蕾咲いた青い華

この国を治める帝である父の周りには多くの妻がいた。
長兄であるサマエルは特に位の高い女性との間から生まれ、第一皇子として次期帝の地位を約束された身として、父母から厳しい教育を受けていた。

帝は大変な女好きで、妻を囲んでも多くの愛人がいた。
サマエルの母親が亡くなるまで帝の好色に悩んでいた様子を、度々見かけていた。

そんなある日。帝は、ある一人の少女を妻に娶った。
彼女はユリという、健気で穏やかな空気を纏った少女だった。
本当ならば別の貴族の若者との婚姻を結ぶはずが、帝が見初めて強引に娶ったらしい。
当然、皇族と貴族では位が違いすぎる為に少女は帝の元へ嫁ぐこととなった。

聞くところによると、ユリという少女は従者もつけずに町へ散歩中に仕事を放棄して町へ下っていた帝と出会った・・とのこと。
なんとも奇妙な運命。いや、貴族よりも帝の目に止まった時点で幸運と呼ぶべきか。

そしてユリを娶ってから、帝の女遊びはめっきり減った。
多くの妻達や愛人は帝の寵愛がユリに向かっている事にすぐに気づいた。

帝は彼女を溺愛した。常にユリを傍に置いた。
愛し合う二人はとても幸せそうだった。

ユリは姿だけではなく心も美しかった。
義理の息子であるサマエルに優しく微笑みかけ、肩に落ちた葉を細い指先で拾ってくれた。
そして習い事で疲れていたサマエルに手作りの菓子を差し入れてくれた。
異母弟で好き嫌いが激しいアマイモンでさえユリに懐いた。

やがて彼女は身籠った。

懐妊の報せを聞いたときの帝の異様な浮かれ様は、周囲を驚かせた。
まだかまだか、と胸を膨らませながら心待ちにし、性別も決まらない内に玩具や着物を用意させた。

生まれたのは双子の姉弟だった。
皇女は燐。皇子は雪男と名付けられた。

ユリは貴族でもそれ程高い身分の女性ではなかったが、帝が彼女を寵愛したので先に産まれた兄弟以上の祝い品が贈られた。
その贔屓さには流石に妻達の反感を買い、家臣達も異議を唱えたが帝は待望の子供達に夢中で、気にも止めなかった。

そんな幸せに浸る帝に悲劇が起こった。
ユリが亡くなったのだ。

帝の悲しみは深く、退位を考える程だったが・・何とか耐えきった。

一方で、サマエルは権力者同士の醜い争を目の当たりにした事で皇子の地位に興味をなくし、彼は宮殿から姿を消していた。
メフィストという偽名を使い、商人として名を轟かせるようになったサマエルがユリの死を知ったのは五年経った後だった。

サマエルはユリの死を知った後で宮殿へ戻り、双子の様子を見てこいと父の命を受けて使いに出された。
本音では(何故下人がやるような仕事をこの私が・・・)と悪態をついたがユリの子供には興味があった。

双子の皇女と皇子は、帝の下ではなく田舎の寺で身分を隠して慎ましく暮らしていた。
あのまま後宮にいては妻達が嫉妬で双子を殺しかねないという帝の配慮だった。
ユリの実家は帝の妻達の後ろ盾(上級貴族)を恐れ、双子を引き取りはしなかったのだ。

『雪男〜川に行こうぜ』

『うん。姉さんっ』

幼い子供達の楽しげな笑い声が響く。
寺には他にも孤児が集まり、双子と仲良く遊んでいる。

やや気弱そうな男児は、顔立ちが帝に似ていた。
そして弟を引っ張る元気な女児は・・。

(何と・・まさにユリと瓜二つではないか!)

