EPISODE.05
「みんなはさァ!海賊をどう思う!?」
ウタに煽られた観客達は口々に海賊への恨みを叫んだ。
街を焼かれた者、身内を殺された者・・・悲痛な叫びをする者の中には小さな子供もいた。
これまでに自分を苦しめてきた海賊への憎しみを観客たちは今、目の前のナマエとルフィにぶつけていた。
もちろんナマエもルフィもそんな事は一切したことはない・・・が、彼らにとって海賊とは、そういう存在として括られている。
その時、ルフィを捕らえていた五線譜が消え、身動きが取れるようになったルフィは自身を守るように立っていたナマエの前に腕をやり、一歩、後ろに引かせる。
「ウタ・・・おれの仲間を――っ!?」
――パシャッ!
突如ステージに降りてきた観客達が桶に組んだ海水をルフィにぶちまける。幸い、ルフィの後ろにいたナマエには掛からなかったものの、頭から海水を浴びたルフィは力無く声を漏らしながらその場に倒れ込んでいき、慌ててナマエが支える。
『ルフィ・・・!』
「あ、あァー・・・」
「ウタちゃんに近づくな、海賊が!」
「海水で力が入らない能力者なんて怖くないぞ」
怒りの形相を浮かべる観客達から、ウタへと視線を移したナマエは唇を噛み締めた。ルフィは海賊だが、彼らの憎むような行動はした事がない。むしろルフィはこれまでたくさんの人々を苦しみから救ってきた。しかし頭に血が昇っている今の彼らに説明をしたところで、その言葉は届きはしないだろう。
麦わらの一味も捕まり、ルフィもこの状態では最悪の事態になりかねない。
ひとまず撤退をしようと空を見上げ、うっすらと映る白亜の満月に目を細めたナマエがキラキラの実を解放しようとした、その刹那ーー。
「バリアボーール!!」
『「!」』
叫びながらステージに降り立ってきたのはーーバルトロメオであった。
驚く暇もなくバルトロメオは球体状のバリアを展開させると自分とルフィ、ナマエを包み込み、観客たちはバリアに阻まれて二人に近づくことが出来なかった。
「ロ、ロメ男・・・?」
「ルフィ先輩、ナマエ先輩!ウタ様はなんかヤベェべ。勝てる気がしねェべ」
そう言うバルトロメオは全身ウタグッズで固めていた。ウタのファンとして偶然、このライブに来ていたようだ。
「おれは・・・負けてねェ」
「出た、負け惜しみィ」
意地悪くウタがそう言った瞬間、周囲の色相が変化する。まるで丸い何かに包み込まれたかのようなフィールドが展開され、それに見覚えのあったナマエから「もしかして」と安堵の笑みが溢れる。
――ウタが瞬きした次の瞬間、ルフィたちの姿がステージ上から消え、代わりに大きな石が現れた。
ルフィ達は気付けば石造りの水道橋の上にいた。すぐそこにはウタのライブ会場が見える。
「何だべ?ここはどこだべ?」
バルトロメオが驚いていると、橋の袂からトラファルガー・ローがゆっくりと歩いてきた。
ローの能力、シャンブルズでルフィたちと水道橋の一部を入れ替え、助けてくれたのだ。
「おめェもウタ様のファンだったんだべか、トラファルガー」
「違う、付き合いだ・・・・・・ベポの」
「・・・・・・すんません」
不本意そうに言うローの背後からベポがおもむろに姿を見せた。バルトロメオ同様、全身ウタグッズで固めUTAと書かれた大きな電飾まで背負っている。
ベポはナマエを見つけるなり側へと駆け寄り、心配そうに顔を覗く。
「ナマエ、大丈夫?」
『ーっ、』
一部始終を観客席から見ていたベポとロー。大丈夫か、と聞かれてナマエはベポの優しさが心に染み渡ったのか目頭が熱くなるのを感じ、一旦ルフィをバルトロメオに預けると目の前の白の巨体にもふりと抱きつき、『大丈夫だよありがとうベポ』と幸せそうに微笑んだ。
