EPISODE.03



騒動はあっという間に収束し、ウタの強さに感動した観客達は盛り上がりを見せていた。
ウタがシャンクスの娘だと聞いた時には、海賊側の人間なのかと心配したファン達だったが、杞憂だったようだ。
先ほどまで不安げだった子供たちもほっと胸を撫で下ろしており、これでライブも無事に再開できるだろう。


麦わらの一味はステージを降りると客席に戻るため、海の上に渡された花道を歩く。


「あいつはなんかの能力者なのか?」


歩きながら、ゾロが隣にいたナミに聞く。
先程の戦闘を見る限り、ウタはどんな攻撃を喰らってもダメージを受けていなかった。何らかの能力者であることは間違いなさそうだが、特に公表されていることがないのでナミ達も知らないようだ。
ルフィ達が客席に戻ったのを見届けたウタは変身を解くと元のワンピース姿に戻り、改めて客席に向き直る。


「ここで!みんなに嬉しいお知らせがあります!いつもの映像電伝虫を使った配信ライブは、私が疲れて眠くなっちゃうからすぐに終わっちゃうけど、今回のライブはエンドレス!永遠に続けちゃうよ!」


永遠に続ける・・・そんなこと、あり得るのだろうか?
観客たちも、このライブを映像を通して見ている世界のファンたちもきょとんとして互いに顔を見合わせる。


「そう!みんなとずーっと一緒にいられるってこと!配信で楽しんでるみんなも!この会場にいる君たちも!もっともっと楽しんじゃおう!」


ウタが声高に宣言すると、おぉー!と会場にどよめきが走った。
観客たちは声をそろえてウタに声援を送り、満足そうに微笑んだウタはステージの前方へと進み出ると映像電伝虫を通して世界中の視聴者たちと視線を合わせた。


「それとねー、大事なお話!海賊のみんな、さらに海軍、世界政府の人たち。このライブの邪魔をしないで。みんな、楽しいこと、幸せなことを探しているの・・・ひどいことをやったら、覚悟してもらう。ーー私は新時代を作る女、ウタ!歌でみんなを幸せにするの!」
『・・・?』


ふと、胸の奥がざわめき空を見上げるナマエ。青空にうっすらと浮かぶ白い満月・・・なんだか、いつもとは違う気がして、妙な違和感を覚えた。その違和感がなんなのか、答えが分からないまま客席の照明が落ち、ウタは自信に満ちた表情で次の曲を歌い始めた。

――会場ではウタのライブが続いていた。音符の形をしたフロートに乗り、ウタはファンに手を振りながら会場中を飛び回っている。

今回のライブはエンドレス・・・その言葉通り、何曲歌ってもウタは疲れを見せず、会場は盛り上がり続けた。


「ライブはまだまだ続くけど、みんなお腹すいたりしてないー?よーし、食べ物とか楽しそうなの、いっぱい作っちゃう!」


ウタが両手を広げると、フロートから大量の音符が飛び出した。音符は食べ物やぬいぐるみに変化して四方八方へと散っていき、この会場では好きなものが好きなだけ手に入った。
ウタが出す音符は、何にでも変化するのだ。


「私と一緒ならどんな夢でも叶う!みんなを怖がらせるものなんて、どこにもない、新時代、サイッコー!」


観客たちは大喜びだ。可愛くて優しくて歌が上手くて、いつでも何でも好きなものをくれる。どんな夢でも叶えてくれる。観客たちにとってウタはまさに神のような存在だった。


「ナマエちゅわぁん!なんだか元気がないようだから君の大好きなクリームソーダを、愛を込めて作ったよぉおお!」
『っ、あ、ありがとう』
「サンジ、おれにもー!」
「うるせェ!野郎にやるモンはねぇんだよ!」


