EPISODE.07



「っ出せー!帽子を取り戻す!」
「黙れ!それが出来ないからお前をこの中に入れてんだ!」


シャンブルスによって聖堂を脱出したルフィは、バルトロメオと共にバリアボールの中に閉じ込められていた。二人が入ったバリアボールをローとナマエ、そしてナマエの肩に乗っているベポが押しながら坂になった道を登っていく。


「島の反対側から港に出る。ライブ会場には海兵や諜報機関の連中もいた」
『・・・トラファルガー、どういうこと?』
「世界政府や海軍は、ずっと前からウタの能力に目をつけ、ヤツを危険視していたってことだ」
「じゃあ偵察に来ていたってことだべか」
「海軍は恐らくこの島の近くに来ている。誰か捕まえて吐かせれば、ウタの能力も・・・」


言いながら、ローはふと足を止めて背中に差した愛刀の太太刀の位置を直し、ナマエも同じタイミングでふうっと息を吐くと『ベポ疲れてない?』と労わりながら自身の肩にいるベポを撫でた。するとベポはまだ大丈夫、と言わんばかりに武闘家らしく拱手して「アイアイ!」と得意げに胸を張る姿に、思わず笑みがこぼれる。

しかしバルトロメオはローやナマエが立ち止まったことに気づかず、バリアボールの中に入ったまま歩き続けており・・・折しも分かれ道に差しかかってもバルトロメオはなぜか迷うことなく右の道へと進んだ。


『!バルトロメオ、そっちじゃないよ!』


それに気づいたナマエが慌てて声をかける――が、時すでに遅し。
道の先が切り立った崖になっていることに気づかずバルトロメオはバリアボールに入ったまま崖から飛び出してしまい、バリアボールはゴロゴロとおむすびのように崖から転がり落ちていった。

いくらバリアが頑丈だと言っても、ボールの中で回転してるルフィとバルトロメオはすっかり気持ち悪くなってきたのか顔色が紫に変色していく。

バリアボールは一気に転がり落ちると崖の下にあった廃墟をあちこち破壊しながら跳ね回り、ぽーんと高い塔の先端に引っかかっていた。
ヒヤヒヤしたがひとまず観客にも、音符の戦士にもルフィ達の存在はバレていないようだ。


「ッチィ、あいつら・・・!」
『――トラファルガー』
「ああ?」


呆れながらも救出すべく二人の後を追おうとするローを不意に呼び止めるナマエ。
その視線は先ほどまでいた聖堂に向けられていて、ナマエは置いて行ってしまったゴードンが気掛かりだったのか、突然『聖堂の様子を見てくる』と言い出し、思わず「ハア!?」と声を荒げるロー。

――まだウタ達が聖堂にいるかもしれないというのに。ましてやローは一人でルフィ達を見切れる自信がハッキリ言って無かった。ルフィの自由奔放っぷりは、同盟を組んでいた彼にはよく分かっている・・・もしナマエがいなかったらルフィが何を仕出かすか分からない。今別行動になるのはなんとしても避けたかったローが「お前なぁ・・・!」と反論しようとするーーが、ナマエの意思は固く、すでに踵を返し元来た道を戻ろうとしている。


『ルフィとバルトロメオを、お願い!すぐ戻るから!』
「お、おい!歌姫屋!」
「アイアイー!」


ローの制止は虚しくも空回り、ベポは相変わらずナマエの肩に乗ったまま、まるでローに「ナマエはおれに任せてキャプテン」と言うように手を振り、いつの間にか一人と一匹の姿は見えなくなってしまった。・・・どうやら自由奔放はルフィだけではないようだ。


「どいつもこいつも・・・!」








――聖堂まで戻ってきたナマエは、慎重に中の様子を伺った。
見聞色の覇気を使い、人の気を探ってみるが・・・辺りに人の気配は無い。そっと入り口の扉を開け、中を覗いてみると――そこにはなんとゴードンまでもが麦わらの一味と同じように五線譜に磔にされているではないか。


