EPISODE.06
男に促されるがまま、ルフィたちは聖堂の中に身を隠す。
室内は薄暗く、天窓から差し込む光だけが唯一の光源だった。扉を閉めればほとんど外の音は聞こえず、ここなら身を隠すのに安全そうだ。
「ふー、助かったべ」
「・・・ルフィ君と言ったね」
「ああ。おっさんは誰だ」
「ーー私はかつてこの国エレジアを治めていたゴードンという者だ」
「国って・・・この島、建物はあるけど人っ子一人いねェべさ」
不可解そうに呟くバルトロメオ。ここへ来るまでの間に廃墟と化した街を通り抜けてきたが、建物こそ残っていたものの人が住んでいる形跡などは全くなかったのだ。
一体どういうことなのだろうか・・・説明を求めるバルトロメオの視線に、ローが答える。
「かつてエレジアは、世界一の音楽の都として栄えていたはずだ。ある日、一夜にして全て消え去るまでは」
『!一晩で・・・国が消えた?』
「ある大海賊に襲われたって噂だが・・・」
言葉を濁したローが、ゴードンに視線を向ける。
「・・・・・・ウタの話をしよう」
ゴードンは重たい口調で、話し始めた。
――ウタは、この国民がいなくなったエレジアでゴードンに育てられてきた。
しかし此処にいるのはゴードンとウタの二人きり・・・ウタは、寂しかったのだ。ゴードンの前では気丈に振る舞っていたが一人になるといつも仲間達との思い出を口ずさんでいたそうだ。
「私はそんなウタを励ますように、彼女を世界一の歌い手にするため育ててきた。あの子のためにパイプオルガンを弾き、楽譜の書き方を教えた。苦手な料理もウタのために特訓して――」
カタンという音に水を差され、ゴードンは言葉を切った。見るとルフィが椅子の上に木切れやら石やらを並べて遊んでいる。
本当に聞いてるのか、とルフィに問いかけるゴードンにナマエが『続けてください』と申し訳なさそうに言うと・・・今度はパッパカパカパカと場違いに明るい音が鳴り響き、ベポの服がカラフルに輝き始めた。
ライブ用に着てきたコスチュームのスイッチを間違えて押してしまったベポは「すんません」とスイッチを切り、ゴードンは気を取り直してまた話し始める。
「その歌声はまさに天からの贈り物だった。人々を幸せにし、世界を平和で包む力を持っていた。――かつての、"大海の歌姫"・・・ナマエ君のようにな」
『・・・・・・』
「!おっさん、ナマエのこと知ってたのか」
「ああ。ウタは幼い頃からずっと言っていた・・・世界には自分よりももっと凄い歌手がいる。いつかその人を超えてやる、と。・・・ウタにとっては生きる目標だったのだろう。あのウタがそれほどまでに気にする人物など、この世でたった一人・・・"大海の歌姫"以外に考えられん」
日々、磨きを上げていったウタの素晴らしい歌声を、どうやって世界に届けるかが問題であった。
彼女は外の世界をほとんど知らずに育ったから。
――だが、そのタイミングは意外な形で訪れた。二年ほど前、エレジアの海岸を歩いていたウタは偶然拾ったのだ。流れ着いた新種の映像電伝虫を。
それは、音声と映像を不特定多数に向けて発信できる代物で、ウタは解き放たれたように自分の歌声を外に向けて発信するようになった。
彼女の声はファンを魅了し、その時丁度大海の歌姫がいなくなった事も相まって、まるで世界を覆い尽くすように瞬く間に広まっていった。
「・・・だが、外の世界の現実を知るうちに彼女の中に新たな自覚が芽生えていった」
大海賊時代は戦争や血が絶えない。最初はただ歌を聞いて貰えばよかったのに、いつも間にかウタのことを救世主だと崇めるファンが増えていった。混沌とした時代に生きる人々は皆、ウタの歌声に救いを求めていたのだ。
――ウォーターセブン、ローグタウン、アラバスタ・・・世界中の人々がウタの歌声を受け取り、電伝虫を通して、賛辞と感謝の言葉をウタに届けた。
自分の歌を聞いて喜んでくれる人たちからの声は、孤独だったウタの心を勇気付けた。