その様子を見ていたローもまた、「ああいう奴らには好きに言わせておけばいい」と、ナマエを気遣うように声をかけてくれた。
――非道な海賊もいる。けれどこんなにも心優しい海賊だっているというのに。なぜ、分かってもらえないのだろう。
「トラ男・・・ありがとう・・・へへ」
屈託なく笑顔を見せるルフィだが、海水で濡れた身体にはまだ力が入らないのかその表情は弱々しく、バルトロメオに支えられないと自分で立つこともできない。
「笑ってる場合か、麦わら屋。あの女の能力を解き明かさない限り・・・」
ローは一度言葉を切り、飛んできた海水のしぶきを迷惑そうに避けた。ルフィが体を犬のように震わせて濡れた身体の水滴をはらったのだ。
側にいたナマエはバルトロメオのバリアのおかげで守られ、ナマエがお礼を言えばバルトロメオは「なんつー神々しい光ィ!?」と騒がしく仰け反ってたのは言うまでもない。
「任せろ、ウタには184連勝中だ」
自信たっぷりに言うルフィだが身体は脱力したまま、まだ動けそうにない。
どこか身を隠せる場所を・・・と思ったその矢先、背後から「あ、いた!」と明るい声が聞こえた。――ウタだ。
ライブ会場から消えたルフィ達を探しに来たらしい。
「いったん退くぞ!」
ウタが来たのが嬉しくてベポはついつい状況を忘れて手を振るもローに一喝され、慌ててナマエを傍に抱え走り出す。
ルフィはバルトロメオが抱えており、逃げる五人を見送りながらウタは楽しそうに叫んだ。
「海賊が逃げたよ!さァー、みんなで海賊狩りをやろー!」
ウタの一声に誘われ観客達がゾロゾロと姿を見せる。マーチングバンドの演奏に合わせて列を組み、ルフィたちの後を追う。
――エレジアの街はすっかり朽ち果て、ほとんど廃墟と化している。
今にも崩れ落ちそうな煉瓦の建物の合間を縫うように、ルフィたちは旧市街を奥へ奥へと進んだ。
『べ、ベポ、私自分で走れるよ』
「アイアイ!これくらいへっちゃらだからやらせてよ!ナマエ、軽いし!」
『ーーっ(可愛い!)』
「まいったな。あいつら捕まっちゃった。線にくっついてるだけみたいだし、大丈夫だと思うけど・・・」
自分もそれどころではない状況のはずだが、仲間の心配をするルフィ。
そんなルフィを抱えて走りながら、バルトロメオは憧れのルフィを運べてると言う感動から喜びの涙を流しながら走り続けた・・・が。
――ゴンッ!!
バルトロメオは目の前にあった建物に気づかず、煉瓦の壁にまともに頭をぶつけてしまった。
くらりと後ろに倒れそうになったバルトロメオを助けようとベポがナマエを抱えてない方の手でルフィの腕をつかむ。
助かった、そう思ったのも束の間――。
ありがとうと言いかけたルフィの腕がぐにょんと伸びきり、結局バルトロメオもルフィもひっくり返って頭をぶつけてしまった。
「何やってんだ、早く逃げるぞ!」
痛がるバルトロメオを急かし、先を急ぐロー。
勾配のきつい街を進み、斜面に沿って段々に造られた建物を屋根から屋根へと飛び移る。
――ふと振り返ると、エレジアの街並みが見渡せる高さまで到達していた。
ウタに先導された観客達のパレードが街中を進み、空にはたくさんの音符の戦士が飛び回っている。・・・みんな、ルフィ達を探しているのだ。
「うわーー、なんかいっぱいだ!」
『このままじゃ囲まれちゃうね』
「――君たち」
突然声をかけられ、肩を跳ね上げるバルトロメオ。・・・しかし、追っ手とは違った様子だ。
頭頂が禿げ上がり、両脇の髪だけを長く伸ばしたサングラスの男が、朽ちかけた聖堂の扉を少しだけ開けてこちらに視線を向けていた。
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