EPISODE.12
トットムジカが新楽章に入る。
魔王の形態が巨大な黒い昆虫のような姿へと変化していき、背中に羽根を生やし、頭からは2本のツノが伸びていた。
おぞましい姿にコビーは生唾を飲み込む。
――魔王が軽く羽根を羽ばたかせるとそれだけで凄まじい風が巻き起こり、踏ん張っていなければ吹き飛ばされそうだった。
「ひ、避難する奴はこっちへおいで!」
ブリュレが鏡を出し、クラゲ海賊団たちは慌てて中へと飛び込んでいく。
―― ――。
―― ――暗い暗い闇の中にはただ一人、ナマエだけがいて。まるで深海の中にいるように、身体はふわふわと浮遊している。
『・・・だ、れ・・・?』
声が聞こえる。耳の奥に届くのは、ウタを責め立てる人々の声だった。
――お前だ。お前のせいだ。
――お前がやった。
――お前の罪だ。
『――ち、がう』
決してウタのせいではない。
うっすら、目を開けてみると目の前には幼い少女がいた。その少女はどこかウタの面影があり、これが幼い頃のウタだと気づいたナマエは、小さく蹲り涙を流すウタにゆっくり歩み寄る。
「全部・・・知ってた」
誰に向かって話しているのか分からないが、ウタはそのまま続けて言った。――本当は、とっくに気がついていたのだ、と。
――映像電伝虫で歌の配信を始めて一年ほどが経った頃、ウタは廃墟となったエレジアの街で、古い映像電伝虫を拾った。何気なく再生してみるとそこにはエレジアが魔王に滅ぼされた時の映像が残っていて、発信者は若い男性のようだった。
"誰か!大変だトットムジカの話は本当だった!魔王が――トットムジカによって蘇った魔王が街を破壊している・・・っうわぁあー!!"
映像の中のエレジアは、火の海と化していた。真っ暗になった空には魔王がウタといて、街中を攻撃している。
"あ!赤髪海賊団!魔王と戦ってくれるんだ!"
"この映像を見ている人!気をつけろ、ウタという少女は危険だ。あのこの歌は世界を滅ぼす!"
苦しくて、ウタはそれ以上、映像を直視できなかった。
エレジアを滅ぼしたのは魔王。そして、魔王を召喚したのは自分自身――シャンクスたちはエレジアを滅ぼすどころか、人々のために魔王に立ち向かってくれたのだ。そして、全ての罪を背負って立ち去ることで、今までずっとウタを守り続けていた。
「私・・・っどうしたらいいか、分からなかった。自分が人殺しだということも、シャンクスを恨み続けていたことも、全てが受け入れられない。っどうしろっていうの、今更!世界中に私の歌を待っている人たちがいるのに――」
『ウタ・・・・・・』
ウタはずっと海賊は嫌いだと公言していた。だからこそ、海賊に虐げられていた世界中の人々はウタの曲に惹かれた。でも、真実を知った今では、海賊を恨むことなど到底できそうにない。
「私には、海賊を嫌う資格さえない。本当は子供の頃からずっと、海賊が大好きだった。これからは、誰のために何を歌えばいいか分からなかった」
――その時だ。目的を見失うウタに道を示したのは、とある少女から届いた声だった。
"ねえウタちゃん、ここから逃げたいよ。ウタちゃんの歌だけずっと聞いていられる世界はないのかなぁ?"