『大丈夫!?』
「!ナマエ君・・・あ、ああ・・・よかった・・・!」


ナマエの姿を見て安堵の息を吐いたゴードンはウタと口論になったのか、傷も負っている様子だ。急いで助けようと五線譜に触れようとした刹那、ゴードンが「歌うのだ」と言い出し、こんな時にどうしたのかと思わず二度見してしまうナマエ。
・・・しかしゴードンの言ってる意味をすぐに理解できたナマエは、ゴードンのちょうど頭の位置にある音符――【ミ】を歌で奏でた。

――するとどうだろう。麦わらの一味がいくら足掻いても外れる事のなかった五線譜から、いとも簡単に解放されたではないか。麦わらの一味もこれで助けられることを知ったナマエは一刻も早くルフィ達に教えなければと急ぐように口を開く。


「ありがとう、助かった」
『ううん。――ねえゴードン。シャンクスとウタに昔何があったのか聞かせて』
「ッ」


幼い頃、自分の娘のことを話すシャンクスの嬉しそうな顔を見て、その愛に嘘偽りが無いことは知っていた。そんなにも愛されていたウタがなぜ赤髪海賊団を抜けてこのエレジアにゴードンと共に暮らしていたのか・・・本当に、大切な家族と離れてまで歌手になりたかったのだろうか?ウタの行動も、シャンクスの行動も何一つとして理解ができていなかった。


「そ、それは・・・」
『何か事情があるのは分かってる。けど・・・私も貴方と同様に、ウタを助けたい』
「!」
『でもその為には、ウタの奥底に閉まってある心の鍵を・・・開けないと』


――何の解決にもならない。

シャンクスの名前が出るたび、ウタは憎悪に満ちた表情をみせ、まるで恨んでいるようにも見てとれる。その心の傷は、想像しているよりももっと大きなものに違いない。ウタの奏でる歌が全てを物語っていたからだ。


――彼女の苦しみ、悲しみから救ってあげたい。きっとルフィも同じ気持ちだ。


ぎゅっと握り拳を作るナマエの真っ直ぐな瞳に見つめられていたゴードンは、暫くして諦めたように重い溜息を吐いた。


「・・・君には、全てを知る権利かあるようだ」
『ゴードン・・・ありがとう!それじゃあ、私急いでるからーー』


見させてもらうね。

そう言ってナマエがキラキラの実の力を解放すれば額から三日月模様が浮かび上がり、ナマエはゴードンの額と、自分のそれをくっつけさせて静かに目を閉じた。


「!?な、なにを」
『しっ。静かに――』


目と鼻の先にいるナマエに慌てふためくゴードンを大人しくさせる。

――間も無くナマエとゴードンの身体は淡い光に包まれ、ナマエは月華憑依げっかひょういの応用を使ってゴードンが今、思い出そうとしている過去を覗いた。








十二年前。
ウタは赤髪海賊団の仲間と共に、音楽の国エレジアを訪れた。煉瓦造りの建物が並ぶ美しい国は当時、王のゴードンによって治められていた。

ウタはゴードンに謁見し、島の人々に見守られながら歌声を披露した。
こんなに大勢の人前で歌うのは初めてだったけれど、緊張はしなかった。近くでシャンクスたちが見守っていてくれたからだ。

