陰る光

陰る光






近頃、姉の様子が変わったのは気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃないと雪男は確信している。

彼女の日常的な変化を、彼は感じていた。

燐は美しい容姿をしていたが自覚もなく、身支度はいつも適当だった。
普段、朝は適当に顔を洗い髪も梳かすが近頃はマイナスイオン付きのヘアブラシを購入し、洗顔後は化粧水を使うように。
特技である料理も変化が起きた。栄養満点で味の絶品さは変わらないが飾り付けが可愛らしく、カラフルな串やポップなデザインを使用するようになった。

しかも和食か洋食しか作らなかったのに、菓子作りにも挑戦し、完成した際には雪男や塾の仲間達に試食させている。

寮で勉強中。物思いにふけ、ため息も増える。
窓から聖十字学園を眺める。そしてため息をつく。手鏡で自分の顔を見つめる事もあった。

そして志摩の一言。

『最近、奥村さんえらい奇麗になったな〜』

一体、何なのだ。何が起きているのだ。

青焔魔の落胤である燐を監視するのが雪男の任務でもある。
コレといって異常も問題も起きていないので上に報告する必要性は感じないが、細かな燐の仕草や変化はひっかかるもの。

弟として気になる。単刀直入に。

『姉さん、最近どうしたの?』

と訊ねても。

『?どうもしねぇよ』

と返される。本人にも自覚がないらしい。
黙る弟に姉は『変な雪男』と笑う。無邪気な声が、笑顔が、胸が軋む。

いつも一緒にいるはずなのに、どこか遠く感じる。
姉の心が知りたい、と思うのは身内の案じか。それとも監視役としての義務か。
渦巻く疑問は晴れることはなく、一人抱え込む雪男は誰一人相談せず、疑念を増長させていく。



ある休日。
姉弟仲良くスーパーの帰り道。今夜はすきやきだな、と上機嫌に進む燐の姿に微笑みながら雪男は隣で歩く。
客観的から見れば至って普通の姉弟だ。穏やかな時間に浸りながら、雪男は「姉さんの袋には卵が入ってるんだから気をつけてよ」とからかう口調で言うと、隣の道路にピンクのリムジンが赤信号で停止した。

「あれはフェレスト卿の・・」

「メフィスト〜っ!!」

燐が突然、リムジンへ駆け出す。
窓が開くと、燐とメフィストが楽しげに会話をしていた。
そして手袋を嵌めた手が、そっと燐の頬を撫でる。燐は猫のように気持ちよさげに目を細める。信号が青となり、車が発車するまで、その光景を雪男はただ立ち尽くし呆然と眺めるだけだった。




夕食時。
すきやきは美味だったが、雪男は夕方の光景が脳裏に焼き付いて楽しい食卓を素直に味わうことができなかった。
リフレッシュに風呂から出た後で、台所は明かりがまだついていて姉が部屋に戻っていない事に気づく。

二、三度目の試作品を経て完成させた特製のマドレーヌ。
ピンクの水玉模様でラッピング。最後に赤いリボンを結んで完成。
燐はできた、と両腕を上げると後ろで雪男は声をかける。

「それ、フェレス卿に贈るの?」

「え!?何でわかったんだ?」

「見てわかるよ」

ピンクといったら、あの日本支部長の定番のカラーだ。

「・・・・そっかぁ。適当に選んだつもりだったんだけどな」

燐は照れくさそうに唇を尖らせながら、ラッピングした袋を突く。
その仕草に、雪男の表情はすぅと冷める。無意識に、拳を握った。

「随分と、仲が良いんだね」

「え?」

「フェレス卿のことだよ。前は苦手じゃなかった?・・・会えば嫌な顔してたじゃない」

「べ、別に・・よくあいつと茶を飲むし、高い菓子とか食わせてもらってるし。それにさ、おれ達って世話になってるじゃん。あぁ見えても後見人だし、小遣いだって少ないけど。おれなんか学校に入学させて貰ったから」


その少ない小遣いで作り、贈るのか。あの道楽の悪魔に。
燐の言い分は、日頃の感謝というものだろう。例えるなら娘が父に贈るようなもの、か。違う。何かが違う。そんな生易しいものじゃない。

メフィストが燐の頬に触れる動作は、慣れた手つきだった。
彼女はされるがままに、ちっとも拒んだりせず、むしろ嬉々に受け入れていた。

弟である自分の知らぬまに、二人の関係はただの後見人と旧友の娘ではなく・・・。

雪男の発する空気に恐れを感じ、燐は袋を持って弟から逃げようとした。

「お、おれ・・・ちょっとメフィストの家に行ってくるな!」

「待って、姉さん!」

行かせるものか、と雪男は燐の腕を掴む。
燐は困惑し、悲鳴に近い声をあげる。どうして?ただ心配しているのに、姉は怯えるのだろう。そう不思議に思いながら、雪男は微笑みを浮かべる。

「こんな夜中に行ったら迷惑だろ。フェレスト卿は多忙なんだから」

「え・・・そうだけど、鍵を使っていつでも来ていいって」

「それに夜の外出は禁止。僕の目の前で姉さんが出て行ったら、監視役の僕も責任を問われることになる。それでもいいの?」

「う・・・」

生徒としても、悪魔としても出て行ってはならない。
それは入学したときから決められたもの。弟にこれ以上負担させてはならない。燐はがっくりと肩を落とし、メフィストには明日渡そうと考え「わかった」と承諾した。しかし、雪男は腕を解放しない。それどころか力は増すばかり。
離してと言う前に、燐の体は雪男に抱きしめられていた。
頭一つ分、背の高い弟。昔は燐の方が背は高かったが・・男女の差だ。

突然の抱擁に燐は驚いた。
弟は近年、姉に甘えることはなくなっていた。
抱きつかれるのは小学校低学年ぶり。だがあのときとは違って、自分達は成長している。
雪男の行動が理解できず、ただ困惑する燐だが手に持っていた袋の包みが落ちていた事に気づく。

慌てて取ろうとしたが、力が強すぎて身動きがとれない。
弟の表情も見えない。ただ、自分を抱きつく弟の手が僅かに震えていた。

以前、雪男にシュラは言った。

『ネイガウスやアマイモンも駒ならアタシやお前も奴の手ごまの一つなのかもな』

メフィストが何を考えているのかは誰もわからない。
何故、燐を生かしたのか・・それを知るのは義父とあの悪魔だけ。

自分も駒ならば、燐はメフィストにとって最高の駒。
青焔魔の娘。青き焔を継ぐ唯一の存在。このまま彼女を籠絡し、忠実な駒へ育てるつもりなのだろう。
故に、燐に甘言を囁き懐柔させている。

(そうだ・・・姉さんは利用されているんだ。あの男に)

なら、目を覚まさせなければならない。
それに姉を守るのは弟である自分の役目。そう雪男は義父と約束をした。
メフィストは、大切な姉をまるで自分のもののように扱っている。実に腹立たしい。

姉は誰のものでもない。
聖十字騎士団でも、仲間でも、そしてあの男でもないのだ。

(絶対に、姉さんを渡すものか。姉さんは僕のものだ・・・誰にも渡さない)






END

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