ナマエは仲間に心配をかけてしまったことに深く反省した。妙な違和感は相変わらず感じるものの、このまま難しい顔をしていても周りに迷惑をかけてしまうだけだ。
気にしないようにしよう、と心に誓いながら一口、サンジお手製のクリームソーダを飲めば・・・曇っていた表情は嘘のように一瞬で晴れ、満面の笑みでナマエは『すごく美味しいよ、ありがとうサンジ』と礼を言った。

その絵になるような笑顔はサンジにとって刺激が強過ぎたのか、「ぐはあ!女神!!」と吐血して倒れ、チョッパーが慌ててレスキューに入っている。


「ここはコックにとって天国だな・・・」


両鼻にティッシュを詰め込みながら、サンジは満足げにつぶやく。ウタが食材を用意してくれるので、何でも好きなものを作ることができるのだ。
鼻歌を交えながら料理していたサンジは、野菜箱に入ったキャベツを取ろうとして、ふと、小さなキノコが混じっているのに気づいた。

――――ネズキノコだ。

顔を顰めたサンジはネズキノコをゴミ箱へ放り投げた。


「これ、何の能力かな?」


ミルクを飲んでいたチョッパーが、客席に色んなものを配っているウタを見上げる。
悪魔の実の能力にしては何でも出来過ぎで、これだけ万能なの能力が本当にあるのだろうか。


「ルフィ、あんたウタの友達なんでしょ?なんか知らないの?」
「あいつ、昔っから歌はめちゃくちゃ好きだったぞ!」
「はあ?」
「もしかしたらウタさんは、万能の力を与えられたのかもしれません。音楽の神様に・・・・・・」


冗談でもなさそうな口調で言うブルックがヨホホホと笑う。

――と、その時、音符に乗ったウタが一味の席へと滑り降りてきた。


「ルフィ!みんな!楽しんでる?」
「はひ!プリンセス・ウタ!」
「変わった食材もあるしね。天国だよ、ここは」
「楽しいことだらけだな!」

「よかった、ルフィの友達にも喜んでもらえて」


愛想よく言うと、ウタはカレーに夢中のルフィに顔を近づけて「ねぇ、これで全員?」と眉を顰めた。


「あァ」
「そんなことないでしょ?その帽子の・・・」
「ホントだって」


ルフィが遮るように言うと、ウタはムッとした表情を浮かべた。


「ルフィ、久しぶりに勝負しない?」
「今のおれに勝てるわけねェだろ」
「何言ってんの!私が183連勝中だってのに!」
「違う!おれが183連勝中だ!」


ロビンから認識の違いが激しすぎると冷静なコメントが出る。興味を持ったナミが勝負の内容を聞いてみれば、昔、ルフィとウタは様々な対決をしていたらしい。
ナイフ投げ、腕相撲・・・昔を思い出していたウタは突然「よし!」と何か思い立ったのか人差し指を立てた。


「今日の種目はこれにしよう。チキンレース!早く食べたほうが勝ちね!」


ウタの身体から音符が飛び出し、あっという間に勝負の舞台が出来上がった。
ルフィもウタもやる気満々で、モモ肉のローストチキンが一皿ずつ二人の目の前に現れ、そして二人の背後に巨大な牛が現れる。
ウタもルフィも目の前のチキンを全て食べ終えるまで牛から逃げてはいけない・・・それが、二人がよくやっていたチキンレースのルールだ。

開始と共に牛は二人に突進してきて、ウタは両手で肉を掴み次々と口の中に詰め込んでいく・・・が、ルフィは皿をドンと叩いてチキンを浮き上がらせ、大口を開いて一気に平らげたではないか。

