EPISODE.01



――此処は偉大なる航路の前半部にあるシャボンディ諸島。

40番グローブにある酒場では溢れんばかりの人が集まっており、ステージ上でハープを奏でながら歌う一人の女性に皆が目を奪われていた。
高らかに響き渡る歌声はおそろしいまでに澄み渡っており、紡ぎ出されるハーモニーはまさに極上の調べ。口から紡がれているのは海を讃える歌で、その最後の一節を終えると喝采の拍手が巻き起こった。

歌い終えた女性は優雅な動作でお辞儀をし、艶やかな緩くウェーブのかかったパステルピンクの髪がふわふわと、まるで歌ってるかのように揺れる。

かの有名な世界一の美女と謳われる女帝ボア・ハンコックに勝るとも劣らない才色兼備を兼ね備えたナマエは、歌だけじゃなくその容姿からもファンを魅了している。


「まさかあの伝説の"大海の歌姫セイレーン"の歌を聞ける日が来るとは・・・今日はなんて幸運なんだ」


"大海の歌姫セイレーン"

一度は耳にした事があるであろう彼女の歌声は老若男女問わず一度聞いた者を永遠に虜にするとまで言われており、けれどその素性を知る者は誰もおらずミステリアスな存在も相まって世間で名を轟かせていた。

持っていたハープを店員に返すと踵を返し、帰ろうとする大海の歌姫セイレーンの姿に周りの客がざわめき始める。追加演奏を要望するかけ声が聞こえてくると何処と無く儚げに微笑み、「また機会があれば」と軽くかわして店の勝手口から姿を消した。

――まさかこれが大海の歌姫セイレーンが歌う最後の日とは、この時誰も知る由もなかった。






*




『(上手く、歌えてたかな)』


いつものように出待ちをしていたファンらを撒き、人通りのない路地裏に身を隠す。
見聞色の覇気を使って周囲に誰もいないのを確認したナマエはマントについてるフードを目深に被りながらその場で崩れ落ちると、静かに涙をこぼした。

――恐らくこれで人前で歌えるのは最後になるだろう。歌っている最中、何度も泣きそうになった。しかし自分の歌を聞いて笑顔を浮かべる人々を目の前にしてそういう訳にもいかない。

それにナマエには自分の夢よりも、守らなければいけない大切なものがある。
ひとしきり泣いた後、乱暴に袖で涙を拭ったナマエは瞼を真っ赤にさせながらも顔を上げ、そして腰元のポーチにしまってある一枚のビブルカードを取り出す。


『(もう悔いはない・・・待っててね、エース)』


これは双子の兄エースのビブルカード。貰った時はもっと大きかったというのに、今は指先で掴めるほど小さく、また現在進行形で更に小さくなりつつある。
ビブルカードは別名、命の紙とも呼ばれており、その者の生命力を表している。今にも消えてしまいそうなエースのビブルカードを大事そうに両手で包み込み、胸元まで持ってくるナマエは祈るように目を瞑った。



――事件の発端は、先日号外新聞によって発表されたポートガス・D・エース公開処刑が決定したという記事。今世間はその話題で持ちきりで、公開処刑は約1週間後の海軍本部マリンフォードで行われる。
世界一と恐れられる白ひげ海賊団の二番隊隊長でもある彼の公開処刑を、白ひげ達が黙って見過ごすわけがない。もちろんそれはナマエも同じで、唯一血の繋がった家族であるエースを失うわけにはいかなかった。
相手は海軍――今まで戦いとは無縁だったナマエがエースを救い出す事なんて出来るわけがない。最悪の場合、無駄死にするかもしれない・・・しかしそれでも、何か出来ることはあるはずだ。白ひげ達は必ずエースを救出するべく現れてくれるはず・・・彼らとは会ったことも話したこともないが、目的は同じエース奪還だ。彼らの役に少しでも立てられるのならば本望であった。

――これから起きるであろう戦争は、一つの歴史を決める壮絶な戦いになるであろう。



――ナマエ。これから先、おれに何かあったとしても・・・おれのことには構わず、お前は自由に生きるんだ。分かったな?



数ヶ月前、偶然街でエースと遭遇した時の会話を、ふと思い出す。
今思えばエースはあの時から、すでに何かを予知していたのかもしれない。でなければあんな事を言うはずないし、その後に冗談で「まっ、おれはそんなヤワな男じゃないし、可愛い妹を守るのが兄ちゃんの務めだからな、そんな不安そうな顔をするなよ」と太陽のような笑顔を浮かべていつものように頭をくしゃくしゃと撫でてくれたが・・・妹だからこそ分かっていた。その笑顔が偽物だったということに。けれどその時は深くは追求せず、「分かった」としか言えなかった。そう言わざるを得なかったのだ。



――エースはいつもそうだ。自分のことより私の心配ばかりで、何かあれば身を呈して守ってくれる。
いつもいつも、傷つくのは私じゃなくてエースなのだ。

――守られてばかりではいけない。

今更他人を装うなんてこと、出来るわけがなかった。エースは私の、兄なのだから。




『(エースとの約束破ることになるな・・・怒る、だろうなぁ)』


お兄ちゃんのいうことは絶対聞け、と昔からよく言いつけられていたからだろうか。
助けになど行ってしまえばまず間違いなくエースは激怒することだろう・・・。もちろん自分が行ってどうにかなる相手ではないのは分かってる。
けれどもし、生きて帰ってこれたのならいくらでも叱られよう。それもまた彼が生きてる証と実感できるのだろうから。

意を決し、ナマエは持っていたビブルカードを再びしまうとエース奪還の為――マリンフォードへと向かうのだった。






   



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