「やがてファン達から、ウタの元に手紙が届くようになった。ウタの声は、海賊に虐げられながら生きている人々の心を、綺麗な花のように癒した」
海賊たちに村を燃やされた怒りも、家族を傷つけられた悲しみも、助けを望めない虚しさも、ウタの曲を聞いている間だけは忘れることが出来る。
そんな人々からの手紙を読んで、ウタは初めてエレジアの外には残酷な世界が広がっていることを知った。
「・・・そして決意したのだ。自分の歌を愛してくれる人々のために、"新時代"を作ることを」
『・・・・・・』
「っ頼む、ウタの計画を止めてくれ!ウタの友人だったルフィ君、そしてウタの生きる"目標"だったナマエ君!二人ならできるはずだ!」
ゴードンの悲痛な叫びが聖堂の中に響き渡る。
しかしナマエはすぐに頷けず複雑な表情を向けた。ーー同じ歌姫だったからこそ、ウタの気持ちも痛いくらい分かるからだ。一方のルフィはろくに聞いておらず、石や木片をいつの間にか頭の高さまで積み上げながら「あいつどうしちまったんだろうなー」と独り言のようにボヤいていた。
「計画というのは、このライブのことか」
ローが一歩前に進み出て聞くと同時に、背後でパッパパー!と陽気な音が鳴った。またベポが妙なスイッチを押したのか、と呆れ混じりに振り返ってみるが――その考えは違った。なんと、ベポが掌に乗りそうなサイズまで小さく縮んでいるではないか。
『「ベポ!?」』
「くまー!!」
ベポはつぶらな丸い目でローとナマエを見上げ、短い腕をぶんぶん振りながら「あちょー!」と何かを一生懸命に訴えている。話まで出来なくなってしまったようだ。
「動かないで!なんでもできる私に勝ち目はないって分かってるよね」
――聖堂の入り口が開き、低い声で言いながらこちらに向かって歩いてくるウタ。ベポはウタの能力で変化させられてしまったのだ。
ウタの背後、聖堂の外には大勢の観客が道を塞ぐように立っている。
ウタはルフィ達から、その背後にいるゴードンに冷たい視線を向ける。
「ゴードン、なんで海賊と一緒にいるの」
「ウタ、お前なんでシャンクスの船降りたんだ?赤髪海賊団の音楽家って言ってんだから戻ればいいだろ。シャンクスのとこに」
「・・・うるさい!もうシャンクスの話はやめて!!」
ウタは掠れた声で激昂して叫び、その声は聖堂に反響する。
バリバリと空気が震え、衝撃波が巻き起こり小さくなったベポが吹き飛ばされそうになるも、咄嗟にナマエがベポを両手で優しく包み込む。
強い衝撃波はルフィの麦わら帽子を舞い上がらせ、それはウタの真上でピタリと制止した。
――ウタは一目見た時から、この帽子がシャンクスのものだと気づいていたのだ。
「ねえ、ルフィ。ひとつなぎの大秘宝とか海賊王とか、シャンクスの帽子とかくだらないものは全部捨てて、私と一緒に楽しく生きようよ」
「おい、ふざけすぎだ!!」
「美味しいもの食べて、チキンレースとか腕相撲やってさ、昔みたいに笑って過ごそ?」
「帽子、返せ!シャンクスの帽子!!!」
ルフィは大切な麦わら帽子に気を取られ、ウタの言うことをほとんど聞いていない。
「・・・分かった。ルフィ、あんたは、新時代には
・・・いらない。――ねえ、ナマエは分かってくれるよね?世界は、貴方の歌で救われていた。今なら間に合う・・・だから、私と一緒にーー」
『私は、もう歌姫でも"大海の歌姫"でもない。麦わらの一味の音楽家・・・ポートガス・D・ナマエだよ』
「っ・・・!!!!」
真っ直ぐな瞳で言い切れば、ウタは冷酷な表情でスッと目を細めた。
帽子を取り返そうとルフィはウタに向かっていこうとするが、ウタの能力の詳細が分からないまま戦うのは危険だ。慌ててバルトロメオがルフィの肩を掴んで押しとどめ、ウタがその様子に気を取られた一瞬の隙にローが能力を発動させ、外に生えてた大木と、ルフィ達を入れ替えさせた。
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