サマエルの胸が強く高鳴った。
髪と目の色こそは違うが整った輪郭と愛らしい顔立ちは、まさしくユリそのもの。父が愛した女の面影を皇女は色濃く受け継いでいる。

ぞくぞくと全身の血が燃えるように熱くなり、久しぶりに感情が高まった。
自分は今、とてつもなく高揚している。ニヤニヤと不気味に笑い始めた皇子の様子に傍で控えていた従者達が怯え出す。
気にせず、サマエルは笑う。興奮にも似た感情が胸を占め、彼は決意した。

(欲しい・・あの娘、私が育てたい。理想の妻に育ててみせる)







蕾咲いた青い華









ユリと瓜二つの顔立ちの妹。
この娘が欲しい・・と心の奥底から欲望が膨れ上がり、気づけば攫うように燐を連れ帰ってしまった十年前。
自分の理想に愛でながら育てようと計画していたが・・。

「メフィスト!おれ、道場へ行ってくるな〜っ!!」

それが、この様だ。
燐はユリとは正反対に育ってしまった。

メフィストことサマエルは末妹の姿に目眩を覚えた。
剣道着を身に纏い、片手に竹刀。実に男らしい姿だ。元気に道場へ走る後ろ姿を眺めながらため息をつく。

「やれやれ・・・随分とお転婆に育ってしまったものだな」

メフィストは踵を返し、自室へ戻る。
仕事机には大量の書類が乗っていた。傍には秘書のベリアルがいつもの変わらぬ様子で黙々と作業を続けている。
椅子に腰を下ろし、書類に目を通すとふと視線を窓へと向けた。ここからでも眺める事ができる道場の中で、妹は師と共に励んでいるだろう。

(全く・・・何でも思いの侭にできたこの私が、あれ(燐)だけは上手くいかぬとはな)

亡き母のような女性に、と女らしい習い事を学ばせようとしたが気性そのものが残念ながら帝に似てしまい、燐は全く興味を示さなかった。

ユリの穏やかな性質はどうやら弟の方に遺伝してしまったらしい。
双子の弟である雪男は、サマエルの友人である藤本という有名な医師の元で育っている。とても優秀で誇らしいと、会えば自慢をする。

それに比べて何故、姉の方はこうなのだろうか・・・。

引き取って早々、彼は燐に理想の妻にと彼好みの習い事を学ばせる事にした。
しかし、無作法を何度も注意しても直らず、しまいには暴れて逃亡。叱れば泣く始末。
家庭教師は次々にやめていき、燐は弟の元へ行くと家出を繰り返す。
やまない喧嘩。お互いに心がすれ違う一方で、これではまずいと藤本に相談。そしてメフィストは燐に交渉することにした。

もう習い事を強制はしない。好きな事をやればいい。
その代わり皇族の身として最低限度の礼儀作法を学んでもらう、と。

燐は頷き、交渉成立。
兄妹の仲は無事に回復したのだが、彼女が選んだ習い事は剣術や武術など皇女として不必要なものばかり。
約束なので彼は女性で凄腕の剣士を妹の師として雇い、敷地内に道場を建てた。その師が妹に余計な知恵も与えるので、気づけば燐は勝手に外出して喧嘩までする。

この国の皇女に手をあげるとは・・・と殺意を覚えたのは数知れず。

燐は元気に、すくすくと育っている。
そしてもうすぐ十六を迎える。皇族は十代で婚姻を結ぶのが決まり。
燐の母も、十六で父の妻になった。

メフィストは口許をゆっくりと上げる。

(もういいだろう・・機は熟した。明日にでも父上に挨拶に行かねばな)




夕餉は、いつも燐が準備している。
女らしい習い事を嫌った彼女だが、料理や菓子作りは別。
一般家庭の娘ならばどこへ嫁いでも恥ずかしくない、一流の腕。
その夕食を食べ終えた後、居間で過ごしているとメフィストは切り出した。

「燐。私は明日に宮殿へ戻ります」

「親父が・・?まさか倒れたのか!?」

「いえいえ。残念ながら父上は当分死にませんよ。挨拶ですよ☆挨拶」

「挨拶?」

首を傾げる燐に、メフィストは妖艶に微笑むと耳元に囁く。
すると、燐は一気に赤面。バカと胸板を押し返す。それが照れ隠しだとわかるメフィストは愉快そうに笑いながら仕事へ戻ろうと腰を上げる。

「ちょっと待て!・・おれも行く」

「え?」

「先週、アマイモンが来ただろ」

「あ、あぁ・・・そういえば」

帝は燐を溺愛している。
愛した女との間の子供で、しかも唯一の娘。
加えて、母親と瓜二つである燐を可愛がるのは無理もない。
年に数回しか会えない事を酷く嘆いており、自由に動けない身から息子のアマイモンを遣いに出し帰省を促すのだ。
メフィストは燐に対する独占欲から、兄弟のいる宮殿へはあまり連れて行きたくはなかったが、婚姻を結ぶのなら悔しがる兄弟達を拝見できる。

