EPISODE.14



ルフィは拳に、シャンクスは剣に、それぞれ覇気を纏わせて二人は同じタイミングで同じ場所を攻撃した。
すさまじい覇気を纏った一撃を喰らい、魔王はボロボロになりながらも最後の悪あがきでビームを四方八方へと放ち出す――。


「!危ねェ!!」
『――』


直撃したらひとたまりもない。かといって逃げ場もなく、絶望する一味・・・すると、魔王の前で歌を紡いでいたナマエが、歌は止めないまま自身の両耳のイヤリングを外しだす。

力が解放されたナマエの瞳の色は黄金色へと変化し、パステルピンクの髪色は白銀へと変化していく。


――歌いながら、両手をかざせば魔王の放ったビームは一瞬で星となって散りばめられ、誰にも被害が及ぶ事もなかった。

最後の力を振り絞った魔王は断末魔の悲鳴をあげながら、大量の音符となって消え去った――。



――ウタはぼんやりとした意識の中で、魔王から解放されたのを感じていた。

魔王を作っていた、たくさんの"誰か"の感情がウタの中に流れ込んでくる。
けれどそれは全て、どこからともなく聞こえてくるナマエの歌によって消えていき、温かいその音色に心が安らぎを覚えた。


――魔王は、歌を愛する人々の感情の集合体だ。寂しい、もっと認められたい、誰かに見つけてほしい・・・そんな負の感情が集まって生まれた。だから魔王はいつまでも、自分を形作る存在を探している。行き場のない自分の気持ちを、受け止めてくれる存在を。――それがウタだったのだ。


「なんだ・・・アンタも、寂しかったんだね」


消えていく魔王に向かって、ウタはそっと語りかけた。



――気がついたときには、ウタは半壊したライブ会場のステージに横たわっていた。ネズキノコで凶暴化した性格は、既に剥がれ落ちている。
重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、シャンクスが駆け寄ってくるのが見えた。


「シャンクス・・・わたし・・・」
「もういい、終わった」


シャンクスは身体を支えると、赤紙海賊団の船医、ホンゴウを呼ぶ。ホンゴウが投げた水筒を受け取ると、蓋を開けてウタの口元に差し出す。


「すぐにこの薬を飲んで眠れば、まだ助かる」
「シャンクス・・・・・・会いたくなかった。でも・・・っ、」


『自分の心に嘘をついてまで歌う必要なんてない。周りの声も、全て聞く必要なんてないんだよ。ねえウタ、貴方は――貴方の歌を本当に聞いて欲しい人は、』




ウタは掠れた声を搾り出す。


「っ、」
「喋るな!いいから、早く飲むんだ」


早口に急かしながら、シャンクスは会場の様子を伺った。
ウタに心を奪われていた観客たちは、魔王が消えても目を覚まさずいまだ海軍や海賊たちを襲い続けている。
魔王を倒せば心が戻ってくるはずではないのか――同じ頃、ウタワールドにいる海賊たちも異変に気づいて焦っていた。魔王を倒したのに、一向に現実世界に戻れる気配がないのだ。


「なんで戻れないんだよ。なんで!!」
「・・・間に合わなかった。トットムジカの力に私たちの心が飲み込まれたんだ・・・」
「そんな!」


このままではウタワールドの中に永遠に閉じ込められてしまう。
心を奪われた観客たちも、凶暴化したままだ。戦い続ける人々の姿を現実世界で目の当たりにしたウタは、身体を震わせた。


「やめて・・・戦いはもう、おしまいにして・・・やめて!!」


声を荒げた拍子に、口から血がこぼれる。


「ウタ!早く薬を飲め!」


――しかしウタはシャンクスが差し出した水筒を払い除け、ふらつきながらも身体を起こす。


「歌わなきゃ。みんなを、元に戻してあげないと。――シャンクス、昔、言ってくれたでしょ?私の歌には、みんなを幸せにする力があるって・・・」


シャンクスの表情から、力が抜けていく。
ウタは手をついて立ち上がると、いまだ操られたままの観客たちの方へ向き直る――が、身体に力が入らず、すぐに膝をついてしまう。
口からはボタボタと止め処なく血が溢れるが、それを気にしてる暇もない。


――限界が近い。それでも、自分にしかできないことがある。
ウタは震えながらも、顔を上げて叫んだ。


「私は!!赤髪海賊団の音楽家、ウタだよ!!」


苦しいはずなのに、その無理矢理作った笑顔に、小さく笑い返したシャンクスは、ウタの隣に並び、手を貸して立ち上がらせた。

父親の肩をかりながら、ウタは最後の力を振り絞ってステージに上がった。

争いの続く会場を見渡し、そして、いまだ枡席で眠っているナマエを見て、笑みを深めた。



「――ナマエ」





『!ウ、タ・・・?』


ウタワールドにいるナマエは呼ばれた気がして、空を見上げた。しかしどこを見渡してもウタワールドにウタの姿はなく、気のせいなのか・・・と俯くと、不意に服の中から温かみを感じる。
思い出したようにウタから預かった小さな楽譜を取り出してみればそれは音を立てて大きく広がり、一つの曲が書いてあった。


