EPISODE.08



――再びバリアボールの中に入れられていたルフィは、バルトロメオやローと共にエレジアを移動していた。
そのバリアボールの側には、顔のまわりに広がった鬣がひまわりのようにも見える丸い目の生き物ーーそう、ウタの能力によって小さく可愛くされたサウザンド・サニー号がいた。先ほど港で出会ったのだ。
ちなみに港には船は一隻もおらず、見渡す限り大海原しか広がっていなかった。
サニーサニーと鳴きながら歩く姿は愛らしいものの、麦わらの海賊船がこうなってしまった以上、この島から脱出は不可能・・・もちろんそれはルフィだけではない。この島にいる全員が、島から出られなくなってしまったのだ。


バリアボールの中でおえおえと具合が悪そうなルフィは酔ったように吐き気と必死に戦っており、なぜまだこの中にいなければいけないのかと訴えるようにバルトロメオに視線を向ける。


「ウタの能力がわからないのに、ルフィ先輩を自由にさせるわけにはいかねェべ」


そう、すまなそうにバルトロメオが言った直後ーー近くの茂みが揺れ、すぐさま戦闘態勢に入るローとバルトロメオ。

しかし――草木の奥から姿を表したのは、先ほど別れたナマエであった。見聞色の覇気を使い、ルフィたちを追ってきたのだ。


「ナマエ!」
「・・・歌姫屋。無事だったのか」
『うん。心配かけてごめんね。――ルフィ、ゾロ達を助ける方法分かったから、私行ってきてもいいかな?』
「おう。気をつけろよ」

おつかい行くみたいなノリで言うんじゃねえ!


ゾロ達がいるのはウタのライブ会場だ。
遠くからでも聞こえるウタの声と観客達の声援――恐らくルフィ達を探すのは一旦諦め、再びコンサートを始めてるのだろう。
敵陣に一人で乗り込む気か、とローは鬼の形相で今にも走り出しそうなナマエの首根っこを掴み引き戻した。

でも早く助けなきゃいけないじゃん、と頬を膨らませたナマエの視界に――サニーが映り込む。サニーも同じようにナマエを見つめ、サニーはナマエが誰か分かるのか嬉しそうにその場でジャンプをし、ナマエに飛びついた。


『わっ、』
「サニー!サニー!」
『ル、ルフィ、まさかこれって、』
「ああ、サニーだ。港行ったらサニー号がなくてよ・・・代わりにサニーがこうなってた」
『か、かわいいー・・・!』


ひょいと持ち上げてみれば、サニーは愛らしい笑顔で手を上げていて思わず顔が緩む。

と、その時、一行の行手に大きな丸いドアが現れた。ナマエとローは瞬時に反応して構え、バルトロメオも足を止める。

ドアを開けて出てきたのはーーブルーノと、コビーであった。


「なんだおめェら」
「お・・・お前らも来てたのか」
「お久しぶりです。ルフィさん」


元気のないルフィに頭を下げたコビーはバリアボール酔いですっかり疲労困憊したルフィに苦笑いを浮かべている。


「どうやってここがわかった?」
「ルフィさんの存在を感じて」
「見聞色の覇気か」
「あとはブルーノさんのドアドアの実の能力をお借りしました」
「サイファーポールと海軍がつるむとは、どういう風の吹き回しだ?」
『え・・・サイファーポールと海軍なの?』


初めて見る顔ぶれに、ルフィと親しそうに喋るのでてっきり友達かと思っていたのだが、まさか海賊にとって厄介な存在であるサイファーポールと海軍だったなんて。
・・・と言っても、実はコビーとナマエはこれが初対面ではなかった。忘れもしない頂上戦争の時、二人はとうに出会っていたのだが・・・この時はお互い気づいていなかった。

ローの警戒した視線を向けられているにも関わらずコビーは笑顔で、確信をついたように言う。


「皆さんが知りたいのは、ウタの能力についてですよね」
「!ウタ様の力、知ってるべか?」
「・・・信じられないかもしれませんが、ぼくたちが今いるこの世界は現実ではありません」
『!現実じゃ、ない・・・?』
「皆さんが見ているものは、全てウタがウタウタの実の能力で作り出した、意識の中だけの、架空の世界なんです」