ルフィはウタに勝ち誇った表情を見せるが、まだ食べきれていないウタは口角を持ち上げると音符を出してオレンジジュースの入ったグラスに変え、ルフィに差し出した。


「ルフィ、はいジュース」
「うわ!ありがとう!」


ルフィは何の疑いも持たずジュースを受け取り、その隙にウタは残った肉を全て頬張ると、飛び上がって離れた。

――直後、突っ込んできた猛牛はルフィを吹き飛ばし、勝負はルフィの素直な心を逆手に取ったウタの作戦勝ちとなった。


「ずりぃぞウターー!!!」
『っ、ルフィ!』


不満そうに叫ぶルフィが落ちていく先は、海面だ。たっぷりの海水が波音を立ており、その中にボチャンと落ちてしまった。

ゾロ達が助けに入ろうと手すりに手をかけた瞬間、ウタが出した音符がルフィの身体を引き上げて元いた升席まで届けられる。


「そっか、ルフィも悪魔の実を食べたんだものね。ごめんごめん」
「ぜぇ、はぁ・・・っさっきのは反則だ!もう一回!」
「出た、負け惜しみィ」


楽しそうに笑うとウタはルフィにぐっと顔を近づけて、囁いた。


「私が勝ったんだから。教えてよね。シャンクスはどこ?」
「知らねー」
「だったら、その麦わら帽子は何?」
「これは預かってるだけだ」

「ねえねえ、ルフィとウタってどこで知り合ったの?」


ウタの質問にそっけなく答えるルフィに、ナミが口を挟む。
ルフィの話によればウタはルフィの故郷フーシャ村にシャンクスたちと一緒に来ており、当時シャンクス率いる赤髪海賊団は、フーシャ村を航海の拠点にしていた。


「あら?フーシャ村なら、ナマエとウタは会ってないの?」
『私はフーシャ村にはいなかったの。でも私もその頃かな・・・シャンクスと出会って、人目を避けて岬でよく二人で会ってたの』
「!岬・・・・・・ナマエ・・・?」


ナミとナマエの会話が聞こえたウタは、脳裏に幼き頃の記憶が思い浮かんだ。





ーー12年前。
あれは、ルフィとウタがいつものように勝負をして、仲間達と盛り上がっていた時だ。
ふと、シャンクスがいないことに気づいたウタが探しに行けば、村から少し離れた、海が見渡せる岬に見覚えのある赤い髪を見つけた。その隣にはフーシャ村では見かけない、パステルピンクの長い髪が特徴の、自分と同じ背丈の少女がいて。

声をかけようと思ったけれどなんとなく声がかけづらかったウタは草木の茂みに身を潜めて二人の様子を伺っていた。
・・・自分とさほど変わらないであろう少女は、とにかく"綺麗"というのが印象的だった。シャンクスと色々な島を航海してきたウタだったけれど、あんなにも美しい容姿の人間は見たことがない。まるでお店に飾られている人形のようだ。

楽しそうに笑い合い、触れ合うシャンクスを見て、その愛は自分だけに向けられていたと思い込んでいたウタは子供ながらに小さな嫉妬を覚える。


「(シャンクスは私のお父さんなのに・・・っ)」


風が強く、会話は分からなかったがシャンクスは少女のことを「ナマエ」と呼んでいるのだけはハッキリ聞こえた。

すると少女は徐に立ち上がり、海を眺めながらーー歌を歌い始めた。


「っ」


聞いたことのない、澄み渡るような歌声。

赤髪海賊団の音楽家、歌姫として自信満々に振る舞っていたウタは、まるで時が止まったように微動だに動くことができなかった。
呼吸するのも忘れてしまうほど、少女が紡ぐ透き通るような声は酷く心地が良く、綺麗で美しくて、そして、それを聞いているシャンクスが少女に向ける表情は、決して自分に向けるそれとは違っていて。



――――――負けた。



勝ち負けの世界ではないが、当時幼いウタにとって、自分が1番の歌姫だと思っていたのが急に恥ずかしく思えるほどに実力の差を見せつけられ、居ても立っても居られなくなる。

そしてナマエが歌い終える頃にはその場から逃げるように立ち去っていた。


『・・・?』
「どうした?ナマエ」
『ううん・・・さっき、誰かそこにいた気がして・・・・・・』
「・・・・・・そうだ。俺にもお前と同じくらいの年頃の娘がいてな。赤髪海賊団の音楽家なんだ。もし機会があったら、仲良くしてやってくれ。きっと二人とも仲良くなれる」
『!う、うん・・・!会ってみたいな、シャンクスの子ども』


