建物の中に入ってからもニュクスの銃撃は止まなかった。
 外での発砲音に気付いた男たちが各々武器を携え、迎撃戦と飛び出して来る。そんな彼らをニュクスは容赦なく持っている銃で撃ち倒し、奥を目指して歩いて行った。
 ジェレマイアはニュクスから少し距離を取りながら 彼の後ろをついて行く。倉庫の中は広く、大量のコンテナや木箱が至る所に無造作に積み上げられていた。
 一体どこに目的の顧客リストはあるのだろうか。ニュクスは迷わず歩いて行くが、分かっていて進んでいるのか、それとも適当なのか判断できない。
 
「……ひえ」

 帰りたい。可能であれば今すぐに帰りたい。
 南エリアが物騒で危険な場所だというのは聞いていた。しかしここまで治安が悪いとは思わなかった。
 この件が済んだら二度と近付くまい。そう胸に誓っていると、建物の最奥部と思しき場所に辿り着いた。
 
「……あった。多分これだな」

 先を歩いていたニュクスがその場に居た男たちを銃で倒し、様々なモノが置かれているテーブルへと歩み寄ると、その中にあった分厚い冊子を取り上げた。
 中身をパラパラと捲って確認する。年季の入った紙の頁には、依頼主の顧客と思しき人物たちの名や連絡先が几帳面な字で大量に書き込まれていた。

「まだ悪用されてねえとは思うが……まあ、念の為だ。ここの端末全部ぶっ壊すぞ」
「え、端末……?」

 少し離れた位置で様子を伺っていたジェレマイアは、ニュクスの言葉に軽く首を傾げる。目的のものを回収したならば、もう帰れば良いではないか。これ以上ここに留まって、どうするつもりなのか。

「名簿は取り返したが、中身をデータ化されてる可能性がある。怪しい機器は全部壊すんだよ」
「あ……なるほど、そういうーー」

 言われてみれば、周囲にはいかにもな中型端末が幾つか置かれていた。ニュクスの言う通り、名簿を取り返しても中の情報を盗られてしまっていては意味がない。
 ジェレマイアが納得し、近くにある端末へ近づこうとした、その時だった。
 
「伏せろ!」
「……ッ!?」

 突然、ニュクスが声を上げた。
 何があったのかジェレマイアには分からなかったが、その緊迫した叫びに反射的に頭を手で守り、身を低くした。
 次の瞬間、ジェレマイアの頭上を何かが飛んで行き、直後衝撃音が周囲に響き渡った。

「……え?」

 何故ニュクスが伏せろと言ったのか。理由はすぐに分かった。
 顔を上げ、衝撃音がした方を見ると、ニュクスが壁際に座り込んでいた。
 否、座り込んでいたと言うよりは、崩れ落ちたと言った方が正しいかも知れない。先程の衝撃音はニュクスが何らかの現象により、壁に叩き付けられた事で発生したものだった。

「……っち」

 派手な音だったが、ニュクスの意識はまだあった。しかし負傷したのか、頭部から血を流している。
 そしてその周囲には、この場に存在するには些か不自然な、砕けた氷の塊が幾つも散乱していた。

「ニュクスさん!?」
「来るんじゃねえ!」

 ニュクスの怪我に驚き、彼の下へ駆け寄ろうとしたところで制止の声が上がった。その鋭い声にジェレマイアはびくりと震え、言われた通りその場に踏みとどまる。
 何故、先程は伏せろと言ったのか。また、あの衝撃音は何だったのか、どうして怪我をしてしまったのか。彼の周りに落ちている氷の塊は何なのか。次から次へと疑問が湧き、ジェレマイアは混乱した。

「くそ……まだ生きてる奴が、いやがった……」
「……え」

 建物内の敵はーー犯罪組織の者たちは殲滅したのではなかったのか。先導して敵を倒していくニュクスの後について歩いていたが、動く人影は見られなかった。
 まさか、どこかに潜んでいたのか。嫌な汗がジェレマイアの背中を伝う。ニュクスを攻撃した何かは、ジェレマイアの背後から飛んで来た。つまり、今もまだ己の背後に居ると言うことだ。

「全く、随分と派手にやってくれましたねえ?」

 恐る恐る振り返ってみると、部屋の入口となる場所に武装した男が三人立っていた。先頭に立っているのがリーダー格なのか、他の二人よりも身なりが良い。
 彼の片手には短い杖が握られており、その先端からは強い冷気が発せられていた。
 
