伝説の悪魔の実



キラキラの実――。

それは伝説の悪魔の実とも呼ばれ、数百年に一度、選ばれし者の前にしか姿を現さないと云われている。
手に入れれば月の力を利用して様々な能力が使えることができ、一説によるとその力は世界を揺るがすほどの巨大な力だという。正しき者の手に渡れば世界に平和へと導き、逆に悪しき者の手に渡ればこの世界の全てを、一瞬で破滅する事さえできるそうだ。


これはナマエと、キラキラの実の出会いの話である。











『いーち、にーい、さーん・・・』


エースはいつものようにどこかに出かけており、エースの帰りを待つナマエはダダンの家の近くでドグラたちと隠れんぼをしていた。
いくらガープの頼みで子守りを任されているとはいえ、山賊が子どもと隠れんぼをするなどおかしな話だが・・・ナマエが遊ぼうといえば、頷く他なかった。当時6歳のナマエのその愛らしい姿に誰も拒否することができないのだ。


『ドグラ、みっけ!』
「ええ!?もう見たかったニー!?」


山賊にもプライドはある。子どもといえど手は抜かず、本気で隠れていたつもりなのだが・・・どういうわけかナマエは人を見つけることが得意だった。

――まさかこの時から見聞色の覇気に目覚めていただなんて、誰もが想像していなかったであろう。

全員見つけることができたナマエは嬉しそうに飛び跳ねると、今度は私が隠れる番だねと、ナマエはドグラたちに10秒数えるように伝え、自身もどこか隠れる場所を探す。


「「「「いーち、にーい、さーん・・・」」」」


ドグラたちの声を背中で聞きながら、どこに隠れようか森の中を少し進んでいると・・・不意に、優しい風が頬を撫で、自然と足が止まる。


『・・・だ、れ?』


――その声に誰も答える者はいなかった。
しかし誰かに呼ばれた気がしたナマエは、あまり遠くへ行くなというドグラたちの言いつけも忘れ森の奥深くへと、まるで導かれるようにして進んで行った。






*



「うおーーい!ナマエー!どこだニー!?」
「もう降参だ!出てきてくれー!」



いつまで経ってもナマエを見つけることが出来ず、ドグラたちは森中を走り回っていた。しかしナマエの姿はどこにも見当たらず・・・嫌な予感ばかりが頭の中を過ぎる。
猛獣に食べられてしまったのか、はたまた崖から落ちてしまったのか、もしくは川の中に沈んでしまったのか・・・・・・考えれば考えるほどサアッと顔から血の気が引いていく。
ナマエがいなくなってから既に数時間が経ち、夕日も沈み夜を迎えようとしている。夜になってしまえばさらに危険度は増し、探すのも難しくなってしまう。


「ナマエに何かあったらた、大変だ・・・っともかくお頭に知らせて・・・!!」
「ナマエがどうした?」
「!エース!?」


帰ってきたエースの登場に、ドグラたちは隠していても仕方ないためエースに全てを話した。

ナマエが行方不明と知ったエースはみるみるうちに顔を強張らせ、ドグラの胸元を掴み上げる。


「いなくなったって・・・ってめぇら何してんだよ!」
「そ、そんなこと言ったっておれ達だって遠くに行くなって言ってあって・・・!」
「チィッ!」


ここでうだうだ言っていても仕方がない。大きく舌打ちしたエースはドグラを離すと周りの制止も聞かず1人森の中へと進んで行った――。








*




『ふっ・・・ふぇえええん・・・ドグラァ〜〜マグラァ〜みんな、どこぉ・・・っう、うう』


明かりもない暗い森の中を1人泣きながら進んでいくナマエ。
どこからともなく聞こえてくる"声"の方に進んでいくうちに方角を失い、迷子になったナマエは行く宛もないまま・・・未だ聞こえてくる"声"だけを頼りに足を進ませるしかなかった。

泣きながらも足を進めたその先に現れたのは・・・洞窟であった。暗い暗い闇の洞窟・・・しかし"声"は洞窟の中から聞こえてくるようで、怖いはずなのにまるで自分の体ではないかのように、小さい身体を震わせながらもナマエは洞窟の中へと足を進めた。