大切な家族のそばで、ウタはいつもの通り、自然に歌声を紡ぐことができた。

――脳裏に浮かんだのは、つい最近聞いたナマエの歌声。意識をすればするほど、自身の歌にも磨きがかかるのが分かる。


「すばらしい!君の歌声はまさに世界の宝だ!ここには音楽の専門家たちや楽器、楽譜が集まっている!是非このエレジアに留まってほしい!国を挙げて歓迎する!」


エレジアは音楽を愛する人々の国。そのエレジアの王であるゴードンから絶賛され、ウタは誇らしかった。それと同時に安心もした。自分の歌でも、評価されるほどなのだ、と。


――その夜。
ウタは城のテラスに出て涼んでいた。背伸びして手すりから身を乗り出し、月明かりにぼんやりと照らされたエレジアの街並みに目を細める。

この国は、今まで訪れた国の中で一番居心地がよかった。音楽を愛する人々と、その歴史。昼間に歌声を披露して浴びた沢山の拍手が忘れられない。

でも明日、赤髪海賊団はエレジアを発つ。そうなればこの街に戻ってくることは2度とないだろう。


「ずいぶん楽しそうだったな、ここで歌っていた時」


声をかけられたウタが振り返れば、そこには優しい笑みを浮かべるシャンクスがいて。


「ん?うん・・・」
「おれたちの前で歌うより、大勢の人たちに聞いてもらったほうが楽しかったりしないのか?」
「そんなことないって・・・」


そう答えるウタの語尾には力がない。背伸びしたつま先が、微かに震えてるように見えた。


「なあウタ。この世界に平和や平等なんてものは存在しない」
「・・・?」
「だけど、お前の歌声は世界中の全ての人たちを幸せにすることができる」
「・・・なにいってるの?」
「いいんだぞ、ここに残っても。世界一の歌い手になったら、迎えにきてやる」
「っバカ!!私は赤髪海賊団の音楽家だよ!歌の勉強のためでも、シャンクスたちから離れるのは・・・」


たとえこの国がどれほど居心地が良くてもウタの居場所は赤髪海賊団だ。シャンクスの側を離れるなんてあり得ない。
思ってもみなかったシャンクスの発言に混乱と、ショックで目に涙を浮かばせるウタ。
シャンクスは困ったように笑うとウタと目線が合うように膝をつき、目の前で今にも泣きそうな娘を強く抱き寄せた。


「わかった。そうだよな。明日にはここを離れよう」


ウタはシャンクスの肩に顔を擦り付けて、滲んだ涙を乱暴に拭う。・・・この先何があっても、シャンクスとずっと一緒にいる・・・ウタはそう信じていた。



――その日の夜、城ではパーティーが開かれた。音楽院の者たちはウタがシャンクスと共に間も無くエレジアを出ていくことを知り、最後の機会だから歌声を聞かせてほしいと、ウタにいろいろな歌を歌わせていた。

せっかくの機会だ、国民にも聞かせようとゴードンはウタの歌を国中に聞こえるようにした。

――それが、全ての始まりだった。

ウタの歌声は城の地下に封じ込めていた楽譜を招き寄せてしまったのだ。

その楽譜――"トットムジカ"はいつの間にかウタのそばに近づき、いざなった。ウタの悪魔の実の能力ーーウタウタの実の能力で自由になるために。


封印が解かれた魔王は小さなウタを取り込み、エレジアの人々にその力を振るい始めた。

・・・何も知らないウタは、トットムジカを口ずさみ、魔王を不安から解き放ってしまった。
魔王は黒い渦と共に現れ、身体からビーム光線を発射して次々と街を破壊し始める。
魔王の中には幼いウタがいて、トットムジカを歌い続けている。人々は追い立てられ、魔王の犠牲になった。


「目を覚ましてくれ、ウタ!取り込まれるな!」



ゴードンは何度もそう呼びかけたが、その声はウタに届かなかった。ーー猛威を振るう魔王の前に立ちはだかったのは、赤髪海賊団だ。

船員たちは魔王が召喚した戦士を引きつけ、ライムジュースが得意の電撃攻撃で魔王の防御を破り、覇王色の覇気を纏ったシャンクスが魔王に斬り込む。 


ドン!!


刃に貫かれた魔王の身体が、炎を噴いて爆発する。魔王は変形して反撃を試みようとしたが――突然、シャンクス達の目の前から消え去っていった。

・・・幼かったウタの体力が尽き、眠り込んでしまったことで魔王も消滅したのだ。

魔王は再び封印され、ウタは解放された。しかしホッとしたのも束の間ーー今度は水平線の向こうに大量の軍艦が現れた。エレジアが攻撃を受けているという報せを受け、海軍が派遣されたのだ。

シャンクスは瓦礫を踏みながら、静かな足取りでゴードンに歩み寄る。


「ウタには黙っていてくれないか。事実を知らせるのはあまりにも酷だ」
「ああ・・・海軍には私のせいだと伝えよう」
「いいや、おれたちだ。赤髪のシャンクスとその一味、赤髪海賊団がやった。ウタにはそう伝えてくれ」


