白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


 えすかるご  




「なあ、マスター。看板に書いてあった『はちのこ』って何だ?」
「字の通り蜂の子だが」


仕事を終え、ジェレマイアと共に店を訪れたニュクスは、出されたグラタンをつつきながらマスターに訊ねた。
月桂樹の入り口には小さな立て看板があり、その日のお勧めや期間限定のメニューが直接書き込まれる。基本的にマスターの食材の仕入れ状況によって内容は変化し、今日はニュクスが今言ったはちのこがお勧めとして書かれていた。


「蜂の子って……あの幼虫の事か?」
「そうですよ?」
「あれ、食えるのか……」


食虫文化が外の国に存在する事は知っていたが、身近な所にあると思うとぞっとする。虫が苦手なニュクスは白い幼虫が他の食材と共に人間の口へ運ばれる光景を想像し、眉を寄せた。あんな得体の知れない、不気味に蠢く物体をどうすれば食べようと思うのか。全くもって理解できない。


「僕が今食べてるのがそうですよ」
「げ、それはちのこかよ」
「見た目は確かにアレですけど、意外と行けますよ?食べてみます?」
「絶対食わねえ」


炊き込みご飯だろうか。ジェレマイアがスプーンで掬った米粒達の中にある白い物体――恐らくはちのこ――を指し、試食を勧めて来る。ニュクスは即却下し、手元のグラタンを口に運んだ。


「本当にニュクスくんは虫が嫌いなんですねえ」
「地上から消えて欲しい存在の一つだな」
「一部の国じゃ貴重なたんぱく源らしいですけど」


初めて虫を食べようとした人間は一体誰だろう。どうして食べようと思ったのだろう。湧いては消える疑問に頭を悩ませながら、ニュクスは食事を進める。
すると、二人のやり取りを聞いていたマスターが口を開いた。


「お前、普通に食ってるじゃねえか」
「は?何を?」
「虫」
「……虫?」


返された言葉の意味が分からず、おうむ返しで聞き返す。ジェレマイアも理解出来なかった様で、不思議そうに二人の顔を交互に見やるも、直ぐに察しが付いた様で顔を強張らせた。
す、と。ニュクスが食しているグラタンをマスターが指さす。ニュクスは未だ分からぬと言った表情で首を捻った。


「お前、看板に書いてあった奴他に見ていないのか?」
「何の話かさっぱり分からねえ」
「今お前が食ってるのがもう一つの今日のお勧めだ。分かってて注文したものかと思ったが」
「……それ、エスカルゴじゃないですか」


マスターが言わんとしている事を代弁する様にジェレマイアが口を開く。聞き慣れない単語だ。やはり珍しい食材なのだろうか。
そこまで考えた所で、ニュクスはふと思った。はちのこにばかり気を取られていたが、マスターが先程言った己も虫を食べていると言う言葉と、ジェレマイアが口にしたエスカルゴと言う単語。
熱くなりかけていた思考がすっと冷めていくのが分かった。思考だけでは無い。全身に悪寒が走った。まさか。今まで食べていた料理の中に入っていたのは。歯ごたえが有ると思って何度も噛み、飲み込んでいたのは。まさか、まさか。


「良く注文したと思ったぜ。加熱処理をしてあるとはいえ、お前が大嫌いなナメクジに似た奴を食おうとするとはな」
「――――ッ!」


マスターが言い終わるより先に、ニュクスは勢い良く席を立ち、全力で手洗いに直行した。


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