――しばらく進んでいくと、大きな空洞に出た。そこだけ天井に大きく穴が空いており、月の光が差し込まれている。


『?』


月の光に照らされている小さな祠を見つけ、その祠に近づいて扉を開けてみると・・・中には見たことのない不思議な形をした果物が置いてあった。
一体何の果物なのだろうか・・・首を傾げると同時に、ぐうううとおなかが小さく鳴る。

いつもだと今頃はエースと一緒に夕食を食べている時間・・・唇を噛み締めたナマエは寂しさを紛らわそうと、目の前にあった果実にかぶりついた。


『っ、まずい・・・!』


それはあまりの不味さに涙が止まってしまうほどで、しかしその瞬間――ナマエの体に異変が起きた。


『っな、にこれ』


星のようにキラキラと光り始める自分の身体。それまで聞こえていた"声"もいつの間にか聞こえなくなっており、急に怖くなったナマエはその場から逃げるように元来た道を戻るように走った。


『いたっ』


木の根に足が引っかかり、ドサっと転んでしまう。気づけば体に帯びていた謎の光も、今は消えているようだった。
暗い森の中・・・目に涙を溜めながらも立ち上がろうとしたナマエだったが足首に強い痛みが走り、顔が歪む。


『う・・・っふえ・・・っわああああん!エースゥうううう』
「ナマエー!」
『!』


遠くの方から聞こえてくる声。それは間違いなく兄、エースのもので。安堵の笑みを浮かべながらここだよ、と叫ぼうとしたナマエの目の前に――巨大な熊の猛獣が姿を現した。
言葉を失ったナマエは目の前で自身を睨みつける猛獣から視線を外すことができず、けれど遠くから聞こえてくるエースの声はどんどんとこちらへと近づいてくる。

荒い息を吐きながら、猛獣が一歩、また一歩とゆっくりとした足取りでナマエに近づいてきた。


『ひっく・・・エー、スゥ・・・っ』


もうダメだ、そう思った矢先――茂みの中からエースが飛び出してくる。
エースはナマエを守るように前に立つと目の前の猛獣を睨みあげた。


「ナマエ!大丈夫か!?」
『ふええええん』
「泣くな!さっさと逃げ――!」
『エース!!!』


大の大人でさえ、遭遇すれば逃げ出すほどの猛獣だ。小さな子供2人が立ち向かっても敵う相手ではない。
座り込んだナマエの手を掴み助けようとしたエースの背後から、鋭い閃光が走る。


「か、は・・・ッ・・・!!!」
『・・・!』


――目の前で引き裂かれ、吹き飛んでいくエース。咄嗟に避けたので致命傷にはならなかったものの、エースの肩からは尋常ではないほどの真っ赤な血が溢れ出ていた。慌てて駆け寄ったナマエがエースの体を起こす。


『あ、・・・っエー、ス・・・っ』
「クソッ・・・おいナマエ、お前だけでも逃げろ!」
『っや、だよぉ・・・エー、ス・・・!』
「いいから逃げろ!!!」
『っ』


聞いたことのない兄の怒号。猛獣は楽しんでいるかのようにゆっくりとこちらに向かってきており、唇を噛み締めながらナマエは小さく首を左右に振った。


「ナマエ!」
『絶対、いや・・・!』


猛獣が咆哮しながら再び襲いかかってくる。
まさに絶体絶命――せめてナマエだけでもと、エースがフラつきながらも立ち上がろうとした・・・その刹那だった。


『よくもエースを・・・っ・・・』
「ガアアアーー!!」
『・・・っ・・・こっちに・・・来ないで――!!』
「!」


立ち上がったナマエがそう叫んだ瞬間ナマエの体が再び淡い光に包まれ、そして額に三日月の模様が浮かび上がった。
強い風が吹き、向かってきていたはずの猛獣はピタリと足を止めると金縛りにあったかのように動かなくなり、暫くして踵を返し・・・その場から何事もなかったように逃げていく。

一体何が起きたのか、呆気にとられていたエースはとある違和感を覚え、先ほど受けた傷に手を伸ばしてみる。すると・・・先ほどまであったその傷は既に塞がっており、痛みも、怪我もほぼ無くなっていたのだ。