「では行きましょうか」

「よっしゃ!」

燐は元気にガッツポーズ。
実は彼女が行きたいと申し出たのは別の理由があったなど、メフィストは気づかなかった。




久しぶりの宮殿は実に懐かしい。
人生を大半メフィスト邸で過ごしている燐は、時々自分が皇女であることすら忘れている。ここへ帰省する度に、自分は皇女なのだと気づかされる。
帝の父に挨拶した後でメフィストと別れ一人豪奢な廊下を進むと、中庭に走るペットを無表情で眺める青年を見つける。
彼はサマエルの異母弟で燐の異母兄にあたる皇子だ。

「アマイモン!」

「燐。お久しぶりです」

「久しぶりって、先週会ったばかりだろ」

「そうですけど、可愛い妹と離れると時間が長く感じます」

アマイモンは激昂しない限り、常に無表情。敬語口調で淡々と話すが今の彼は上機嫌である。
燐は彼と共に宮殿内を散歩しながら婚姻の話を報告することにした。

「・・・結婚ですか。それはおめでとうございます。ではこちらへ戻るんですね」

「ううん。式はこっちだけどあの家で暮らすんだ。おれにとっちゃファウスト邸が帰る家だし」

そうですか、と残念そうにアマイモンは呟く。

「それで母さんの実家の皆も呼ぶんだ。じぃちゃんやばぁちゃんに、おれ会ったことないからさ〜すっげぇ楽しみなんだ。母さんの話が聞きたいんだよ」

これが彼女の宮殿へ戻って来た本当の理由。
先ほどは帝の挨拶の際、メフィストと同伴していたので切り出せなかったが後で父に頼むつもりだったのだ。
母の実家であるエギン家は娘が帝の妻になった功績により出世。だが母の死後は疎遠になっており、兄に引き取られた後でも連絡はとれず。

だが、婚姻となれば挙式の儀式の際には呼ばれるだろう。
今回はその確認だ。式の前に会わせて欲しいと父に頼む為に。

すると、うきうきと話す燐の隣でアマイモンは言った。

「それは無理でしょう。エギン家は没落して、一族は行方知れずになっていますから。多分死んでます」

「え?」

「燐も兄上の権力の強さはご存知のはず。燐が兄上に引き取られてすぐにエギン家は冷遇されました。政(まつりごと)の地位も追われれば貴族生命は失われますから」

「・・・・」

燐の表情が凍り付いた。

「あ、これ父上や兄上に言うなって言われていました」

アマイモンの表情は変わらないが、しまったという焦りを燐は感じ取る。
この兄は嘘をつかない。常にストレート。だから・・・。

燐は走った。

後ろからアマイモンの自分を呼ぶ声が聞こえたが、彼女は夫となる長兄の元へ向かった。




「おや・・燐。廊下を走ってはいけませんよ」

胡散臭そうな上品な微笑みはいつも通り。

「メフィスト・・・お前が母さんの実家を潰したって、本当か」

「!」

何故それを、と困惑したようペリドット色の目が見開く。
メフィストの反応を見て、燐はアマイモンの言った事が本当だと知った。
信じたくなかった。慕う兄の非道を。ショックでぐらりと崩れる体を格子で支える。
メフィストが慌てて駆け寄るも、拒絶し伸ばされた手を払う。燐の瞳から涙が溢れると、彼の顔が当惑するように歪んだ。

「何故あなたが悲しむのですか。エギン家は保身の為にまだ幼かった貴方達双子を引き取りもせず放置したのですよ。それは切り捨てたも同然!私は彼らに報復したまでです。それの何が悪いのですか!」

「おれ・・母さんがどんな人だったか、知りたかった。メフィストのバカ!!勝手なことすんな!お前となんか結婚しねぇ!」

弁明も聞かず、燐は叫んだ後で出て行ってしまった。
残されたメフィスト・・第一皇子サマエルは顔を掌で覆い深くため息をついた。

「全く・・・つくづく思い通りにならない妹だ」

(喧嘩はよくするが、ここまで酷いのは十年ぶりだな・・)