――二人の会話はウタ本人には届くことはなかった。そしてその後、ナマエとウタが出会うこともなかった。







「そういやお前、急にいなくなったよな」
「っ」


ウタと同じように昔を思い出していたルフィが、首を捻る。


「急にってどういうことだ?」
「えーっとォ・・・確かァ・・・おれはシャンクスたちが帰って来るのをいっつも待ってたんだ。でもあの日――」


血の気の多いルフィは赤髪海賊団の航海には連れて行ってもらえず、いつもフーシャ村でみんなが帰るのを待っていた。レッド・フォース号が港に戻ってくるとルフィはいつも走っていって、海賊達を迎えた。

でも――その日はいつもと違った。
船員たちは疲れ切った表情で、ルフィの言葉に耳も傾けず船を降りていく。
航海の話を聞きたかったルフィはウタが船から降りてくるのを待っていたが、いくら待ってもウタは降りてこない・・・いつもは真っ先に降りてきて、得意げに冒険の話を聞かせてくるのに。

だんだんと不安が募る中、船から最後に降りたのはシャンクスだった。
どこか頼らないような足取りで、一歩ずつタラップを降りてくるシャンクスにウタのことを聞けばシャンクスは「ウタは歌手になるために船を降りた」と、不安がるルフィの頭を撫でながらそう言ったそうだ。


当時の様子を聞いたウタの表情が徐々に曇っていき、「へェ」と乾いた声を出す。


「なァウタ、お前なんで急に海賊になるのやめたんだよ。あれだけ赤髪海賊団が好きだったのに」
「・・・海賊より、歌手になりたいって思ったから。ほら、私、二年くらいの活動で世界中にファンができるほどだし」


――フードを目深く被っていたナマエは、ふと視線を感じ、顔を上げてみればジッとこちらを向いていたウタと目が合った。
しかしその視線はすぐに逸らされてしまい、ウタは再びルフィに向き直る。


「それよりルフィは?今、何やってんの?」
「決まってるだろ。海賊だ」
「・・・・・・そっか。海賊か・・・」
「ああ。海賊王になるんだ、おれ!」


てらいなく言うルフィを見つめ、ウタの纏う空気が一瞬にして変わる。


「・・・・・・ねえ、ルフィ。海賊やめなよ。一緒にここで楽しく暮らそう。友達のみんなも私のファンなんでしょ?一緒にいたほうが楽しいよね!?」


ウタの明るい声が、空々しく響く。
ルフィは手に持っていたバーベキューの肉を口の中に放り込むと、そのまま升席から出て行こうとした。


「ちょっと!聞いてんの、ルフィ」
「ウタ。久しぶりに会えて、嬉しかった!肉も食ったし、おれサニー号に帰って寝るよ」
「はァ?」
「お前もやりてェことやってるみたいだし、良かった!じゃあな!」


階段を降りていくルフィに続いて、麦わらの一味も立ち去ろうとする。皆、それぞれにやりたいことがある。一生ここに留まり続けるわけにはいかないのだ。


「帰らせないよ!ルフィとあなた達は、ここで永遠にずっと、私と楽しく暮らすの」
「何言ってんだお前」


ゾロが呆れてウタを振り返ると、その声は明るいものの、目も口も笑っていない。


「ウタ、あなたの歌好きだけど、さすがにずっとは・・・」


言いかけたナミに向かって、ウタは音符を弾き、ナミは弾き飛ばされてしまう。
慌ててナミに駆け寄るサンジにもウタは指を向けて、五線譜が伸びていきサンジとナミを同時に拘束したではないか。


「みんなー!!また海賊を見つけたよ!どうしよう?」


海賊が、まだこの会場にいる。

観客達の表情が一斉に強張る。ここには、海賊に散々苦しめられてきた者達ばかりしかいない。




   



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