『(・・・世界の、つづき)』


楽譜はひらひらと舞い上がり、ナマエが見やすいように浮かんでいる。――なんとなく、ウタがこれを歌えと言ってるような気がして。
ナマエは目の前の楽譜を歌い上げた。

<世界のつづき>――柔らかな旋律が、人々の心を包み込み、落ち着かせていく。
現実世界の曇天の空から光が差し、陽光が柔らかく降り注いだ。トットムジカの禍々しい音楽がかき消され、世界が彩りを取り戻していく。心を奪われ、先ほどまで操られ戦っていた者たちは次々と眠るように倒れていき、海兵たちの攻撃も止まる。


現実世界ではウタが、ウタワールドではナマエが、同じ<世界のつづき>を紡いでいた。
ウタの声はウタワールドにも、そしてナマエの声は現実世界にもしっかりと届いている。

2人の澄んだ歌声が、海賊たちやゴードンの負った傷を癒していく。


「天使の歌声・・・・・・」


ゴードンが、つぶやく。

温かい空気に包まれ、海賊たちは誰からともなく目を閉じて、スッと眠り始めた。ウタワールドは消え、人々は今度こそ、自分の心を取り戻したのだ。














「ねえ。なんで殴らなかったの?私のこと」
「おれのパンチはピストルより強いって言っただろ」
「・・・昔は、やってきたじゃん。ヘナチョコグルグルパンチ」
「あれは本気じゃねェ」
「出た、負け惜しみィ」
「・・・・・・」
「いつの間にか、ルフィの方が背が高くなってたんだね。・・・これ、返すよ。私にとっても大事な帽子だから。いつかきっと、これがもっと似合う男になるんだぞ!」
















心を奪われていた全ての人々を解放し、ウタは最後の曲を歌い終えた。
身体はもう、力尽きる寸前だ。立っているのがやっとで、ウタは朦朧としながらも傍にいるシャンクスに、「ルフィとナマエは・・・?」と聞いた。


「戻ってきた」


シャンクスが短く答え、ベックマンが目の端を赤くしながら、観客も全員無事だと声をかける。

――いつの間にか、赤髪海賊団の全員が、ウタに寄り添うように集まってきていた。


「・・・よかった・・・・・・」


ほっとしたように表情を緩めると、ウタはそのままぐらりと身体をふらつかせて、シャンクスに抱きとめられた。


「・・・・・・ごめんね。シャンクスと、赤髪海賊団のみんなを信じきれなくて。なのに、ありがとう。助けに来てくれて」


シャンクスが無言で唇を噛む。このままウタを看取らなければいけないのだと誰もが分かっていた――これが、最後の時間だ、と。


その時、海兵たちを引き連れて、黄猿と藤虎が崖の上から見下ろすようにシャンクスたちの前に姿を見せた。
そして黄猿の真後ろにいる海兵の肩に担がれているのは――まだ目を覚さない、ナマエの姿であった。


「さぁて、キラキラの実の能力者も手に入れたことだし・・・そろそろウタを・・・世界を滅ぼそうとした極悪人も渡してもらおうかねェ」


ゆったりと言う黄猿に、ベックマンの銃口が向けられる。他のメンバーも揃ってウタを守るように並び立った。


「ほぉ・・・・・・お前さん方」
「逆らうってことでいいのかねェ?」


黄猿と藤虎が、緊迫して戦闘態勢をとる。ウタは、自分を守る海賊たちの背中に向かって「みんな」と呟き、その瞳からは真っ直ぐな涙が溢れる。こんなに優しく自分を愛してくれた人たちを、信じることができなかった。
自分の選択が、悔やまれて仕方ない。

――シャンクスは、ウタを抱きかかえた手にかすかに力を入れ、怒号を響かせた。


「こいつは、おれの娘だ。そこにいるナマエも、俺たちの大切な家族・・・それを奪うつもりなら――死ぬ気で来い!!


瞬間、シャンクスの身体から恐ろしい量の覇気が放たれた。海が震え、海兵たちが、バタバタと倒れていく。その中にはナマエを抱えた海兵も含まれており、海兵が倒れたことによってナマエの身体はあっけなく崖の下へと落ちていく。
崖の下は地面が割れ、海が待ち構えている――しかし真っ逆さまに落ちていったナマエの身体は移動したルウによって受け止められた。

シャンクスの覇気は中将であるモモンガまでをも膝をつかせ、黄猿からは冷や汗が浮かび上がる。


「中将の一部まで持っていくとはねェ・・・これが四皇シャンクスの覇気か・・・」
「・・・・・・やめときやしょう。市民の皆さんもいるところで、戦争をおっぱじめるのは・・・」