ウタウタの実の能力とは、歌声を聴いた人間の心をウタウタの世界に取り込む力、とコビーは続けて話した。
心を取り込まれた人間は、現実の世界ではなく、ウタが望んだ世界で生きているような気になる・・・まるで全員が同じ夢を見ているかのように。


「・・・そういやウタのやつ、そんな力を持ってるとか言ってたなァ」
「え?」
「だからかァ。あいつの歌を聞くといつの間にかみんな寝てるんだ」
「知ってたんなら早く言って欲しかったべ!」
「なはは、忘れてた」


ローは呆れた様子で溜息を吐きながら、コビーへと視線を戻す。


「それで、現実の世界はどうなっている?」
「現実世界には、ぼくたちの身体だけが残っています。でもその身体は、ウタに支配されているはずです」
『・・・どうやったら現実に戻れるの?』
「ウタが眠れば、能力は解除されます。しかしすでにウタウタの実の世界に取り込まれてしまったぼくたちは、現実のウタに手を出すことができません」
「じゃあ誰もウタ様に勝てないってことだべか?」


バルトロメオの発言にムッと眉間に皺を寄せたルフィが「おれは負けてねェ!」と口を挟む。


「悪魔の実の能力には必ず限界があるはずだが?」
「ウタウタの世界を維持するためには激しく体力を消耗する。おれが常にドアドアの実の能力を使っていられないようにな。だから、ウタはすぐに体力の限界に達する。そこでウタウタの世界は終わる」
「じゃあ、ウタ様が疲れて眠ればいいんだべか?」
「それは難しい。・・・ライブが始まる前、やつがネズキノコを食べるのを確認している。食べた者は眠れなくなると言う代物だ」
「間も無く現実世界のウタは、体力が尽きて・・・・・・死にます」
『「・・・!?」』


コビーの重い言葉に、ナマエとルフィの目が大きく目を見開かせる。
バルトロメオも驚いた拍子にバリアボールがパッと消えてしまい、中に閉じ込められていたルフィが外へと放り出される。

しかしローは冷静に質問をする。


「そうなれば、おれたちは解放されるのか?」
「――いや、逆だ」


ウタが死ねばこのウタウタの実による世界は閉ざされ、そしてその時、ウタウタの世界にいる者・・・つまりルフィ達は、そのままになってしまう。ファンを永遠にウタウタの世界に閉じ込める、それこそがウタの計画なのだと、コビーとブルーノは説明した。


ウタは自分を犠牲にして人々を永遠の世界に閉じ込めるため、今回のライブを企画したのだ。


「い、イカれてるべ、そんなの・・・」 
「コビー。どうやったらウタを止められる?」


ルフィは真剣な眼差しをコビーに向けるも、コビーは静かに首を左右に振った。
それを探るために潜入したそうなのだが、何もわからないままだそうだ。

ただ戦略はあったほうがいいと考え、コビーの仲間のヘルメッポがここにいる海賊達を集め、さらには麦わらの一味は別行動を取っていると言った。


『!ナミたち、無事なの?』
「連中はエレジアの城に向かった。ニコ・ロビンが遥か昔にこの島で起こった事件について知っていることがあるらしい」

『(――トット、ムジカ・・・)』


すさまじい破壊力を持ち、ひとたび歌えば破壊をもたらすと言われる、幼い頃、ウタが呼び出してしまった禁断の歌・・・。

――ウタの世界の中では楽しいライブが続行中だ。観客達は自分たちがいる場所が現実ではないなどとは夢にも思わず、ウタのライブに熱中になっている。
ライブの音声はエレジアの街を歩くルフィたちの耳へも、かすかに届いていた。


『現実世界でウタが死ぬまでの時間は?』
「残り2時間もないはずだ」


早く手を打たなければ、全員、この世界から一生出られなくなってしまう。そして、ウタも体力を消耗して死んでしまう。

ルフィ達はひとまず旧市街の民家に身を潜めることになり、コビーとブルーノが、ウタを説得しに行くことになった。最初おれも行くと言っていたルフィだったが、今のウタに、例えルフィだとしても説得は難しいだろう。
危なくなったらすぐに戻ります、そう言い残してコビーはブルーノと共にブルーノのドアドアの実の能力を使ってライブ会場へと乗り込みに行った。






