EPISODE.10



「なんでそんなに、海賊王になりたいの?」
「新時代を作るためだ」


ウタはルフィから奪った麦わら帽子を取り出すと、苛立たしげに足を踏み鳴らす。


『ルフィ!』


その瞬間ーー衝撃波が放たれ、ルフィは吹き飛ばされて海に落下した。すると音符の戦士の一人が飛んでいき、沈んでいくルフィを槍ですくい上げ、ステージの上に膝をつかせる。
海水に濡れたルフィは身体に力が入らず、されるがままだ。


「ロジャーの処刑で始まった大海賊時代――ルフィ、あんたの処刑をもって終わりにする」


二人の音符の戦士が左右からルフィの胸元に槍を突きつける。まるで、ゴール・D・ロジャーの処刑シーンの再現のようだ。駆け寄ったナマエはルフィの左右にいる音符の戦士を蹴り飛ばし、ルフィを守るようにウタとの間に両手を広げて立った。

するとそれを嘲笑うかのようにウタが麦わら帽子を持った手に力を入れ、やめろ、と呟いたルフィの目の前で・・・麦わら帽子がブチっと音を立てた。――シャンクスからもらった宝物が、無惨に裂けていき、ルフィは激昂して叫んだ。


「ウタァアァアーーーー!!お前!あんなに!赤髪海賊団が好きだったじゃねーか!シャンクスが大好きだったじゃねーか!なんで海賊を嫌いになったんだ!!」
「・・・・・・シャンクスのせいだよ。私は、シャンクスのことを・・・っ、実の父親のように思ってた!!」
『っ、』


例え血はつながっていなくても、ウタにとってシャンクスは父親そのものだった。赤髪海賊団の音楽家として、ウタはいつもみんなのために歌った。小さなウタが樽の上によじのぼって歌い出すと、みんなが集まってきて、肩を組んで踊った。

――ヤソップ、ルウ、ベックマン、そしてシャンクス・・・みんな、ウタの歌声を心から楽しんでくれた。歌で誰かを笑顔にできると最初に教えてくれたのは、赤髪海賊団の仲間達だ。


「私は・・・あの船も、仲間も、みんな家族だと思ってた。でも、それはあいつらにとってはウソだった。だから、シャンクスは私を捨てた。このエレジアに私を一人残して行っちゃったんだ!」
「それはお前を歌手にするためによォ・・・」
「違うッ!!!」


ルフィの言葉を遮るウタは興奮して捲し立てた。ルフィの知らない、ウタとシャンクスの過去について。

十二年前、シャンクスがエレジアを滅ぼしてウタを置き去りにした、ということを・・・。

ナマエは、悔しそうに唇を噛み締めた。握った掌からは血が垂れている。

――本当は違う。シャンクスはウタのために、そのような嘘をついたのだと、ウタに伝えたかった。しかしその真実を当事者でもないナマエの口から語るのは、違う。


「シャンクスがそんなことするか!お前だって知ってんだろ!」
「じゃあ私の十二年はなんだ!!」


叫び返すと、ウタはスッと表情を冷たくした。ちぎれた麦わら帽子を。小さな音符の中にしまい込む。


「ルフィ、あんただってシャンクスにとってはただの道具なんだよ」
『シャンクスは、来るよ』


それまで何も言わなかったナマエが、口を挟む。するとウタの肩が小さく震え、今にも消えそうな笑顔をナマエに向けた。


「っ、・・・あんた達を助けに?そうよね、シャンクスは私なんかよりもあんたの事を、」
『私達じゃない。ウタを助けるために』
「私を?なんで?」
「『ーー娘がこんな事やってるのに、シャンクスが黙ってるわけねェだろ(がないよ)!』」



――その時だ。現実世界で何が起きたのか突然ウタは目を閉じたまま黙りこくってしまった。その頬には、一筋の涙が流れていた。


「シャンクスが来ているのか」


ルフィが低い声で聞くと、ウタはハッとして取り繕うように頬の涙を拭った。

今です、とウタの感情の隙をついてコビーが叫ぶ。すると隠れていた海賊達が飛び出し、ウタに攻撃を仕掛けた。

オーブンの手下やクラゲ海賊団、そしてローや麦わらの一味たちだ。
たちまち音符の戦士たちが現れ、あちこちで海賊と戦士の乱戦となった。


「まだやるの?それなら・・・」


<新時代>を歌い始めるウタに瞳を強くさせたナマエは、ウタの声に負けない、それ以上の声量で同じ<新時代>を紡ぎ出した。


「っ、」


一回しか聞いてない曲を、完璧に歌いだすナマエ。驚きながらもウタも負けじと歌を紡ぐが音符の戦士たちはウタの歌が聞き取れず混乱しているのか、次々と戦意を失っていく。

幼い頃に聞いた時よりも、ずっと洗練されている歌声。ウタ自身もゴードンと共に毎日練習を積み重ねてきたが、大海の歌姫セイレーンとなったナマエの歌声を実際に聞くのが初めてだったウタからは焦りが見えてきた。



自分の歌を、自分よりも完璧に歌っている――。



胸に手を当て、真っ直ぐと自分を見つめながら目の前で歌うナマエから、視線が外せない。

一歩、一歩と足が勝手に引き下がる。動揺するウタの隙をついた麦わらの一味、そしてローの能力により、見事な連携プレイでウタをバルトロメオのバリアボールに閉じ込める事に成功した。


「ウタ様!これで歌声は外に届かねえべ!」


ウタの声が完全に聞こえなくなると、海賊を攻撃していた音符の戦士たちは次々と姿を消して行き、ナマエも歌うのをやめる。

さすがのウタも声が届かない状況に追い込まれては万事休すかーーと思いきや、バリアボールの中にいるにも関わらず、ウタは動揺するどころかニヤリと奇しげに口の端を持ち上げた。
・・・その表情は、明らかに正気を失っている。




――それからウタは突然、放心状態で座り込んだまま動かなくなってしまった。
現実世界で何か起きているようだ。

サンジは、ライブ会場にあった食材に紛れ込んでいたネズキノコのことを思い出した。


「あれを食べると、眠れなくなるだけじゃない。性格が凶暴化して、感情のコントロールもできなくなる」


ウタが頑なに自分の目的に固執してルフィたちへの攻撃を繰り返すのは、ネズキノコの影響が強いのだろう。

バリアボールの中にいたウタがゆらりと立ち上がり、力無くつぶやく。


「・・・悪い人たちには悪い印を。もっと早く決めるんだった」


しかしその声は、外の者たちに届くことはなかった。
すると突然、ルフィたちが着ていたコスチュームが光を放ち、スタッズやスパイクの散りばめられたロック調の戦闘服へと変化した。
海賊は海賊らしい服を着ていろ、ということなのか。

ウタは両手をゆらりとか関わると右耳のヘッドフォンから小さな楽譜を取り出した。楽譜はバサリと音を立てて広がり、みるみる大きくなっていく。


「私に勇気が足りなかったから・・・これを使う勇気が。でも、もう迷わない」
『!ウタ!』
「気をつけて!恐らくアレが!」


ロビンが強い声で警告する。
ウタは手のひらを握りしめ、楽譜に書かれた曲を力強く歌い始めた。するとバルトロメオのバリアボールには大きな亀裂が入り、次の瞬間ーー粉々に割れてしまった。


『っ・・・!!』


決して歌ってはいけない、呪いの曲――<トットムジカ>。




   



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