「……魔術師、か」

 ニュクスが掠れた声で呟いた。
 
 「いかにも。保管庫が襲撃に遭っていると聞いて来てみれば……全く、こんな若造二人に何を手間取っていたのか。我が組織も腑抜けたものです」
 
 ぽんぽん、と。自らの手のひらを杖の先端で叩きながら男が笑う。その言葉を聞いた部下らしき男たちは「申し訳ございません」と小さく謝罪し、頭を下げた。
 先程ニュクスを攻撃したのはこのリーダー格の男だったのか。彼を壁に叩きつけるほどの氷塊を魔術によって生成し、勢い良く発射した。ジェレマイアは咄嗟に伏せた事で避けられたが、代わりにニュクスがそれを喰らってしまった。一応、ニュクスも防御を試みたものの、流石に生身で勢いのある氷塊を受け止めるのは厳しかったらしく。今こうして崩れ落ちている状態となっている。
 ニュクスは立ち上がらず、座り込んだ状態のまま男たちを睨み見据える。意識はあるが、やはり頭部への衝撃が響いているのだろう。顔を顰め、苦しげに息を吐いている。
 
「さて、侵入者さん。その帳簿を返して頂きましょうか」

 男が杖をニュクスに向け、彼の直ぐ側に落ちている帳簿を返すよう促す。

「返すって……」

 奪ったのはそちらではないかと。言いかけた言葉をジェレマイアは飲み込んだ。余計なことは言わない方が良いだろう。下手に刺激すれば、男は氷塊を己に飛ばして来るかもしれない。
 ここは様子を見て、場馴れしているだろうニュクスに任せようと。そろそろと近くにあった木箱の後ろに隠れながら、ジェレマイアはニュクスと男たちのやり取りを見つめた。
 
「……ことわる、と……言ったら?」
「そうですね、それでしたら……」  

 ニュクスの返答は想定の範囲内だったのか、男は微笑みながら杖の先端に冷気を収束させていく。周囲の気温が一気に冷えていく感覚に、ジェレマイアは身震いした。このリーダー格の男は、魔術師の中でもなかなかの手練れだ。扱えるのが氷の力だけだったとしても、ジェレマイアでは太刀打ち出来ないだろう。一応、ジェレマイアも魔術の心得はある。しかしジェレマイアは魔術を使うのが苦手で、比較的簡単な灯りの術でも失敗することがある。
 まずいかもしれない。そうジェレマイアが思っている間に、男が生み出した冷気は先端が鋭く尖った氷塊となり、ニュクスに向けて放たれた。

「……ーーっ!」 

 男が何をしようとしていたかは察したが、頭部の衝撃から回復しきっていない身では対処が間に合わない。軽く身を捩りはするものの、男の放った氷塊はニュクスの右肩と左大腿部に突き刺さった。
 急所では無い。しかし深々と刺さったそれは簡単に抜けるようなものではなく、駆け抜ける激痛にニュクスは目を見開き、声にならない悲鳴を上げる。
  
「嬲り殺しにして差し上げましょう」
「……テメエ、わざと……」

 今の攻撃はわざと急所を外した。その部位だけでは致命傷にならない。そしてそれ故に、苦痛が長引く。男の思惑に気付いたニュクスは引きつった笑みを浮かべ、反撃に出ようと左手に銃を握ろうと意識を集中させる。

「させませんよ」
「ぐっ……!」

 ニュクスの動きを読んだ男が新たな氷塊をその手元へ飛ばす。それを見てニュクスが逃れようと手を引くと、氷塊は手の甲に突き刺さり、彼の口から再度呻き声が上がった。
 銃の顕現よりも男の氷塊の方が速い。このような状況でなければ先に相手を撃ち抜くことが出来るのに。
 男がまた冷気を収束させている。次はどこを狙おうか、楽しんでいるようにも見えた。状況は芳しくない。
     
「……おい、もやし野郎」

 状況を打破する術を必死に考えた末、ニュクスは木箱の後ろに隠れたジェレマイアに声を掛けた。

「もや……えっ?」

 誰がもやし野郎だ。そう思ったが、ここで自らに声が掛かったことに対し、ジェレマイアは驚きの声を上げた。
  
「魔法使いだってんなら……こいつ等何とかして見せろよ」
「な、何とかって言っても……」
「殺せつっても、どうせ出来ねえんだろ? ……だったらせめて戦闘不能にさせろってんだ、よーーっ……!」
「ひっ……!?」
 
 ニュクスが言い終わる前に、男の新たな氷塊が二つ放たれた。一つは彼の頬を掠め、もう一つは右足首に突き刺さる。それを見たジェレマイアは悲鳴を上げ、その場で身を竦ませた。
 
「おや、魔法使いなんですか? 貴方」

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