EPISODE.01
海は空よりも少し濃い青色をたたえて静かに揺れている。
海場に設置されたライブ会場は人々の熱気に包まれており、あちこちにフードの屋台が並び、巨大な物販ブースではオリジナルグッズが続々と完売している。
フランキーは会場をひとしきり見回すと、溢れんばかりの人の多さに感心せざるを得なかった。
「あのウタが初めてファンの前でやるライブだからね」
「今までは映像電伝虫でしか見たことなかったからな」
「巷では"大海の歌姫"の後継者とまで言われてるらしいわよ。ちょっとナマエ、マズイんじゃないのー?」
ウタ――それが、今日この会場でライブをする少女の名前だ。ウタの持っている映像電伝虫は特別で、不特定多数の相手に向けて同時に映像と音楽を発信することができる代物。
その機能を使い、ウタはこれまで、世界中のありとあらゆる場所へ自分の歌声を届けてきたのだ。
やり方は違えど、ナマエと同じ世界の歌姫として、ここ最近名声を上げてきたウタに人気奪われちゃうわよ、と冗談ぽく言うナミに対し、様々な音符の描かれたターコイズブルーのフードを目深く被っているナマエは一瞬、顔を上げると長いまつげで縁取られた大きな瞳を、困ったように細める。
『何もマズくないよ。私はもう歌姫じゃなくて海賊だもん。それに・・・嬉しい気持ちの方が大きいかな』
「嬉しい?どうして?」
『人々を幸せにする歌姫が私の他にもたくさんいるって分かったから。ライブに来てる人たち、みんな幸せそう・・・なんだか私まで幸せな気持ちになっちゃうよ』
「ふふ、ナマエらしいわね」
「おれ、ウタの歌も好きだけどナマエの歌は特別大好きだぞ!聞いてると優しいフワフワした気持ちになるんだ、おれ!」
『ありがとうチョッパー』
両手にあるペンライトをぶんぶんと振り回しながら、興奮気味に言うチョッパーに照れたように笑うナマエを愛おしそうに抱きしめるナミは「いざとなったらナマエもライブに乱入しちゃいましょう!」と少し恐ろしい発言をしている。
ちなみに麦わらの一味のシートは、アリーナを見下ろす升席。入手困難なプレミアムシートだ。
船から海の下を覗いてみれば楽しそうに泳ぐ人魚たちもいて、ウタの人気っぷりが手に取るように分かる。
――ふと、腰に巻いたベルトからじゃらじゃらとチェーンの垂れた自分の格好を、不思議そうに眺めるジンベエ。
「なぜわしらは、こんな格好を?」
「初ライブを盛り上げるためにコスチュームを着てきたら、これがもえるんだよ」
言いながらウソップはウタの写真が印刷された缶バッジを見せた。ライブのイメージに合わせた衣装で来場するともらえる特典アイテム、だそうだ。もちろんジンベエだけではなく、此処にいる麦わらの一味全員がいつもとは違う衣装を身に纏っている。
特に興味もなさそうなゾロが理解したところで、隣にいたロビンがほほ笑む。
「楽しみよね。今や世界で一番愛される人ですもの」
「そんなにすげぇのか?」
「ソウルキングの私が言うのもなんですが、彼女の歌は別次元です。それこそナマエさんと並ぶほどだと思います」
「ウタちゃーん!ウ・タ・ちゅわぁーーん!!」
サンジは全身をウタのファングッズで固め、身体をくねらせている。生のウタに会えるのが楽しみで仕方がないようだ。
頭から足先まで全身だらしないサンジを見たゾロは苦虫を噛み潰したような表情で「くだらねェ。歌ならナマエで十分だろ」と呟けば、麦わらの一味のウタファンも「そりゃそうだ」と同意するように頷いた。ナマエにはナマエの、そしてウタにはウタの良さがあるそうで、ウソップやチョッパーが必死に説明するも、それをイマイチ理解できないゾロは面倒くさそうに頭の後ろで両手を組み、今にも寝そうな姿勢をとっている。
「どーでもいい」
「クソ剣士、もう一度言ってみろ!確かにナマエちゃんの歌も格別だ・・・けどな、ウタちゃんもウタちゃんですげェんだ!!てめェをジューシーに焼き上げてやるぞ!」
「やってみろ、グルグルマーク」
ゴツッと鈍い音をたてて、額を合わせながら睨みあう双方。いつもの調子で喧嘩が始まってしまい、ライブ会場にいようと海の上にいようと、麦わらの一味は今日も相変わらずのようだった。
すぐに喧嘩を始めるゾロとサンジ、場の空気に適応してなんでも楽しむナマエとナミとロビン、常に音楽を愛するブルック、目新しいグッズに興味津々のウソップ、会場の様子や設備を気にするフランキー、興奮しすぎて妙なテンションになっているチョッパー、そんな一味を見守るジンベエ――そして船長のルフィはといえば、音楽そっちのけで、屋台に並んだバーベキューに夢中になっている。
「おい!ライブが始まるぞ!ルフィ!」
ウソップに呼ばれ、ルフィは丁度いい焼き加減の骨付き肉にかぶりつき、そのおいしさに目をキラキラと輝かせるといつものようにすぐさまナマエの隣にいき「ナマエも食ってみろこれ、うめェぞ!」と無理やり食べさせていた。
フードが外れないよう抑えながら目の前にある肉を一口、食べたナマエもまたルフィと同じように大きな瞳をさらに大きく開かせ、そして星の輝きのようにキラキラと輝かせながら何度も何度も頷き、二人して肉に夢中になっていた頃――人々の歓声が、ひときわ大きくなり、二人の視線がステージへと向けられる。
――ステージには赤色の髪の少女が、ゆっくりと姿を現す。
ウタだ、と誰かがため息を漏らした。
すっと息を吸う音をマイクが拾い、ウタはまっすぐに前を見据えたまま歌い始める。
ウタの代表曲の一つ、<新時代>だ。
アニマルバンドの奏でるエレクトロ調のサウンドと共に、生身とはとても思えない重量感のある歌声が会場中に響き渡った。
客席を埋め尽くす観客一人一人に向けてウタは丁寧に鮮やかに歌声を紡ぎ、新たな世界を願う人々に希望をもたらす力強い旋律が、伸びやかなウタの歌声と一体になって、聞く者の心を掘り起こす。
『わ、あ・・・!』
初めて聞くウタの歌唱力に、ナマエからは満面の笑みが浮かばれた。
ウタの歌は映像電伝虫を通じて全世界に同時配信されており、世界中の人々が、ウタの声に耳を預けていた。
『(綺麗な声・・・・・・だけど、何でだろう)』
――歌から感じる、この張り裂けそうな想いは。まるで、何かを決意したかのような・・・・・・悲しくて、寂しいキモチ。
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