「な、なんだよこれ・・・お、おいナマエ、お前何を――ッナマエ!?」


顔を上げてみれば、ナマエは全身の力が抜け、フッと気を失ってしまった。地面に倒れそうになる寸前のところで咄嗟に身体を支えたエースは、一先ず此処にいては危険だと思いナマエを背中に抱えると、急いでダダンのアジトへと向かった。










なァにィーーーー!!??
「うるせェぞクソジジイ。ナマエが起きるだろうが」


どこから聞きつけてきたのだろうか。ナマエが迷子になり猛獣に襲われかけたという情報を耳にしたガープが、日を跨がない内にダダンのアジトへとやってきた。

一体何が起きたのか、エースは目の前で見た状況を全てガープに話し・・・そして、額に三日月模様が浮かんだのが見えた、という話の辺りからガープの顔はみるみるうちに青ざめていく。


「・・・まさか・・・」
「?何か心当たりでもあるのか?」

『ん・・・』

「!」
「ナマエ!」


エースが名前を呼べば、ナマエの瞼がゆっくりと持ち上がっていく。


『エース・・・お、じい・・・ちゃん・・・?』
「おお、無事でよかった」
「どこも痛くないか?」
『う、ん・・・・・・あのね・・・私、声が聞こえて。声を頼りに歩いて行ったら迷子になっちゃって・・・・・・それでね、祠にあった変な形をした果物を食べちゃったの』
「・・・!」
『それから、身体が光って・・・不思議な力が、』


――ふわり。ナマエの言葉を遮るように、ガープがナマエの頭を優しく撫でた。


「・・・もう遅い。わしも今日はここに泊まるから、ナマエは安心して眠るといい」
『・・・う・・ん・・・』


ガープに誘われるがまま、疲労と眠気からナマエは一瞬で眠りについた。
それから何度かナマエの頭を撫でたガープは家の外へ出て行き、その後をエースがついていく。


「・・・おいクソジジイ。てめェ、何隠してやがる」
「・・・・・・」
「聞いてんのか!ナマエに一体何が起きたんだよ!」
「・・・ッ・・・伝説の・・・悪魔の実、じゃ」
「!」


食べた者は特殊な能力が身に付くという、悪魔の実。
本でしか読んだことがなかったエースも実際に目にしたことは無く、ナマエが食べたという果物が本当に悪魔の実だとして・・・ここまでガープが深刻になる事だろうか?
能力を得る代わりに、一生カナヅチになると文献には書いてあったが・・・どうやら理由はそれだけじゃないようだ。

痺れを切らしたエースが再度、クソジジイ!とガープを呼べば・・・・・・ガープは意を決したように頷き、「お前には話さないといかんな」と、ナマエがどの悪魔の実を食べたのか、そしてその悪魔の実が危険だということ――海軍では最高機密事項であったが、全てを、エースには包み隠さず話した。










「――――」


キラキラの実を食べたナマエの存在が、もし世に知れ渡ってしまえば・・・ナマエは世界中からその力を狙われる。

嘘のような話だが、あのガープこんなつまらない嘘をつくはずがないことを分かっていたエースは、真剣な面持ちで、目の前ですやすやと気持ちよさそうに眠る最愛の妹の頬を優しく撫でる。するとナマエは幸せそうにエースの手に擦り寄り、とんでもないことが起きてしまったというのに、能天気に眠る妹を見て思わず力が抜け、笑みがこぼれてしまった。







「・・・・・・ナマエ。おれが、必ずお前を守ってやる」










――それから数年後、フーシャを旅立ったエースは瞬く間に海賊としての名声を手に入れ、海軍含め世界中にその名が知れ渡った。
海軍のトップに君臨する極一部の者達はエースがかの大海賊王、ゴールド・ロジャーの子どもだという事に気づいている様子だが、そのエースと同じ血の通った双子の妹がいるということ、そしてその妹が伝説の悪魔の実を食べたという真実は――長い年月もの間、エースに守られたおかげで、世に知られることはなかった。














   



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