「ウタさん、もうこんなことは終わりにするんだ」
「・・・あなたも海軍?天竜人を助けに来たの?」



ステージに突然現れたコビー達の姿を、ウタが警戒するように睨み付ける。
上空を見ると、先ほどまで麦わらの一味が捕まっていた五線譜には、天竜人のチャルロス聖とその護衛、海軍が捕まっており、何が起きたかは一目瞭然であった。


「ぼくはみんなを救うために来た。すべての人々の心を、現実の世界にいますぐ返すんだ」
「なんで!?みんな苦しんでるのに、なんで!?」
「それは・・・・・・」


率直に聞き返され、コビーは口籠った。
海軍として海賊と戦うコビーは現実の世界がいかに残酷なものであるかよく知っている。それなのに、どうしてこの素晴らしいウタワールドを終わらせて、現実の世界に戻らなければいけないのか――コビーはすぐに答えることができなかった。


「あれ・・・もしかしてコビー大佐じゃねーか?」
「おお!本当にコビー大佐だ!」
「コビーさーーん!」


コバーがなぜこうも有名か分からなかったウタが、近くにいたファンに問い出す。
するとコビーはロッキーポート事件で民衆を救ってくれた英雄として崇められているらしく、客席からは一斉に拍手が上がった。

それまで黙って聞いていたブルーノが「おい英雄」と声をかけた。


「おれは能力を使いすぎた。お前から伝えろ」
「・・・はい!ーー皆さん、聞いてください!実は、僕たちがいるこの世界は、現実ではありません!ここはウタが悪魔の実の能力で作り出した架空の世界です。その能力とは強力な催眠術のようなもので・・・」


コビーは声を張り上げ、今のこの複雑な状況を観客達に伝えるために言葉を尽くした。
ウタウタの実の能力のことも、もうすぐウタワールドから出られなくなることも。


「皆さんは騙されているんです。ここから今すぐ脱出するべきです!」


ここが現実世界ではないなどとは、あまりにも突拍子もなくて、観客達もすぐには状況を読み込めていなかった。
時代に客席からは困惑する声が漏れ聞こえ、子供たちが目に涙を浮かべる。


「ウタ、本当に騙して閉じ込めたの?」
「騙してない!私はみんなを騙してなんかないよっ!違うよ、みんな!私はみんなが幸せになるように導いてるだけ!」


ウタが、ここが現実世界ではないこと自体は否定しなかったので、観客たちは顔を見合わせてヒソヒソと囁き合った。皆が困惑する中、ただ1人笑顔なのは・・・ウタのみだった。


「ここは、みんなが望んでいたトコだよ。大海賊時代はもうおしまい!平和で自由な時代が来るんだよ!最高でしょ!?食べ物や楽しいことはいっぱいある!そして、ひどいことをする人や、病気や苦しみはないんだよ!?」


一息に言うと、ウタはパンと、手のひらを打ち鳴らした。
すると会場内が一際明るく輝き、光の粒が舞い落ちながらぬいぐるみやクッション、食べ物などに姿を変える。


「うん、ここで生きて行ったほうが幸せか」
「私もそう思う!外の世界なんてうんざり!」


ウタの信念に賛同する観客は少なくないようだ。
しかし一方で、多くの観客たちは、沈んだ表情のままだ。
自分が幸せでいられる場所に居続けたい者、居心地の良い世界を離れ現実にかえりたい者ーー観客達の意見は真っ二つだ。


「ウタさん、あなたの計画を中止するべきです」
「ッちょっと待ってよ!みんなは、自由になりたかったんじゃないの?病気やいじめから解放されたいってのはウソ?大海の歌姫セイレーンの代わりになって私、必死に――」

「帰りたいっつってんだろ!!」
「・・・・・・え?」


観客の男が吐き捨て、ウタの表情を凍り付かせた。
皆が幸せになれると思ってやったことなのに、怒っている人がいる。この計画のために命まで捧げたのに、どうして喜んでもらえないのだろう。

呆然とするウタの耳に、激しく言い合う観客たちの声が流れ込んでくる。


「やめなよ、ウタはみんなのためにやってくれたんだよ」
「おれ、頼んでねーし」
「やっぱり大海の歌姫セイレーンの代わりにはなれないんだよ、ウタは」
「あんたらうるさい!」
「やりすぎなんだよ、ウタは!」





――――そうか。この人たちは、足りないんだ。これだけじゃ、まだ幸せになれないんだ。もっともっと与えなきゃ。




   



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