思い出すのは、十年前の仲違い。
理想の妻にとサマエルは優秀な講師を呼び燐に花嫁教育を施そうとした。
彼もまた、第一皇子として厳しい教育を受けていた身。燐もまた皇女で習うのは当然。

しかし、自然に囲まれた寺で育っていた燐は突然の環境の変化に戸惑い、一向に習い事を拒んだ。
嫌だと駄々をこねて暴れ、講師達から逃げる。サマエルはそんな我侭な妹に必要とならば折檻も加え、言う事を聞かせようとした。

あの母親の血を継いでいるなら、彼女のようになれるはず。
帝の父の心を手に入れた、美しきユリ皇妃のように。

サマエルは嫌がる燐の細腕を掴み、講師の元へ戻そうとする。
それでも暴れる妹に平手打ちを喰らわせようか、としたそのとき。燐のか細く、弱々しい声が嘘のように彼を止めた。

『おれは母さんじゃない・・』

サマエルは気づいた。
燐を通して、自分が見つめていたもの。欲しかった、ものを。

妹は兄の手から逃れ、そのまま弟が身を寄せる藤本医師の元へ出て行ってしまった。
いつものサマエルならすぐにでも連れ戻しただろう。だが、彼は戻す気も起きなかった。燐の声が、心に深く染み付いていたのだ。

(もう、二度と帰っては来ないだろうな・・・)

しかし燐は帰って来た。
驚く兄の前に手にぶらさげた包みから取り出したのは不器用な形をしたぼたもちだった。

『雪男の家で、作ったんだ。料理って、楽しいな。おれこういうの好きかも』

『・・もう帰って来ないと思いました』

『雪男がな、皇族なんだから習い事は当たり前だって・・姉さんの気持ちもわかるけど、全部自分の為だからって。おれ、姉ちゃんだから頑張らなきゃって思って・・・その・・家出してごめんなさい』

震えながら謝る妹が愛おしくて、サマエルはぎゅっと抱きしめる。

『謝る必要はないんですよ燐・・・私は貴方に理想を追い求め過ぎていました』

燐のお手製のぼたもちは初めて作ったらしい。
味はしょっぱかった。だが、サマエルは笑顔を浮かべた。

『・・・美味しいですよ。燐』

不安げな燐の顔が綻ぶ。満面な笑みだ。
やはりユリと面影がある、そう彼は思うと胸が針に刺されたように痛んだ。

(あぁ、そうか。私はユリのことが・・・・)




奥の中庭。
春になれば満開に咲く桜の木々が四方に並び、中央の泉が月を映し出す。赤い橋の上で、ぽつりと立つ人影をメフィストは見つけた。
冬の今は月光だけが寂しげに、艶やかに彼女を照らしている。

一瞬だが、燐を彼はユリと錯覚した。
ここは十六年前、帝とユリがよく二人で過ごしていた場所でもあった。

「風邪をひきますよ・・・燐」

涙を零す皇女の姿は痛々しく、今にでも抱きしめたい衝動に駆られる。

「・・・うるせ。さわんな」

再び拒まれ、メフィストの表情は哀しげに染まる。
だが、ここは引けない。引いてなるものか。彼は胸に手を当てて許しを乞うた。

「許してもらえませんか」

「・・・」

「エギン家を没落させた原因が私である事は否定しません」

「それって、おれの後ろ盾を消したってことだろ。メフィストは母さんの家が邪魔だったのか。政から追い出して、冷遇して、貶めて・・そこまでして周りに権力を誇示したかったのか?」

メフィストは首を横に振った。

「まさか。権力を争うここに飽きて、町へ降り商人になった私ですよ?ただの独占欲です。貴方の帰る場所は私の元だけでいいと考えたまで。だからエギン家が邪魔になった。これが本当の理由です」

他にも、双子を第一皇子が引き取った事を聞き、掌を返したように胡麻をすってきたエギン家に怒りを覚えたのもあるが・・ここは黙っておこう、とメフィストは思った。

「・・・欲深だな」

「えぇ、貴方だけには」

燐は兄の言葉にふふっと呆れたように小さく笑う。
そして顔を上げて月を見上げた。一雫が伝う美しい横顔を、メフィストは見惚れる。

「アマイモンがさ・・追いかけてくれて、教えてくれた。母さんは親父に愛され過ぎて、立場が悪くなって、病気になって。それでも家は助けてくれなくて・・・じぃちゃん達、あんまり良い人じゃなかったのかもしれねぇ」