言いながら藤虎が剣をしまい、黄猿もすぐに身体の力を抜いた。
藤虎に促されるまでもなく四皇とこんなところで戦うわけにいかないのは明らかだ。海軍はウタとナマエを諦め、撤退を決めた。


――黄猿と藤虎に率いられ軍艦が発つと、シャンクスの腕の中で、ウタは暮れかけた空をぼんやりと見つめ、そして、ルウに抱えられたナマエを見て、小さく微笑んだ。


「・・・シャンクス、私、ナマエの歌に・・・救われ、たんだ。・・・やっぱり、ナマエはすごいや・・・海みたいに、あったかくて、私の心まで、救って・・・くれた・・・」
「・・・・・・そうか」
「・・・・・・ファンのみんな、大丈夫、だよね」


私がいなくなっても。ウタワールドがなくなっても、きっと辛くはない。そう教えてくれたのは他でもない、自分が尊敬してやまない大海の歌姫セイレーンなのだから。


「人間はそんなにヤワじゃない。それに・・・新時代は、目の前だ」


力強く言い切るシャンクスの視線の先には、屈託なく寝息を立てるルフィの姿がある。ウタは安心したように頷くと、消えいるような声で口ずさみ始めた。

<風のゆくえ>――子供の頃にフーシャ村で何度も歌った思い出の歌だ。最後にシャンクスたちの前でこの曲を歌えて、本当に良かったと思う。

――意識が朦朧として自分の声が聞こえなくなっても、すぐ側にシャンクスたちがいると思うと不思議と寂しくはなかった。ウタは最期まで安堵に包まれ、穏やかな気持ちで歌い続けた。


















――ぽたり。

生暖かい雫が頬に落ちたのを感じ、目を覚ましたナマエはゆっくりと瞼を上げる。
開けた視界、するとそこには声を押し殺し、泣きながら自分を抱えているルウがいて。


『ルウ・・・?』


なぜ、泣いてるの。その答えは、聞くまでもなかった。赤髪海賊団が囲うように、その中心にはシャンクスに抱えられているウタがいて――。

目を大きく開かせたナマエはルウから降りるとすぐさま赤髪海賊団をかき分け、中心にいるウタに駆け寄った。


『ウ、タ・・・』


その表情は穏やかそのものだった。
いくら名前を呼んでも目を開けることがなく、視界が次第にぼやけていく。


『っ・・・だ、めだよ・・・・・!これからはたくさん、好きな人たちに・・・あなたの歌を、聞いてもらうんだよっ・・・!?』


堰を切ったように溢れてくる大粒の涙が、ナマエの頬を伝い地面を濡らしていく。しかしその声はもう届かず、ナマエは唇を噛み締めながら、ウタを抱き締めるシャンクスの肩をポカポカと殴った。


『っ、シャンクスの、ばか・・・っ、遅いよ』
「・・・ああ。俺ァ大馬鹿者だ。すまないナマエ。迷惑をかけちまって」
『迷惑なんかじゃ・・・ッないもん・・・家族、でしょう・・・!』


一番辛いのは、シャンクスだとナマエも分かっていた。それ以上はナマエも何も言わず、ウタごとシャンクスを強く強く抱き締めた。




――長居してはルフィとの約束を破ることになる。
シャンクスはそう言って、ウタを連れて出航の準備をし始めた。

ひとしきり泣いたナマエは目の下を真っ赤にしながらもレッドフォース号の甲板に立つと棺の中で眠るウタの、まだ少し温かい頬を優しく撫でる。


『――歌で世界を・・・平和に、か・・・』


時間が許されるまで、ナマエはウタの傍で、ウタが大好きな<新時代>を歌い続けた。

あちこちから聞こえてくる鼻を啜る声や涙声は、聞こえないフリをして――。












「!」


ハッと目が覚めると、ルフィはサウザンド・サニー号の甲板にいた。いつの間にかすっかり夜だ。
眠っている間にエレジアを出航したらしい。
仲間たちもみんな甲板に座り込んで眠っている。波は穏やかに揺れ、海賊船を海へと送り出していく。


「よく寝てたな。お前が最後だぞ」


起きていたゾロが、ルフィに気づいて顔を向けた。


「ウタは?シャンクスも・・・・・・」
「おう」


ゾロはお猪口を持った手を海の方へ向けた。

――白み始めた空に接する水平線に、レッド・フォース号の船影が微かに見える。シャンクスたちの船は先に行ってしまったのだ。

ルフィは甲板から身を乗り出し、先を行くレッド・フォース号を見つめる。甲板に人影が見え、中央には棺のようなものが置かれてるようだ。


「っ」


ルフィは唇を結び、大海原をじっと見つめる。
レッド・フォース号にいるシャンクスと、ウタの眠る棺に背を向け、行く手に広がる海に視線を送る。

――二人の視線は交わることはない。
でもどちらも、お互いの顔を強く意識していた。














   



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