今何を思っているのだろう、どんなにつらい思いをしているのだろうか――考えただけで目頭が熱くなり、唇を噛み締めていた・・・その時だった。

処刑台に繋がる奥の扉が開き、それまで騒いでいた海兵らが静まり返る。


「あ、あれが・・・世界を揺るがす大戦争の引き金になるかもしれない男・・・!」
「そして今、この世の命運を握る張本人・・・!」


思わず彼の名前を叫びそうになったがぐっと堪えたナマエ。

ゆっくりと処刑台へと立ったエースはその場で膝をつき、左右にいる処刑兵が海楼石で出来た手錠の鎖と床を繋げ、長柄武器の刃先をエースの首の前で交差させる。


「!センゴク元帥・・・?」


全兵を統べる最上級の階級「元帥」のセンゴクがエースの後ろに姿を現す。
とてつもない緊迫とした空気に海兵らはセンゴクをジッと見つめ、またナマエも不安そうにエースを見つめた。

電伝虫を手に持ったセンゴクはマリンフォードにいる全海兵に向かって、口を開く。もちろんこれは映像電伝虫によって各国で中継されており、全世界の人々にも緊張が走る。


「・・・諸君らに話しておくことがある。ポートガス・D・エース・・・この男は今日ここで死ぬ事の大きな意味について、だ。――エース・・・お前の父親の名を言ってみろ」
『!』


こんな時に自分の父親の名を言えなど、どういう意味なのだろうか。周りがそう疑問に思うなか、ナマエとエースの表情が変わる。・・・まさか、全て知っていたというのか。


センゴクの質問に顔を上げたエースは少しの間を置いて、口を開く。


「・・・おれのオヤジは白ひげだ」
「違う」
「違わねェ!白ひげだけだ・・・ッ他にはいねえ!!」
「・・・当時、我々は目を皿にして必死に探したのだ。ある島に、あの男の子どもがいるかもしれない・・・CPサイファーポールのわずかな情報とその可能性だけを頼りに、生まれたての子ども・・・生まれてくる子ども、そして母親たちを隈なく調べたが見つからない。それもそのはず・・・お前の出生日は母親が命を懸け、母の意地ともいえるトリックがあったのだ」

『っやめ、て・・・』


口から零れた言葉は空気と共に消え去ってしまう。
ナマエの声など届かないまま、センゴクは話し続ける。


「それは我々の目を・・・否、世界の目を欺いた。南の海サウスブルーにバテリアという島がある。母親の名は――ポートガス・D・ルージュ」
「『!』」
「女は我々の頭にある常識を遥かに超えて、子を想う一心で実に20ヶ月もの間、子を"2人"宿していたのだ」


目を見開いたエースの額から、汗が浮かび上がる。センゴクの意図が分からないナマエは自分が海兵の姿という事も忘れその場に崩れ落ち、必死に耳を塞いだ。
様子のおかしいナマエに周りの海兵が心配し声をかけるがその声すらナマエの耳には届かず――今はセンゴクの声しか入ってこなかった。


「そしてお前達を生むと同時に・・・力尽き果て、その場で命を落とした」
「ッ・・・・・・」
「父親の死から一年と3ヶ月を経て、世界最大の悪の血を引いて生まれてきた双子――その1人がお前だ!知らん訳ではあるまい」
「く・・・っ」
「もう1人の子どもの消息は今だ掴めていないが目星はついている。見つかるのも時間の問題・・・」


処刑台の真下にいるナマエとエースの儀祖父ガープもまた、エースと同様に唇を噛み締めていた。




生まれてくる子らに罪は無い。ガープ、オレの子を頼んだぜ・・・!





「お前の父親は――海賊王ゴールド・ロジャーだ!」



――まるで時が止まったかのように、センゴクの言葉にその場にいた者・・・否、全世界が凍りついたように鎮まり返った瞬間であった。


「だ、大悪党に子どもがいたなんて」
「ゴールド・ロジャーの伝説は続いていた・・・」
「海賊王の子どもなら残虐に決まっているから捕まって当然・・・!」
「この処刑は最高のショーだな!」
「火拳の強さは親父譲りって事か・・・」
「さっき双子っていってたよな?もう1人は一体どこにいるんだ!?」
「早く捕まって同じように公開処刑すればいいんだ!」


海賊王の血を引く者がまだこの世に存在していたという事実に混乱しながらも、さらに映像に釘付けになる各国の者達。




「ガープよ、信じられるか?双子のガキが生まれるんだ・・・このオレに。残念ながらその時オレはもうこの世にいねえが・・・」
「・・・ッ・・・海兵の俺にそれを言ってどうする?ロジャー!その母親・・・お前にゆかりのある女など極刑に決まってる!」
「・・・・・・だからお前に言ったんだ」
「!?」
「政府は必ずこの一年の俺の足跡を洗い出し、彼女を見つけて殺してしまう・・・だが、生まれてくる子らに罪は無い・・・ガープ!俺とお前は何十回と殺し合いをした仲だ、俺はお前なら仲間ほどに信用できる!お前が守れ・・・!」
「ッ勝手なことを言うな!」
「否・・・やってくれるさ!オレの子たちを・・・頼んだぜ・・・!」



「ッ・・・・・・」


過去で起きた出来事が鮮明に、ガープの脳裏に蘇る。



「「おんぎゃぁ!おんぎゃぁ!」」
「女の子はナマエ・・・男の子は、エース。彼がそう決めてた。この子の名前はゴール・D・エースと、ゴール・D・ナマエ・・・彼と、私の子よ」


――ナマエと同じパステルピンクの髪をなびかせながら、生まれたての双子を愛おしそうに抱きしめるルージュ。・・・・・・けれどその時間も一瞬だった。命尽きたルージュはそのまま眠るように亡くなり、残されたエースとナマエは母の死も分からないまま、泣き続けていた。

その後、双子を引き取ったガープは他の海兵に見つからないよう東の海イーストブルーのゴーン島に2人を連れて行き、それが全ての始まりだった――。






   



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