EPISODE.29
『ルフィ・・・』
腹部を抑えながら、ナマエは目の前でカイドウと戦うルフィを見て唇を噛み締めた。
『・・・っ、トラファルガー、待って・・・!』
「あ?」
ルフィに託されたローがROOMを張り、ゾロとナマエを連れてその場から去ろうとしたその時・・・弱々しく呼ばれたローは一度その手を止めた。
『わたしは・・・っここに、いさせてほしい・・・』
「!」
――ルフィの夢の果てを見届けるのがナマエと、今は亡きエースの夢。今ここにいる四皇を倒せば、確実にルフィの夢の果てに近づくのだ。
キラキラの実をまともに使えず、足手まといになるのは分かっていた・・・けれど、少しでもルフィの"夢の果て"に近づくその第一歩をこの目で見届けたい。・・・否、見届けなければならない。
そう話しながら、倒れているゾロにゆっくり歩み寄ると頬を包み、額同士を合わせて治癒を放つナマエ。
・・・ゾロは重傷な上に月が出ていない分、体力の消耗が激しい。しかしナマエは今自分にできる全ての力をゾロに注ぎ、それを終えるとローにも同じように額を合わせ治癒をした。
「・・・歌姫屋、お前」
『ゾロをお願い』
「・・・・・・ったく。どいつもこいつも好き勝手に言いやがって」
ベポを悲しませるんじゃねェぞ、そう言い残したローは能力で自身とゾロを城内へと移動させ、屋上にはカイドウとルフィ、そしてナマエのみとなった。
――その場で座り込んだナマエは、治癒の反動のせいか口元を抑え、苦しそうに血を吐き出す。・・・胸が燃えるように熱く、体は鉛のように重い。
『ハァ、ハァ・・・っ・・・』
深呼吸を繰り返し、少しでも酸素を体に巡らせる。
自身にかけた治癒効果はまだまだ時間がかかりそうで、ナマエは瓦礫にもたれながら、目の前で繰り広げられるルフィとカイドウの戦いに目を向けた。
・・・きっと、ナマエが戦えたところでルフィはカイドウとの一騎打ちを望むだろう。その証拠にルフィも、そしてあのカイドウも戦いながらも、笑っているように見えた。
『みんな・・・・・・は・・・』
目を閉じれば、城内の様子が手に取るように分かる。
麦わらの一味は・・・ゾロ以外は戦えており大丈夫そうだ。
錦えもん達は先ほどまでは虫の息だったけれどもう意識を取り戻し、城内を駆け走って戦っている。
・・・気になるのが"お玉"の気配があることだった。なぜお玉が鬼ヶ島にいるのか分からない・・・が、狛ちよに乗って城内を駆け回っている。大丈夫なのかと一瞬不安に思ったがお玉の側にナミとウソップの気配も感じたため、ひとまず安心だろう。
同じく城内から感じたのは元白ひげ海賊団の一番隊隊長・・・マルコの気配。マルコはネコマムシが声をかけるといっていたが、まさか本当に駆けつけてくれたなんて。心強い助っ人に思わず笑みがこぼれる。
――皆がワノ国を守るため、命をかけて戦っている。
『――エース。ルフィが、海賊王になる日が・・・近づいてきたよ』
もうすぐそこだ。
――ナマエ。
『!』
――どこからともなく聞こえてきた声。もう二度と、聞けないはずの声・・・聞き間違えるはずがない。まさか、そんなはずがないと混乱していると次に感じたのは頭にかかる手の重みだった。少し乱暴だけど、優しく撫でるその手はまるで、大丈夫か?と言っているようで。
――エース?
