指折り待つ日
ここしばらく降り続いた雨がようやく上がり、久しぶりに広がる、青い空
縁側で座椅子に座っていた私は
柔らかく吹き抜けた風に、縫い物の手を止めた
風、気持ちいいなぁ
ふぅと小さく息を零して、視線を空へと向ければ
青い空に、ぷかぷかと浮かぶ、白い雲
その白さを際立たせる太陽の光が、思っていた以上に眩しくて、反射的に目を閉じた
むむっ、ちょっと、根詰めすぎちゃってたかも
チカチカする目を落ち着かせようと、ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、膝の上の小さな産着へと視線を落として
少し目立ち始めたお腹に、そっと手を当てる
ここに、居るんだよね・・・
そう思うだけで、温かいものが、じんわりと胸の中を満たしてゆく・・・
今、私が縫っているのは、秋に生まれてくるはずの、この子の産着
この時代には、赤ちゃんの服なんて売ってるはずもなくて
こうして、1枚ずつ、自分の手で縫い上げてゆくものなのだと、教えてもらった
正直、縫い物は得意じゃなかったし、ミシンとか便利なものも無いけれど
1枚ずつ自分の手で、産着を縫っていくのは、自分でも驚くほどに、楽しい作業で・・・
いつも夢中になってしまうから、龍馬さんに注意されてばかりなんだけど
でも、楽しいんだから、仕方ないよね・・・
さて、残りを仕上げてしまおうかな、と思ったのと同時に
聞きなれた音が、微かに耳に届いて
思わず、くすりと、笑みが零れた
もうっ・・相変わらずなんだから・・・
慌しく駆ける足音が、どんどん近づいてくる
以前から心配性だったけれど、私が身ごもったことがわかってからの龍馬さんは
皆が呆れるくらいに、それに輪をかけた心配性振りを発揮してくれていて・・・
「れんっ、そこにおったんか」
「龍馬さん、お帰りなさい」
「おう、ただいまぜよ」
生垣の向こうからひょいと顔を覗かせた龍馬さんは、息を弾ませながらも、嬉しそうな笑顔を浮かべてくれる
「あっ、龍馬さん、またそんなとこから入ってきてっ!ダメですってばっ!」
「近道じゃき、ええんじゃ」
「よくないですよー!ああもう、また生垣に裾引っ掛けちゃってー!」
がさがさと生垣を割って入ってきた龍馬さんに、めっ、と怒ってる顔をしてみせるものの
「れんは裁縫が上手じゃきに、大丈夫じゃ!」
そう言って、にししっと悪戯っぽく笑う龍馬さん
「もうっ!次に破いたら、龍馬さんに繕ってもらいますからねっ!」
その笑顔に弱くて、結局は私が折れてしまうけれど
ちょっとだけ悔しいから、わざとらしく頬を膨らませて、拗ねているフリをしてみるのに・・・
そりゃあ困ったのう、なんて言いつつ、龍馬さんは笑顔のまま
だめだ・・この笑顔には、やっぱり勝てないっ・・
心の中でこっそりと白旗をあげた私に気づいているのか、いないのか・・・
笑顔な龍馬さんが、どさっと、隣に腰を下ろした
「こりゃこりゃ、まぁた産着を縫いよったんか?」
「だって、いっぱいあった方がいいかなって、思って・・」
「そん気持ちはわかるが、あまり無理はせんようにな」
ふっと笑った龍馬さんの大きな手が、縫いかけの産着を持ち上げる
「こげに小さいんじゃのう・・・」
「そりゃあ、大きかったら、お腹の中にいれるはずが、ないですもん」
「そりゃそうなんじゃが・・・」
何度言われても、実感が無くてのう・・・そう呟くのが耳に届いて、思わずくすりと、笑みを零すと
私の膝の上に、産着を戻した大きな手が
そっとお腹に、添えられた
「ここに、居るんじゃなぁ・・・」
愛おしむように、お腹を撫でる手も、声も、表情も
その全てが、すごくすごく優しくて温かくて
龍馬さんの手が触れている箇所から、温かい何かが、じんわりと身体中に染み渡ってゆく・・・
ここに居るんですよ・・・と、大きな手の上に、そっと手を重ねると
菫色の瞳が、嬉しそうに細められた
「男かのう、女かのう」
「龍馬さんは、どっちがいいんですか?」
「どっちゃでもええ、元気な赤子が生まれてくれるだけで、ワシは満足じゃき」
「ふふっ・・・じゃあ、名前は両方考えておかなきゃいけないですね」
どんな名前がいいんですか・・・くすくすと笑いながら尋ねると、そうじゃのう、と少しだけ思案顔になり「生まれてくるまでに、考えるぜよ」
「あははっ、そうですね、まだたっぷり時間はありますから、一緒に考えましょうか」
「そうじゃの、れんと一緒に、ええ名を考えるんも、楽しみの一つじゃき」
そう言って、龍馬さんが、嬉しそうに笑う
お腹に添えられていた大きな手が、そっと離れたと思ったら
「龍馬さん?」
すとんと、縁側から降りた龍馬さんが、地面に両膝を付いた
ビックリしている私の腰に、伸びてきた腕が、ふわりと巻きついて
膨らみ始めたお腹に、龍馬さんが、顔を摺り寄せる
「聞こえちょるか?おんしの、ぱぱ、じゃぞ」
「龍馬さん、パパってっ・・」
「異国語では、そう呼ぶんじゃろう?ワシが『ぱぱ』で、れんは『まま』じゃ」
「それはそうだけど・・・だけど、そう呼ばなくても」
「男でも女でも、そう呼ばせると、決めちょるんじゃ、ええか、わかったかの?」
最後の言葉は、私にではなく、お腹の中に向かって囁かれたもので
「ホントにもうっ・・」
そんな龍馬さんが、どうしようもなく愛しくて堪らなくて
ふわふわの髪に、そっと指を入れて、梳いてみる
「ワシの声は、ちゃんと聞こえてくれちょるんかのう・・・」
「きっと聞こえてますよ、だから毎日、たくさん話しかけてあげてくださいね」
笑いながら告げると、ほうかほうか、と呟きながら、私を見上げた龍馬さんが、嬉しそうに笑う・・・
指折り待つ日
ちゃんと聞こえてるよね、私たちの声
毎日、たくさんのことを、あなたに話してあげるね
私たちのこと
私たちの傍に居る人たちのこと
それから
あなたに会える日を
皆が、どれだけ楽しみにしているのかってこと
たくさん、話してあげるからね・・・
それから毎日、私のお腹に話しかけていた龍馬さんが
生まれたばかりの我が子を、その手に抱いて
嬉しそうな幸せそうな笑顔で、口にした名は
「奏海(かなた)」
まだ見ぬ世界へ繋がる海と
希望の帆を膨らませてくれる風
その2つを愛する龍馬さんの想いを込めた、この名を
皆が笑顔で口にしてくれるのは
もう少しだけ、先のお話・・・
〜終〜
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『Runatic』の更紗様より頂きました、小娘さんのお腹に龍馬さんとの子供を宿したお話です。
2人が産まれてくる子供の為に、服を作ったり、お腹に話しかけたり、名前を考えたりと…。優しくて微笑ましい雰囲気がこちらにまで伝わってきて、とてもあったかい気持ちになれました。
落ち着かない龍馬さんを小娘さんがなだめるのは、母になる自覚を持ちはじめたからなのかな。産まれてくる子供の為にも頑張れ、小娘さん!
そして、素敵なお話を書いて下さった更紗さん、本当にありがとうございました!大感謝です(^O^)
更紗様の素敵サイト/
Runatic
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