でも、知りたかった。母の全てを。

(だって・・・メフィストがあんなに憧れていた人だから)

あのアマイモンでさえ懐いていた、と聞く顔も知らない母親。
父の寵愛を一心に受け、聡明で清らかな心を持っていた亡き皇妃。第一皇子であるサマエル、メフィストが理想と称した唯一の存在。

実の娘であっても、全く似ていない。
母の穏やかな性格も、才能も、全て受け継いだのは優秀な弟の方。
対して姉である自分はメフィストの理想はおろか、かけ離れた習い事ばかりを強請り、男のようになってしまった。
そんな自分が彼の妻になど・・相応しくないのではないか。

「貴方とユリ皇妃はそっくりですよ」

「・・・え」

驚いてメフィストに視線を移すと、彼は燐の頬を撫でて懐かしむように微笑んでみせた。

「顔だけではなく、優しい心も。思い出しますよ・・幼い私にお菓子を作ってくれたんです。燐も、十年前に私と喧嘩をしたときに同じことをしていたでしょう?やっぱり親子なんですね」

「・・・おれ、母さんと似てるの?だって、小さいとき。お前全然似てないって言ってたじゃんか!」

「それは・・・」

メフィストはばつが悪そうに言い淀み、燐は隙を与えずに詰め寄る。

「ユリ皇妃みたいになりなさいって。それがお前の昔の口癖だった!」

「・・・すいません。あなたをそこまで追いつめる気はなかったんです」

あのときは、ユリの面影を追うあまりに燐に過剰な期待を押しつけていて・・・まだまだ若かった、とメフィストは後悔する。
返答に困る兄に、燐はこれ以上責めるのはよそうと思い彼の胸に額を押し当てた。

「・・もう、いいよ。昔のことだし・・。おれ、嬉しい。中身がちょっとでも母さんに似てるとこあったんだな」

「強情なところも似ていますよ」

「雪男も強情だぞ」

燐はむっとして顔を上げると、がしっと両肩を掴まれる。

「いいえ、貴方の方が強情です。さぁ、私との婚姻はどうするのですか!父上は孫の誕生を心待ちにしているというのに!」

「う・・・」

先ほど結婚はしないと言ってしまった自分。
本心ではそんな気は全くなくて、むしろ心から彼を想っている。

幼い頃から、ずっと。ずっと・・・。

それでも恥ずかしくて口に出せず、応えを求める真剣な眼差しを向けるメフィストを直視できず、視線が降下する。
だが俯かせまいと、メフィストは燐の顎を持ち上げて強引に視線を合わせた。

「・・燐。私はあなたを愛しているんですよ」

「知ってる・・・そんなの昔から知ってんだよバカ・・おれだって、サマエルのことを誰よりも」

愛してる、そう告げる前に唇は塞がった。











祝言を挙げて数ヶ月後。
ファウスト邸での生活は以前と変わらない。違うのは兄妹ではなく婚姻を結び夫婦となった事だ。
心地よい晴れやかな空。
満開に咲いた桜の花びらが舞い落ちて、美しい景色を眺めながら夫婦は仲睦まじく寄り添い合う。

「おれ思ったんだけどさ・・・メフィスト、母さんの事好きだったろ」

「今思えば、無自覚な初恋でしたね」

親子二代に渡って、同じ女性に恋をするとは。
帝に親近感などこれっぽっちも思ったことなどないが、やはり血なのか。
メフィストの呟きに、燐はじろっと彼を睨みつける。嫉妬ですかと訊ねると燐は顔を真っ赤にして違うと応えた。

この可愛らしく美しい新妻が愛おしくてたまらない。幸せだ。
もし幼い燐の声を聞かず意思を奪い人形のように育てていれば、今の自分達はなくこんな想いを知らずに生きていただろう。
愛おしいと思える燐そのものが自分の理想ではないか・・とメフィストは思う。そして、十一年前のあの日を思い浮かべた。

「過程は色々ありましたが、成功したようですね☆」

「?」







END



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