――自分を必要としてくれている人がいる。たとえ自分に嘘をつくことになっても、ウタはファンを裏切ることなんてできなかった。
「もう引き返せない。私は海賊嫌いのウタ。私を見つけてくれたみんなのためにも――新時代を、!」
どこからともなく聞こえてくるハミング。この曲は――ウタの<新時代>だった。
聞いたことのある歌声に、ウタが顔を上げた瞬間、優しい温もりに包まれる。
『――ごめんなさい、貴方にばかり辛い思いをさせてしまって・・・ッごめんね・・・』
「っ」
謝るナマエの肩は小刻みに震えていて、抱きしめられたウタは驚いたように目を見開かせた。
「な、んで・・・あなたが泣いてるの・・・?」
少し顔を離したナマエが目に涙を浮かべながら、まるで母親のような、優しい笑顔を向ける。
『歌はね・・・好きな人たちに向けて、歌うものなんだよ』
「!」
『自分の心に嘘をついてまで歌う必要なんてない。周りの声も、全て聞く必要なんてないんだよ。ねえウタ、貴方は――貴方の歌を本当に聞いて欲しい人は、』
「ッ貴方に何が分かるっていうの!私、貴方の代わりになろうと、心の拠り所がなくなったみんなのために、一生懸命歌ったのに・・・!」
『・・・・・・うん』
「・・・ッでも!私じゃ・・・全員を、幸せに出来なかった・・・!」
どう足掻いても私は―― 大海の歌姫の代わりになれない。自分の歌じゃ満足しない人がいて、その人たちには全て見透かされている気がした。自分を偽っているということに――。
『ウタ・・・』
気づけばさっきまで幼かったウタは、いつもの大人の姿に戻っていて。
ウタにここまで責任を負わせてしまったのは、世界一の歌姫という名誉を捨ててしまった自分のせいでもある。ナマエは目の前で泣きじゃくるウタに、再度、口を開こうとしたその矢先――強い風が吹き、咄嗟にウタに手を伸ばすナマエ。
「・・・!」
『っ・・・ウタ!!!』
風はウタの身体を持ち上げる。必死に離さまいと両手でウタの手を掴むナマエの姿にウタは目に涙を溜めながらも繋いでない方の手で左耳のヘッドフォンから小さな楽譜を取り出した。その楽譜はナマエの服の中へとしまい込まれ、ナマエは驚いたようにウタを見上げた。
「もし、私に何かあったら――」
『!だめ、ウタ!!』
ウタの身体はさらに強い爆風によって吹き飛ばされ、いとも簡単に二人を引き離した。
ウタは暗い闇の中へと呑み込まれていき――そこでナマエの意識は途絶えた。
『・・・・・・』
「!ナマエ!目が覚めたか!」
目を開けると、視界には自分の顔を心配そうに覗き込むチョッパーがいて。
ゆっくり体を起こしたナマエは目の前でトットムジカと戦う麦わらの一味と海賊たちを見上げた。
コビーの指揮をもとに、全員が一致団結して陣形を作り、トットムジカへの攻撃を緩めていない。しかしどの攻撃もトットムジカには効いてないようだった。
「ウタ!私が悪かった!」
責任を感じているゴードンは、魔王の前に進み出ると声を張り上げ、取り込まれているウタに向かって呼びかける。
「お前の能力を恐れ、人前に出す機会を失っていた・・・そして、そして、私は音楽を愛する者として、トットムジカの楽譜を捨てることも出来なかった・・・私は愚か者だ!なんだかんだ理由をつけて逃げている卑怯者なんだ!罰は、私一人で・・・!」
――しかしゴードンの声はウタに届かない。項垂れるゴードンに、ウソップが静かに声をかけた。
「おれの親父はよ、いつもおれを放ったらかしだった。でもあんたはプリンセス・ウタのそばに、ずっといてあげたんだろ?」
「国を滅ぼされても誓いを守って・・・立派だぜ、アンタ」
サンジも来て、ゴードンは鼻を啜り上げた。
――会話が聞こえていたのか、ナマエの横で、同じようにチョッパーに介抱されていたルフィの目が開く。
「よし――行くぞ。ナマエ」
『うん』
ゆらりと立ち上がるルフィと、ナマエ。
ナマエは静かに自身の服の中に手を入れ、指先に当たった"それ"に、先ほどのが夢ではないことを確信した。あれは、ウタの心の叫びだ。
魔王へ向かおうとするルフィたちの背中に向かって、ゴードンが泣きながら声を張り上げた。
「ルフィ君、ナマエ君!あの子の歌声は、世界中のみんなを幸せにする力を持っているんだ!なのに、これじゃあ――あの子があまりにも不憫だ・・・ッ頼む二人とも、ウタを、ウタを救ってくれ!!」
「当たり前だろ」
『絶対に、助けてみせる』
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