『!!』
ハッと瞼を上げるが、そこにエースの姿はなかった。けれど確かに、さっきまでエースがいたような気がして・・・。
撫でられた頭にそっと触れたナマエは、心の奥底から湧き出てくる不思議な力に目を見開かせると、スッと立ち上がってみせた。
『(あ、れ・・・?)』
――月はまだ雲で覆われているというのに。キラキラの実の力が、まるで堰を切ったように溢れ出てくるのを感じる。自身を纏う星の輝きはどんどんと増えていき、その異変に戸惑っていると――遠くから激しい衝突音が聞こえた。
「ハァ、ハァ・・・っ結果は見えていた・・強ェ武器を手に入れて・・・調子に乗ったな若僧・・・!」
島の端には、苦しそうに肩で息をするカイドウと、倒れているルフィの姿があった。
地面にうつ伏せるように倒れているルフィからは異常なほどの血の量が流れており、それが視界に映った瞬間、ドクン、と大きく鼓動が鳴る。
「覇王色を纏ってみせた・・・だがその操作はお粗末なものだったな。ゴムゴムの・・・なんだって?お前も・・・"ジョイボーイ"には・・・なれなかったか・・・」
『・・・!!!』
カイドウが何か呟いていたが、この時すでにナマエの頭の中には入ってこなかった。ただ聴こえるのは己の心臓の音のみ――。
『ル、フィ・・・』
血だまりの中で倒れるルフィの姿が、不覚にもエースと重なってしまう。
ドクンドクンと心臓の音が体中に鳴り響く中、揺れる大きな瞳をさらに見開かせたナマエはルフィを島から蹴り落そうとしたカイドウに狙いを定めると、目にとまらぬ速さでカイドウの背後に回った。
「!」
強い殺気を感じたカイドウが、振り向きざまに金棒を構えれば――真後ろですでに構えていたナマエと、カイドウの覇気が衝突する。
これまでとは違う雰囲気を纏うナマエの姿に一瞬は目を見開かせたカイドウだがすぐに口角を持ち上げ、「やりゃァ出来るじゃねェか」と不敵に笑った。
ナマエの額にある三日月模様は月が出ていないにも関わらず強く浮き出て、漆黒の瞳は黄金色に、そしてパステルピンクの髪が上から少しずつ銀色に染まってき・・・まだ完全ではないものの、その神秘な姿はまるでミンク族の覚醒"月の獅子"のようだった。
ナマエの拳は震え、何かと葛藤しているのを見たカイドウは全てを察したように、ナマエの付けている耳飾りに視線を向ける。月と太陽のシンボルの耳飾りがそれぞれ付けられているのだが、月の耳飾りだけが強い光を放っているのだ。
「ウォロロロ!かろうじて暴走を抑えてるようだな?だが今ここで"覚醒"されちゃ鬼ヶ島がもたねェ・・・暫く眠っていろ!!」
弾き返されたナマエは一度後退し、標的のなくなった金棒は強く地面に叩きつかれる。
地面に出来た大きな割れ目はカイドウの背後にいたルフィの地面にまで伸びていき、ナマエが気づいた時には一足遅く・・・ルフィの体は崩れた地面と共に島から落ちてしまった。カイドウもそれに気づくと後ろを振り返り、そして海へと真っ逆様に落ちていくルフィを見て呟く。
「・・・久しぶりに熱くなって・・・俺はしくじった・・・お前の首を切って"勝利宣言"をすべきだったんだ。でなきゃみんながお前の勝利を信じ続けちまうだろ・・・?」」
『!』
目を見開かせたナマエの瞳も、髪色も・・・気づけば元に戻っていた。戦意を失ったナマエを見たカイドウは勝ち誇ったように鼻を鳴らすとスマシを使って鬼ヶ島中に、決着がついたことを報告するよう部下に伝えた。
「ウォロロロ!残念だったな・・・諦めろ。お前の力は俺たちでなきゃ扱えねェ代物だ。元々あいつには無理だったんだよ」
『・・・・・・ない』
「あ?」
てっきり、ルフィの敗北に絶望しているかと思った。しかし顔だけを振り向かせたナマエの瞳はまだ希望を捨てておらず、強い瞳でカイドウを睨みつけている。
『ルフィはまだ――負けてない!』
「!」
そう叫んだナマエは何の躊躇いもなく、自ら島を飛び降りていった。
予測不可能の行動に驚愕するカイドウだったが・・・先ほど向けられたナマエの瞳はロジャーを思い出させるのには充分で、龍となり、後を追ってナマエだけ拘束することもできた・・・が、カイドウが追いかけることはなかった。
例えルフィが倒されたとしても、自分達に"その力"を解放することは絶対に無いだろうと察したのだ。
「バカな女だ・・・てめェの価値も知らず、ただ海に沈んだか・・・・・・ウォロロロ。さァてリンリンにどう話すか・・・」
――空気の抵抗を受けながらも風の流れを読んだナマエの身体は気流に乗り、すぐにルフィの元に辿り着くことができた。
気を失っているルフィの手を掴み自分に引き寄せ、声を荒げる。
『ルフィ、起きて!目を開けて!!』
――海は、もうすぐそこだ。
額と額をくっつけ、出来る限りの治癒はしたものの・・・ルフィの目が開かれることはなく、ナマエは目に涙を溜めながらも声をかけ続けた。今ならまだゴムの腕が島まで届くはずだ。
『海賊王に、なるんでしょ・・・!?お願い目を開けて!』
「・・・っ、ぁ・・・」
『!(っ、だめ・・・間に合わない・・・!)』
頭を打たないよう、ナマエはルフィを強く抱きしめながら、二人は大きな水飛沫を立てて海へと落ちていった。
―― 生き返れー!
――生き返れ麦わらー!歌姫ー!!
――くそ、船長がいてくれたら・・・!!!これ以上処置が分からねェ!
――水はもう吐いたよな!?
『ん・・・』
「!め、目を覚ました!歌姫が目を覚ましたぞ!!」
「本当か!?じゃああとは麦わらが・・・!」
「っ肉ーーーーー!!!!!」
"ええええーーー!?"
← →
戻る