「魔法使い?」

 信じられないものを見る様に、男がジェレマイアを見つめる。

「はったりで言ってんじゃねえだろうな?」
「ほ、本当です! こんな所で嘘吐くわけないじゃないですか!」

 実際、嘘は言っていない。この場で魔法を使ってみせろと言われればその力を顕現させる事も出来る。ただ、生まれてこの方、自分以外の魔法使いとは一人しか会ったことがない為、如何程の実力なのかは正直分からない。

「ふぅん?」

 男は未だ信じがたいとばかりに疑惑の眼差しを向けてくる。刺す様な視線が痛い。嘘くさい、と顔に出ている。

「それなら、ちょっと使ってみろよ」
「……はい?」
「魔法だよ。魔術じゃねえぞ?」
「使ってみろって言われても……」

 つまり、この場で何らかの方法で魔法を見せ、信用させなければならない。だが、魔法や魔術に通じている者ならばまだしも、そうでない人間にどうやって自らが行使する力を魔法であると証明させれば良いのか。ジェレマイアは自身の両手に視線を落とし、思考を巡らせた。単純に魔法を使ってみせたとして、彼らはそれを魔法と認識してくれるのか。魔術ではないかと言われてしまえばどう説明すれば納得してもらえるか見当がつかない。魔術は精霊の力を術者が借り、自らの身を介して発動させる。魔法は精霊の力を術者が操り、直接発動させる。似て非なる力の違い。ジェレマイアが通う大学の教授なら、きっと分かりやすく説明して見せるだろう。しかし今ここにその人物は居ない。

「……ちょっと、果物貸して貰えます?」

 兎にも角にも、証明をしなければならない。流石に狭い店内で大々的に力を発動させるわけには行かない。出来るだけ小規模で、それでいて確かに魔法と分かる力を見せる。かなり難しい事だ。
 ジェレマイアが要求すると、マスターは何も言わずに傍らのバスケットからリンゴを一つ取り上げ、差し出して来た。それを受け取り、両手で包む様にして持ち、ジェレマイアは精霊に『声』を掛ける。

ーーお願いします。

 精霊より立場の低い魔術師と違い、魔法使いは精霊と対等な存在である。声を掛ける際、わざわざ下手に出る必要はない。だが、偉大なる自然の力には相応の敬意と畏怖を。それはジェレマイアの恩師である人物の教えだった。
 やがてジェレマイアの手元に小さな風が生まれ、その風はカッターの様な刃となって細かくリンゴを刻んでいった。刻むと行っても、食べる為のカットとは異なる。それはまるで彫刻の様に、あっという間に花の造形へと変化させた。

「……ほう」

 数秒と経たずに変化したリンゴの形状を見て、マスターが目を細める。魔術でも同じ事が出来るが、こうも瞬時に、細かな作業を行うのは相応の技量が必要となる。 

「確かに、魔法使いみてえだな」

 綺麗にカットされたリンゴを受け取り、その状態を観察する様にじっと見つめ、マスターが言う。傍らの男は未だ疑わしいとばかりに怪訝の色を隠さない。視線がちくちくと刺さる。彼の方は敢えて見ないようにした。

「魔術でここまで短時間で精巧に作り込むのは相当な知識と技術が要る。お前のその力、信じてやろう」
「あ、ありがとう御座います……」

 取り敢えず、認めて貰えたようだ。ジェレマイアは安堵し、カウンター上にあるリンゴを刻んだ際に散らばった細かな破片を手で纏め、マスターに差し出す。マスターはそれを受け取るとゴミ箱へ捨て、布巾で手早く破片があった箇所を拭き取った。

「ニュクス、丁度良いじゃねえか。今回の仕事、こいつと行って来い」
「はあ!?」

 ニュクス、とマスターに呼ばれた男が声を上げる。その声にジェレマイアはびくりと身を震わせた。この男ーーニュクスはどうにも攻撃的かつ威圧的で、ジェレマイアの中には既に苦手意識が生じていた。

「マスター、冗談にしても笑えねえよ。なんでこんなひょろいモヤシみてえな野郎を連れてく必要がある?」
「…………」

 モヤシで悪かったな、と。言い返してやりたい所をぐっと堪える。実際、鍛えたりしていないし運動も苦手だ。男らしい体格に憧れているのも否定できない。けれど、そう言う彼だって決して逞しい体躯とは言えない。ジェレマイア程ではないが、どちらかと言うと細身だ。頼りないとまでは行かなくとも、強そうには見えない。

「今回の依頼、一人よりは二人の方が良い。流石に相手にする数が多すぎる」
「それは、そうだけどよ……」
「魔法使いともなれば、お前の手に余る状況でも何とかなるだろう。魔法は異端や魔術とは違う。最上位に位置する力だ。分かってるだろ」
「…………」

 それでも、納得できない。そう言わんばかりにニュクスは顔を顰め、マスターとジェレマイアを交互に見る。

「……さっきの、本当に魔法なんだろうな?」
「仮に魔法でなく、魔術だったとしても相当な技能だぞ」

 ニュクスはまだ疑っているらしい。リンゴ1つでは信じるのは難しいか。かと言って、ジェレマイアがこの場で大々的に魔法を使えば間違いなく建物が吹っ飛ぶ。魔術に関してはさっぱりだが、魔法の力は本物であると自負している。その力を振るう機会は今の所ほぼ無いが。

「…………ちっ」

どうすれば。気まずい沈黙が数秒流れた後、ニュクスは舌打ちをし、乱雑に自らの後頭部を掻きながらジェレマイアを見た。

「足引っ張ったらぶっ殺すからな」
「へ……? あの、つまり?」
「連れてってやるって言ってんだよ」

どうやら、認めて貰えたらしい。言葉の意味を理解するのに少し掛かってしまったが、追い返されるという事態は免れたようだ。

「金が要るんだろ? お前が要求されてる額なら、これからやる仕事で十分確保できる」
「本当ですか!?」

 暗闇の中に、一筋の光が差し込んだ。これで人質になっている友人たちを救うことが出来る。自分の力だけではどうすることも出来ないと思っていた。この店への行き方を教えてくれた警官には感謝しかない。
 目を輝かせるジェレマイアに対し、ニュクスは心底面倒臭そうにカウンターの上に頬杖をつき、視線を逸らした。

「それで、その、どんなお仕事なんですか?」
「犯罪組織に強奪されたブツの奪還」
「……え?」

 仕事の内容をジェレマイアが訊ねると、ニュクスは視線を逸らしたままそう答えた。返って来た言葉の意味が一瞬分からず、思わず間の抜けた声を上げる。
 
「依頼人が犯罪組織に奪われたモンを取り返してくれってよ」
「はんざい……えっ?」
「強盗に遭ったんだと。それで依頼人が大事に保管していた顧客リストを盗られた」
「……あの、犯罪組織って」
「このエリアではそこそこ名の知れた強盗団だな。アジトは分かってるが……話し合いが通用するような奴らじゃねえ。だから依頼が来た。殺してでも取り返して来て欲しいってな。急ぎの案件だ、リストの内容を把握される前に……遅くても夜明けまでに頼むとよ」

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