目を見開かせたゴードンが、シャンクスをみつめる。


「・・・あの子を置いていくつもりか?」
「あいつの歌は最高なんだ。海軍に追われるおれたちがその才能ごと囲っちまうわけにはいかない。あんたの手で、最高の歌い手として育ててくれ」


軽く笑ってそう言うとシャンクスは大切に抱えていたウタをゴードンに渡した。
――気丈に振る舞っているようだが、目の縁が本心を滲ませて揺れている。


「こいつの歌声に罪はない」
「シャンクス・・・」


ゴードンは胸を張り、シャンクスだけでなく、遠くにいる他の赤髪海賊団にも聞こえるように大声を張り上げた。


「承知した!エレジアの王ゴードンは、音楽を愛していた全ての国民に誓おう。必ずウタを、世界中を幸せにする、最高の歌い手に育て上げる!!」


海軍が到着する前に赤髪海賊団は港を立った。
眠っているウタを残し、エレジアについての全ての罪を被って――。


「ん・・・ゴードン、さん?」
「!目を覚ましたのか・・・」
「・・・!?何が起きたの?シャンクスたちは!?」
「ッーー全てを、奪われた!!みんな、みんな・・・殺された・・・」


全てはウタと、シャンクスのため。ゴードンは胸が張り裂ける思いで、真っ赤な嘘を吐き続ける。


「あいつらは君の歌声を利用してエレジアに近づき、この国の財宝を奪う計画だったんだ」
「あいつらって・・・」
「赤髪海賊団だ!」


――時間が止まったようにウタはその場に凍りついた。
火の粉が熱風に乗って飛んできて、ウタの肌をジリジリと焼く。建物は傾き、崩れ落ちて、あちこちで火の手が上がっている。あの美しい街を、こんな惨状にしたのが赤髪海賊団のせいだというのか。


「君もずっと騙されていたんだ!赤髪海賊団とシャンクスに!」
「嘘だ!シャンクスが私を置いていくはずがない!!」


叫びながら、ウタは港へと走り出した。赤髪海賊団の船はすでに出航しており、炎を反射した真っ赤な水平線に向かって、レッド・フォース号が遠ざかっていくのが見える。


「シャンクス!!置いていかないで!!」


海に飛び込もうとするウタを慌てて引き止めるゴードン。

レッド・フォース号はどんどんと遠ざかっていく。
涙でぼやける視界の中で――甲板に、赤髪海賊団のみんながいるのが見えた。それぞれの手にグラスを持ち、積み上げた宝箱の上に座って乾杯している。

その光景がウタにとってはまるでエレジアを滅ぼしたことを祝っているかのように見え、誰一人として港を振り返ろうともせず、悲しみの表情から一変ーーウタの顔はみるみるうちに憎しみへと変わっていく。


「なんで・・・・・・っなんでだよ・・・・・・あああぁぁあーーー!!!!!」


――ウタの声は、赤髪海賊団の全員に聞こえていた。しかし誰一人として振り返らないよう無理矢理に笑顔を作り、堪えた。


「ウタ。離れていてもお前は一生、おれの娘だ。だから――」


シャンクスは酒を注いだジョッキを高々と掲げる。


「笑って別れよう、おれたちの音楽家の大事な門出だ!!」


木製のジョッキがぶつかり合い、鈍い乾杯の音があちこちで響き渡る。
涙が溢れても、意地で笑顔を浮かべてそれぞれの酒を一息に飲み干した。






『・・・っ、シャンクス・・・なんてことを、』


全てを見たナマエは悔しそうに唇を噛み締め、肩に乗っていたベポが「アチョー・・・」と心配そうに見つめている。

――ウタを守りたい一心で取ったシャンクスの行動は、本当に正しかったのだろうか。
いまのウタは、ファンに囲まれ、大好きな歌を世界中の人に聞いてもらい、シャンクスの望んだ通り・・・世界一の歌い手となった。けれどーーそれでウタは本当に幸せなのだろうか。自分の歌を本当に聞いてもらいたい人が、他にいるのではないか。

キッと瞳を鋭くさせたナマエは踵を返すと聖堂を飛び出した。







   



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