「……まあ、目的のブツは手に入ったんだ。壊すモノ壊して、さっさと帰るぞ」

 ジェレマイアの言いたいことを理解したのか、ニュクスは暫く黙り込み、やがて深い溜め息と共に肩を竦めた。

「か、帰るって……ニュクスさん、その怪我じゃ」
「あ? これ位大したことねえよ」
「でも……あの、まだ血が出てるじゃないですか……」
「……確かに痛ぇけどな、歩ける内はまだ平気だ。もっとひでえ怪我なんざ、何度もしてる」
「ええ……」
「良いから、早くしろ」

 これよりも酷い怪我とは、どれ程のものなのか。流石に聞く勇気は無かった。
 まだなにか言た気なジェレマイアに対し、ニュクスが話を切り上げようと手を差し出して来た。掴まって、立ち上がれと言う事なのか。

「これ以上うだうだ言ってると置いて行くぞ」 
「えっ、あっ……は、はい……」 
 
 言いたいことや思うことは色々あったが、見ず知らずの土地に置いて行かれるのは困る。この場所に来るまでバイクを走らせるニュクスの後ろにしがみついていた為、帰り道も分からない。
 選択肢など無かった。取り敢えず、ここは大人しくニュクスに従い帰ろうと。ジェレマイアはおずおずとニュクスの手を取ると、引き上げられる様にして立ち上がった。


 
 ++++


 
 数日後。
 ジェレマイアは一人で南エリアに来ていた。
 記憶を頼りに道を行き、大通りから一本入って、小さなバーに辿り着く。一息吐いてから扉を開けると、先日と同じようにマスターがカウンターの奥で作業をしていた。ただ、あの日カウンター席に座っていたニュクスの姿は無かった。
 
「来たのか」

 ジェレマイアの姿を見たマスターは、表情も変えずに短く声を掛けた。何をしに来たのか大凡見当がついているようで、注文を訊ねることはせず、ジェレマイアの言葉を待った。
 
「えっと、この間はありがとう御座いました」

 礼の言葉と共に、ジェレマイアはその場で深々と頭を下げた。
 ニュクスと共に仕事を完遂し、帳簿を取り戻した後。ジェレマイアはマスターに結果を報告し、その場で報酬金を受け取った。取り分に対しニュクスは少々ーー否、かなり不満気な様子だったが、マスターが上手く説得してくれた。
 結果、あのぼったくり詐欺の店にしっかり支払いをする事が出来、友人たちは無事に解放された。数時間ぶりに会った友人たちは半泣きでジェレマイアに感謝し、今後軽い気持ちで南エリアに足を踏み入れるような真似はしないと皆で誓った。
 
「その、これからは気を付けます」
「また来るような事は起こすなよ。次も助けになれるかは分からんからな」
「は、はいっ……! 本当に、ありがとう御座いましたっ」
 
 今回は何とか事なきを得たが、次はどうなるか分からない。同じような事態に遭遇して、無事で居られる保証は無い。マスターが言わんとしていることを理解し、ジェレマイアは何度も頷いた。
 もうあんな目には遭いたくない。理不尽な犯罪と暴力で溢れたこの地には、二度と近付かない。ジェレマイアは固く決意し、再度マスターに向けて頭を下げ、店を後にした。

 
 
 
ーー数週間後に再びこの地を訪れることになるとは、露ほども思わず。


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